第5話 天職『社畜』

 カードには俺の天職が記されていた。


『社畜』と。


 天井を仰いだ。あぁ綺麗な天井だなぁ。

 OK、落ち着け。なんかありえない文字が見えたけど、きっと気のせいだ。

 そう、気のせいに違いない。松富先生に頼まれたおしつけられたプリント作成で久しぶりに二徹したから疲れてるんだ。これからは早めに寝よう。うん。

 さて、改めて俺の天職は何かな?


『社畜』


 俺は膝から崩れ落ちた。

 いや、実際は崩れ落ちては無いのだが、本当に崩れ落ちるような心境だった。

 いやいやいや、おかしいでしょ。なんだよ、社畜って、バカじゃねーの。いや、ほんとに。

 カードを見てからショックで微動だにしなかった俺を心配したのかメイドさんが声をかけてくる。


「あの、大丈夫ですか?もしや、何か不備が…」


 その声に我に返った俺はハッとして顔を上げ、メイドさんに顔を向けると軽く笑いかけながら言う。

 なんかメイドさんビクってしたな。


「いえ、大丈夫です。特に不備はありませんよ。ありがとうございました。」

「さ、左様ですか。なにか気づかれたことがあればお申し付けください。」

「ええ、ありがとうございます。」


 最後に軽く礼をして孝太たちの所へ戻る。

 孝太たちがどこか不安そうな顔をしている、どうしたんだろうか。


「ただいま」

「お、おう。おかえり悠介。その、大丈夫か?」

「何が?全然余裕だよ。」

「本当に大丈夫?黒川くん。」

「嫌だなぁ、大丈夫だよ、平気だってば。二人の言ってた通りナイフの傷もすぐ治ったしな。」



 軽く笑いかける。

 なんかビクってしたな。

 すると孝太と萩野さんは後ろを向いてヒソヒソ話し始める。


「(ねぇ、こうくん。これ本当に大丈夫なの?)」

「(いやどう見ても大丈夫じゃねぇよ。これ文化祭の作業でしてるぞ。絶対何かあったぞ、これ。)」

「(そうだよね。死んだ魚が一ヶ月放置されて腐ったような目をしてるもんね、ドブみたいだもんね。でも、何があったんだろう)」


 どんな目だよ一体。逆に見て見たいわ。


「(明らかに天職関係だろ。確認の時固まってたし、

 こっちに歩いてくる時も何かフラフラしてたし。)」

「(そう、だね。確かにフラフラしてた。じゃあ天職のことについては聞かない方が?)」

「(あぁ、それが懸命だろうな、よし決まり。)」


 そんなにフラフラしてたのか。ちゃんと歩けてた気がするんだけどな。ショックが膝に来たのか?

 一通りヒソヒソを終えると二人はこちらを向いて目で合図し合い露骨に話題を逸らそうとする。


「そ、そういえばこの世界、魔王がいるってことはエルフやらドワーフやらもいたりするのかな?」

「そ、そうだね。やっぱり魔法とかあったりするし、いるんじゃないかな。ね、黒川くん。」

「ん?あぁそうだな。獣人やドラゴンもいたりするんだろうな。」


そう考えるとワクワクしてきたな。

俺の気分が上向いたのを察したのか、孝太がそこから話題を広げる。


「でも、この世界やっぱテンプレものっぽく人の命が軽かったりすると思うか?」

「まぁ日本とかに比べたら格段に軽くはなるだろうな。でも生活に関しては何とかなりそうではある。」

「へ?どゆこと?」

「この世界の技術力は割と高いって話だよ。ナイフとかの細工もめっちゃ綺麗だったぞ。」

「え?そうなの?もっとよく見とけばよかったなぁ」


綺麗、と聞いて萩野さんが食いついてくる。

やっぱ女子は綺麗だったり、可愛いものが好きなんだろうね。


「あぁ…ほら上見ろよ。」


俺の言葉に二人は上を見ると、目を輝かせる。


「うっわ、めっちゃ綺麗。」

「ほんと…素敵。」


そんな事を話していると、第二皇女が声をかけてくる。


「皆様。それぞれ、天職の確認を終えられたかと思います。なので次は『ステータス』を確認してもらいます。」


ステータス、何だっけ?

その疑問を解決してくれたのは第二皇女の補足説明。


「先程も申しました通り『ステータス』とはその者の強さを示す値です。」


そういえばそんなんだったね。


「では、皆様。カードを手に持ち、『ステータス』と唱えてください。」


その言葉にその場に居るほぼ全員が『ステータス』と唱え始め、歓声を上げる。


「『ステータス』…うっわ、すっげぇ!」

「何これ、ゲームみたい…」


俺から見たら何もない空間をガン見して興奮してる変なやつらにしか見えない。

なるほど、『ステータス』は簡単に露見しないと。

他人は本人が許可したら見れる感じかな?

まるでSA○だな。


「うぉぉ…なぁ悠介、お前どうだった?」


早々に確認していた孝太がこっちを見てくる。

俺もそろそろ覚悟を決めよう。嫌な予感しかしないが。

覚悟を決めて『ステータス』と呟くとカードから長方形の半透明なホログラムウィンドウみたいなのが出てくる。

マジでS○Oじゃんこれ。

さて、俺のステータスは…


──────────────────

ユウスケ・クロカワ    Lv:1


天職:社畜


体力:50/50    魔力:80/80


腕力:25      防御:15


敏捷:30     精神:200


状態:超健康


特殊スキル

『社畜の心得』『超健康』『鉄の仮面』

『金剛心』『全言語理解』


技術スキル

『話術』『高速演算』『読唇術』『聞き耳』



称号

『異世界人』『企業戦士』『社会の歯車』

──────────────────


うん、まぁ色々ツッコミどころあるね。

とりあえずステータスが気になる。


「悠介、どうだった?」


孝太が何かを期待したように聞いてくる。

参考までにこいつのも聞くか。


「ん?うーん。孝太、参考までにお前のステータス聞いていいか?」

「いいぜ、てか見せた方が早いだろ。」


孝太はそう言うとほら、ステータスを表示させてこちらに見せてくる。

どうやった今の。

その考えは顔に出ていたのか孝太はニヤッと笑う。


「テンプレだろ?お前に見せるって思ったら見えるようになったみたいだな。」

「そりゃテンプレだけどさ、まさか誰かで試した?」

「おう、江美とな。」


なるほど、把握した。

改めて、孝太のステータスを見る。


─────────────────────

コウタ・アガワ  Lv:1


天職:忍者


体力:95/95   魔力:90/90


腕力:90    防御:80


敏捷:100   精神:80


状態:健康


特殊スキル

『影の心得』『忍術』『完全なる隠密』

『完全なる変装』


技術スキル

『忍び足』『刀術』『繰糸』『聞き耳』

『千里眼』『踏破』『体術』『読唇術』

『話術』『ノルゼーア語』



称号

『異世界人』『影なるもの』『バカップル(男)』

──────────────────────


「   」


今なら悟りを開ける。いや、マジで。

何だこれは、差がありすぎるだろう。

こいつ強すぎでは。

てか『忍者』でこれって…『勇者』どうなってんだよ。

自分と孝太のステータスの差に軽く絶望しつつ考えにふけっていると孝太が痺れを切らしたように言ってくる。


「なぁお前のも見せてくれよ。」


俺は観念して見せることにした。

俺のステータスを見た瞬間、孝太の動きが止まる。


「なぁ悠介、お前これ──」

「言うな!何も言うな!天職も含めて何にも触れるな!」

「お、おう」


くっそ、これだから見せたくなかったんだ。

すると、ざわめきが起こる。またかよ。


「凄い、榊原さん。」

「全ステータスオール100!?マジかよ!」

「これでまだLv1って……」


やっぱ天職『勇者』は違うね。

ん?全ステがオール100?ってことは…


「ん?おい、悠介。お前、確か…」


孝太も気づいたみたいだ。


「あぁ俺の方が高いな。」


そう、俺のステータスは勇者よりも高いのである。

精神だけな!!!

ちくしょう……

俺が悲しみに暮れていると第二皇女が周りを見渡し声をあげる。


「皆様、どうやら各々のステータスを確認し終えた様子、早速訓練へ──と行きたいところですが、日はとうに暮れてしまっています。今日のところはゆっくりお休みくださいませ。皆様に一人ずつ専属のメイドを付けます。部屋は彼女らに案内をさせます。」


彼女のこの発言により男子がにわかにざわめき出す。むろん、女子はゴミを見る目をこちらへ。

俺達が入ってきた方とは逆の扉からメイドが大勢やってくる。

そして一人が俺の前へ来ると礼をし、手で促してくる。


「お部屋へご案内致します。」


着いていくよね。逆らう意味なんて無い。

ん?なんか歩き方に違和感。

なんだろ、なんか……


「あぁよろしくお願いします。」


それにしてもこの人も美人だな、しかも綺麗な銀髪。さぞモテたことだろう。今も十分モテそう。

扉から出て歩くこと数分、とある扉の前でようやくメイドが立ち止まり、扉を開ける。

高級ホテルより何倍も豪華な部屋があった。

うへぇ、ベットでっか。あ、机もある。


「ここでございます。私は部屋の外におりますので何かございましたらお申し付けください。お食事の時間になりましたら、お呼び致します。」

「あぁありがとうございます。わざわざすいません。えーと…」

「エリーゼと申します。仕事ですのでお気になさらず。それと敬語は不要です。」

「いえ、案内されたのは事実ですから。あと敬語は素なんで勘弁してください。」


そう言って微笑むと彼女も少し笑い。


「左様ですか。」とだけ言う。


俺は軽く礼をして中に入ると扉を閉める。

部屋を見廻す。

うーん、やはりデカい。

とりあえず何があるかの確認だな。

それから数分間、俺は部屋の中を歩き回り続けた。

分かったこと。

ベットでかい、しかもフワフワ。

クローゼットあり、デカい。

机あり、こっちは普通。

窓もある、景色はいいはずだが夜中なので分からなかった。

そのぐらいである。

違うんだ、ベットがフワフワすぎてつい時間を忘れてしまったのだ。

気を取り直して、次は覗き孔や余分な空間が無いかの確認だ。これは真剣にやろう。

最悪、命に関わる。

まずは壁、じっくり見ながら壁を軽く叩きつつ部屋を一回りする。

穴や空間は無い。

次はベットの下やクローゼットの中。

特に無し。

ふぅ、安心だぜ。


「さて、何もすることないし。どうしたものか。」


飯の時間まだかな。暇だな。

──あ、そうだ。スキル。


「なんか色々スキルあったよな。試せるものから試していくか。」


ステータスを表示させ一つ一つ見ていく。


「試すって言っても、今の所試せそうなの『聞き耳』しかねぇな。」


まぁ何はともあれやってみよう。

でも何すりゃ発動するんだ?

耳を澄ましてみるか。

俺は目を閉じ『聞く』事に意識を集中する。


【スキル『聞き耳』が発動します。】


おっ?なんか、色々聞こえる。

なるほど、意識したら発動するのね。

足音が多いな。あと話し声。隣うるせぇ。

目を開け、壁を見やり、耳を押し当て集中する。


『ねぇねぇ、メイドさん。明日から何すんの?』


おぉ!聞こえる!すげぇ!


『はい、明日からは勇者様方の訓練が始まります。』

『訓練?あぁ~なんかそんなこと言ってたね。どんな訓練すんの?』


お、気になってた話だ。

ナイスだ、名も知らないクラスメイト(男)。


『はい、勇者様方にはそれぞれ受ける訓練を選んでいただく形になります。』


ほぅ、選択式なのか。


『選ぶ?』

『はい、例えば騎士団長ラインハルト・フォン・リッペントロップ様からは剣術を。宮廷魔術師筆頭ジョージ・オルコット様から魔法を。帝国軍戦闘顧問兼最高司令官アメリア・ミラー様より帝国軍式格闘術を。帝室直属錬金術師ソフィア・モーガン様より錬金術。そして、我らメイドを統括するメイド長であり第二皇女様の傍付きである、エミリー・フォン・コーブルク様からは座学と礼儀作法を学ぶことができます。』


なんか…色々名前が出てきたな。肩書きも。

正直覚えきれない。


『ふーん、そう。』


聞いといてそれかよ。

しかし、選択か……。

とりあえず全部受けてみるかな、詳しく決めるのはそれからだ。

そう考えていると、扉がノックされエリーゼさんが呼びかけながら入ってくる。


「クロカワ様、お食事の準備が整ったそうです。」

「あ、はい。すぐ行きます。」


外に出るとエリーゼさんが先導してくれる。

しばらく歩くとやたらデカい食堂のような所に案内される。

そこでやたら豪華な食事をとった。

腹も落ち着き、そろそろ帰るかと思った時、

俺の傍に1人のメイドが歩いてくる。

見覚えのあるメイドだ。

確か第二皇女のそばにいた人だ。


「クロカワ様、我が主アレクシア殿下がお呼びです。」


隣の部屋のメイドさんが名前言ってたよな。

確か名前は…


「エミリー・フォン・コーブルク様です。我々メイドの長をしております。」


背後に居たエリーゼさんがこそっと教えてくれる。

俺もこそっと返す。


「やっぱり、行った方が?」

「えぇ、エミリー様でなくアレクシア殿下がお呼びとの事ですから行かなければ不敬にあたります。」


不敬とか言われたら行くしかねぇよなぁ……。


「こちらへ。」


エミリーさんが先導してくれるらしい。

彼女の背中に着いていくこと数分、やたら豪奢な扉の前で止まるとこちらへ振り向いて警告してくる。


「こちらが殿下の執務室です。くれぐれも失礼の無いよう。」


それを聞いた俺はササッと服装を整える。

エミリーさんは、エリーゼさんへここで待機するよう命じた後、扉をノックする。

ふぇぇ、エリーゼさん居ないと心細いぃ……。


「アレクシア殿下、クロカワ様をお連れしました。」

「入りなさい。」


エミリーさんは扉を開け先に入るよう促す。


「失礼します。」


一礼をして入る。

最低限のマナーはしっかりしないとね。


「ようこそいらっしゃいました。クロカワ様、突然のお呼び出し大変申し訳ございません。」

「いえ、第二皇女殿下のお呼び出しとあらば。」


丁寧な口調で敬礼をした状態の俺を見て第二皇女は驚いた様子。


「クロカワ様、どうか私のことはアレクシアとお呼びください、それに敬語は不要です。貴方様は勇者なのですよ?」


そんな有り難いお言葉を頂くが、相手は第二皇女、

敬語はともかく、呼び捨てなんてできる訳が無い。

いや、敬語も止めないけどね?


「分かりました。ではアレクシア殿下と」

「アレクシアとお呼びください。」

「いえ、貴女様は第二皇女、私は召喚された勇者とはいえ元は平民、そのような無礼はできません。それに、敬語は性分ですので。」


一切引く気がないのを察したのかもう何も言ってこない。

とても不満そうではあるが。

やがて諦めたのか本題を切り出してくる。


「クロカワ様、今回お呼びしたのは貴方様の天職についてです。」


あぁ…まぁ、そうだよねぇ。


「貴方様とアガワ様の天職は稀に類を見ないものです。歴代勇者が残した記録にもありませんでした。

これでは適切な訓練を行うことが出来ません。どうか、教えていただけないでしょうか。」


目が「教えないと、分かってるな?」って言ってるように見えるのは俺の目が濁っているからなのでしょうか。

答えるしかないじゃないか…。


「ええと、孝太…あぁ吾川の天職『忍者』は俺たちの世界では主に諜報や暗殺などの役割を担っていました。まぁ所謂『暗部』ってやつですね。」


『忍者』の説明をすると第二皇女の視線が鋭くなる。

やがて何かを思案し始める。

あれはどうやって取り込むか考えてるのかなぁ…

すまん、孝太。頑張ってくれ。

こうやって話題がそれてくれれば……


「──殿下。」


エミリーさんが注意するように言う。

チッ、誤魔化せなかったか。


「あぁ、ありがとう。申し訳ございません。お教え頂きありがとうございます。それで、クロカワ様、貴方様の天職は…。」


ぐっ……。もう誤魔化しきれない。

覚悟を決めなければ。


「──────です。」

「っは?今、何と?」

「だから、その『社畜』というのは、私たちの世界で『会社に飼い慣らされた家畜のような者達』の俗称です。」

「は?」


時が、止まった。

言いづれぇ……。


「それで、ですね。そのような者達は殆どが常軌を逸した量と時間の仕事をするものなのです。」

「──っは?」

「その、つまり、私の天職は、に適した天職となっているはずです。」

「つまり?」

「私の天職は、戦闘向きではありません。寧ろ事務作業向きだと思われます。」


第二皇女が眉間に皺を寄せ指でもむ。

頭痛してそう(他人事感)。

ちなみに俺も胃が痛い。

やがて第二皇女が口を開く。


「分かりました。貴方様の処遇につきましてはこちらで考えておきます。」


処遇…。怖いなぁ。


「突然のお呼び出し。本当に申し訳ございませんでした。今日はもうお部屋でお休みください。」


帰れって言われた。

でもこっちも用があるのよね。


「あの、殿下。私も少しよろしいですか?」

「何でしょう?私に出来ることでしたら──。」


彼女がその続きを口にする前にを口にする。



第二皇女の表情が凍る。

いや、実際には少し口元が引きつったぐらいだが、その反応で十分である。

彼女は取り繕うように言う。


「クロカワ様。何をおっしゃっているのです。エミリーから武術を?有り得ません。彼女はメイドですよ?」


エミリーさんもフォローに入る。


「クロカワ様。少々お戯れが過ぎます。」


うーん。エミリーさん見事な仮面。

全く動揺してないように見える。

でもね?


「殿下?」


俺の問い掛けにエミリーさんはチラリと第二皇女を見る。

彼女は視線を僅かに斜め下を向いていた。

エミリーさんはため息をつき、責めるように言う。


「殿下…」

「だ、だって仕方ないじゃない!」


第二皇女はそう言って頬を膨らます。

ここは一つフォローしておくとしよう。


「エミリー様、アレクシア殿下はほぼ完璧に近い仮面をつけられていましたよ。」


その言葉にエミリーさんはこちらを見やる。


「ではなぜ——」

「なぜ、と言われましても。それが私の特技だから、としか。また、アレクシア殿下はどこかお疲れのご様子ですし、比較的読みやすいかと」

「疲れた?」


ジロリと第二皇女を睨むエミリーさん。

第二皇女は目を逸らす。


「殿下!まだですか!また遅くまで仕事をなさっていたのですね!」

「し、してないわよ!……少し仕事に熱が入っちゃったぐらいで……」

「少なくとも二回は徹夜してるかと。」

「殿下……?」


俺の余計な一言でエミリーさんが圧を放ち始める。


「殿下?私は何度も申したはずです。殿下は何よりも尊い御方なのですからお体を大切にしてください、と。なぜ、なのですか?」

「う…そ、それは…」

「それは、なんですか?」

「……ごめんね、エミリー。これからは気をつけるわ。」

「分かってくだされば良いのです。出すぎた物言い、お許しください。」

「構わないわ、貴女が私どれだけの為を思ってくれていたのか私が分かっていなかっただけだから。」

「ありがとうございます。」


なんかまとまったみたいだ。

さて、俺は帰るかね。


「待ちなさい。どこへ行こうというの?」


ダメみたいですね。


「逃がすわけが無いでしょう?それになぜエミリーが武術を使うと分かったのか知りたいわ。私のようにエミリーがボロを出した訳はないし……。」


あぁそれか。


「いえ、大したことではありません。ただひとつ言わせていただくと違和感を感じ、もしやと思っていただけで確信を得たのは先ほどです。」


そう言うと第二皇女は気まずげに目をそらす。


「そ、そうなのね。でも違和感はあったのでしょう?それはなぜ?」

「あぁ、それは私のお付となってくれているエリーゼさんもそうですが、他の者達に付いている方々の歩き方というか、重心が少々おかしかったので。その点エミリー様はかなり見分けにくかったです。」


そう言うとエミリーさんは納得がいったように頷く。


「なるほど、確かに私たち帝室メイドは隠し武器を足に付けるよう指導しますが、歩き方、そんな盲点が。参考になります。」


なんか感謝されてしまった。


「それで?貴方の目的は何なの?」


第二皇女から鋭い目を向けられる。

返答によってはここで殺されるだろう。


「いえ、先程も申しましたとおり。エミリー様より武術を教わりたいと思った次第です。」

「本当に?」

「えぇ、本当です。」


念を押すようにそう言うと第二皇女は目を瞑って天井を仰ぐ。

すぐに元の体制に戻るとキリッとした目付きになる。


「エミリー、彼に教えてあげなさい。」


それを聞いたエミリーさんは驚くでもなく、ただ聞き返す。


「よろしいのですか?」

「えぇ、構わないわ。」

「承知致しました。」


エミリーさんは手を前にして深く礼をする。

そして俺を見るとスカートを摘んで礼──確かカーテシーと言うんだったか──をする。


「ではクロカワ様。よろしくお願いします。」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。」


俺も頭を下げる。


「夜も深けていますし、訓練や詳しい説明は明日にしましょう。」

「はい、分かりました。」


部屋の外に出るとエリーゼさんが待機していた。


「部屋へご案内を。」


エミリーさんはそれだけ言うと部屋の中へ戻っていった。

エリーゼさんは手を前にして礼をすると、こちらを見て微笑みながら言う。


「こちらです。」


その後は何事も無く部屋に帰った。


「疲れた。」


思わずポロッと出た。

当たり前だ。

二徹した後に訳の分からない所に来て、勇者だとか言われて、挙句の果てに皇女との腹の探り合いと交渉だ。疲れないわけが無い。

だから俺は着替えもせずにベットに突っ伏した。

そこからの記憶は、無い。








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