第16話 畔の虐殺



「さて、どうするヨハン?」


 平九郎は自身と同じく、大きな岩影に隠れたヨハンに問うた。

 出発してから六時間余り。

 追ってを警戒しながら回り道をし、通常の二倍の時間をかけて“転移門”までたどり着いた。

 目的の泉はその後ろに隣接しているが、警備の人間がいる上。

 “転移門”の性質故、溢れ出る魔力が光となって輝いているため迂闊に近づけない。


「見た限り、正面入り口に二人、周囲を歩いて警戒しているのが四人……正面突破は難しそうですね」

「加えて、詰め所には交代要員と“門”の保守点検や荷の受け渡し要員で、十人はいると見ていい」

「折角ここまで来たのに……!」


 歯噛みするフレイディアを横目に、男二人は作戦を練る。


「回り込む道とかはありませんか?」

「この辺りは開けてるからなぁ、出来ねぇ選択じゃない。だが見てみろよ、あの明るさだぜ? 何かしてたらすぐ奴らがすっ飛んでくるってもんだ」

「やはり、実力行使しか……いや、しかし……」


 どのみち、何らかの方法で彼らの排除が必要だ。

 この状況。フレイディアも戦力に数えた場合、取り得る方法は四つ。


(知った顔もいるな……、婆ァの名前かゴルデス商会の名を出して袖の下でも渡しゃあ――)


 だがそれは、平九郎一人の時だろう。

 彼らも例外なく悪党の類だが、組織に所属してる身だ。

 大事な役目を前に小銭を取るか、組織を取るか。

 そんなもの考える迄も無い。


(けっ、もう少し適当に生きてもいいものをよ……、いや、そうだったらとっくに死んでるか)


 交渉が期待できないとなれば、そもそもがヨハン達の問題だ。

 彼には期待できないが、フレイディアの薬ならば意識を失わせる事は容易いだろう。


(ま、これは端から却下だな。俺には劣るが、奴らもまた紛れもなく腕利きだ)


 一人でも漏らせば即座に応援が来るし、死にものぐるいで殺しにかかるだろう。


(奴らにも面子があらぁな。応援がレイドリアだけならいいが、門の中から来るとなりゃあ。ちぃと厄介だ)


 そもそもの話、平九郎の目には完全装備の兵に見える。

 眠り薬が弾かれる可能性の方が高い。

 そして、彼女が自分からこの手を言い出さないのはそれを理解しているからだろう。

 

(交渉、薬、となれば“アレ”か?)


 彼らがこの場から離れる事を目的とするならば、周囲のモンスターをおびき寄せて擦り着けてしまえばいい。


(問題は、アイツ等に瞬殺されないだけの獲物をどうやって調達するかだ)


 平九郎のように瞬殺といかずとも、レイドリアに自力で至った探索者ならば、この中層のモンスターは手間はかかるが問題なく倒せる部類だ。


(一つ下の層から持ってくるか? いや、手間がかかるし確実性が無い。ならば数で攻める……、手間なだけの徒労だな。なによりそんな数を集めればこの馬鹿共も諸共に死にかねない)


 アレも駄目、コレも駄目、手詰まり一歩手前に平九郎は腰から竹筒を出し水を一口。

 朝起きてよりずっと、喉の乾きが止まらない。

 そしてもっと悪いことに、先程から七番が一言も喋らないのだ。


(って事はだ、取り得る手は一つしかねぇよなぁ……。俺は甘やかすつもりはねぇのだがよ。――ま、居合わせた悪運を呪うんだな)


 平九郎は四番目の選択をすると、小声で話し合う恋人達に笑う。


「よぉ、お二人さん。この俺に良い案があるんだが、一つ任せちゃ貰えんかね?」

「何か打開策があるんですか平九郎さんっ」

「簡単な事だ、お前等は此処で待って見て見ぬふりをしときゃあいい。そうするってぇと、最低でも薬をなんとかする時間ぐらいは稼げるって寸法さ」

「いったいどの様な手を……」


 平九郎は悪どく口元を歪めると、心配なら耳も塞いでおきな、と立ち上がる。

 そしてフレイディアからの不審そうな視線を背に、堂々と門へ向かう。


 警備も者達は、この暗闇の中層で明かりも点けずに一人で歩く平九郎をすぐに発見して警戒を始め。

 門の前に居る一人はその場で弓に矢を、一人は片手剣を抜き近づいてくる。


「何者だっ! ここより先は許可のある者しか立ち入れない! 武装を解除し名を名乗れっ!」

「いやいや、お役目ご苦労さん。なに、一寸用があってな」

「だから――、いや、お前っ! 人斬りっ! 人斬りじゃないのかっ! こんな所に何のようだ?」


 人斬り、という声に門番の相方も矢を下に向け訝しげな顔。

 このレイドリアの中で、平九郎は名も顔も知られた実力者なのだ。

 腰の刀が一度抜かれれば、誰かが必ず死ぬ、敵対した者は、たとえ逃げ出したとしても生き延びた例が無い。

 サラやゲルダの依頼を幾度も完遂していく内に、付いた渾名が“人斬り”


 不審人物が平九郎だと気づいた番兵達は、とっさに己の悪行や、所属する組織が何と敵対しているかを考え硬直するが。

 思い当たる節はないと、すぐに緊張を解く。


「おい、人斬り。門に用があるならせめて松明でも持っていてくれ。危うく襲いかかる所だったじゃねぇか」

「悪いな、いつもの仕事の途中だったんでなぁ」

「ここに来たって事は、他の迷宮に標的でもいんのかい? ――ああ、いや詳しく聞きやしないぜ。俺も命が惜しい」


 殺意も闘志も放つ事のない平九郎の姿に、離れていた弓矢の男もおっかなびっくり近づく。


「すまんが人斬りよ、こちらも仕事なんだ。門を使うなら許可証持ってるんだろ?」

「しかしまぁ。アンタに狙われるとは不運なヤツだ、大方、ギルドか商会か城に喧嘩売ったバカだろうけどよ」


 城とは、レイドリアを任された領主の勢力を指す。

 この街では、ゲルダ率いるギルド、サラが長の商会、領主の城の三勢力が日々険悪なにらみ合いを続けている。

 今の平九郎は一応無所属とはいえ、宿を借りている関係でゲルダの勢力だとも言えよう。

 閑話休題。


 許可証を求められた人斬りは、困った顔で顎の無精髭を撫でると謝罪する。


「すまんな、門には用が無い。ちょいとばかし祭りを開くために寄ったんでなぁ」

「祭り? なんだ、この悪党だらけの街で祭りを開こうって話があるのか?」

「となると、屋台で出す闇蜥蜴の串焼きの材料でも狩りに来たってか? はははっ、ガキの使いとは人斬りも災難だなぁ。ああ、なんだ飲み水でも無くなって泉に汲みに来たのか。アンタなら別に構わないぜ」


 すっかり油断しきった二人に、平九郎は満面の笑みで言った。


「はっはっは、勘違いさせたな。祭りは祭りでも、もっと楽しい祭りでな――――、血祭りって言うんだぜ」


 一瞬の出来事であった。

 離れた場所に居たヨハン達も勿論の事、番兵達も自分が何をされたか分かっていないだろう。


「いいぜ、吸いな“七番”」


 ころりころりと生首が落ち、分かたれた体がどすっと倒れる。それから剣を持っていた男の胸に七番が突き刺さり、刀が緋色に淡く光る。

 ――血を、つまり生命を喰らっているのだ。

 そして見る見る内に、首なしの体が干からびて。

 詰め所の兵が異変に気が付き、周囲を警戒していた四人が気づくまでに、同じ光景がもう一度。


「――ああ、やっぱりまだ駄目だな」


 気持ち程度に飢えは満たされたが、回復には程遠い。

 平九郎が突き刺した刀を抜いた瞬間、死体は離れた首諸共に砂となって消えて。


「おい、どうしたっ! 何があ――ひいいいいいいいっ!! 人斬りだっ! 人斬りが居るぞっ!」

「糞っ、誰がヘマこいたんだっ! 狙われてやがるぞ俺達っ!」

「畜生! ヤツは一人だ囲んで殺せぇっ! 懸賞金は山分けだ!」

「馬鹿野郎っ! 上に報告入れるぞ! 念話持ちの魔法使いは先に逃げろっ!」

「おー、おー、騒いでる騒いでる」


 平九郎は獰猛な笑みを浮かべると、レイドリアへ飛行魔法で逃げようとした魔法使いに、まるで瞬間移動したかのような目にも留まらぬ速度で肉薄して斬り殺した。


「馬鹿なぁっ!? 三十は離れてたぞっ!? あの距離を一瞬で詰めただとっ!?」

「言ってる場合かっ! ああ糞っ! やっぱ魔法使ってねぇじゃ――あがっ!?」

「ほいよ五人目。なあに人生に休暇の潤いをって所さ。安心しな休暇の事はバレないだろうさ、全員殺せば後腐れないってな、あとの始末は婆ぁかサラがやるだろうぜ」


 血を七番に吸わせるなら新鮮な程良い、だが誰か一人でも逃せば後が面倒だ。

 逃げる者を後ろから袈裟懸けに、放たれた弓を鞘で弾き飛ばしまたも目に止まらぬ早さで肉薄。

 平九郎が納める超人剣術の基礎、縮地である。


(愉しくなってきたなぁ、もっと! もっと立ち向かってこいってもんだっ!)

「これでも食らえっ! 高かったんだからなっ!」

「おい馬鹿! そんなもん今使うな! 視界が遮ら――っ! 言わんこっちゃない!」


 彼らの一人が爆発を起こす水晶玉を投げる、だが無意味だ。

 耳をつんざく様な爆音と円形に広がる炎、投げた者はそれを見る事なく胴体が二つに分かれて。


「降参する! アンタの事は見なかっ――」

「せめて腕一本でもっ! ああっ、俺の腕がああああああっ!」

「あー、すまんなナマクラで。腕ごと二つに斬るつもりだったんだがなぁ」


 うっかり仕損じた者の首を一差し。

 なんと呆気ない事か、平九郎が刀を振るう度に評判通りの光景が繰り広げられる。

 だが、案山子に等しい彼らが決して力不足だった訳ではない。

 この迷宮の最大の秘密を守護する者達だ、いずれも最下層に足を踏み入れた実力者、そしてその装備もお粗末なモノではなく寧ろ逆。


「俺の相手をするには、ちぃと足りないぜ。せめて全部の間接を覆う分厚い全身鎧でも着てくりゃあ手こずっただろうがよ」


 今より下の階層主の攻撃にも耐えうる魔法がかかった贅沢な盾や胸当て、だが悲しいかな七番にはその手の魔法など文字通り意味が無い。

 幾ら強い剣や魔法が込められた道具を持っていても、当たらなければ意味がない。


 そして何より、――訓練を受けた身とはいえ、本職はモンスター相手の探索者。

 人に対する専門家である平九郎を相手にするには、超人剣術を納めた人斬りを相手取るには分が悪かったのだ。


 年頃の少女が花占いをするかの如く、一人、また一人と散っていく光景に離れた所で見ていたヨハン達は愕然としていた。


「何故、……何故、ああも簡単に殺せるんだっ!? 人の命をっ! ――僕がっ、僕が言えた事じゃないけれどっ!!」

「あれが、人斬り平九郎…………」


 聖騎士であるヨハンは己の倫理感から来る怒りに、フレイディアは彼の行った偉業に畏怖していた。 


(――早まったかもしれない。最悪の場合を考えて準備しておかないと)


 良くも悪くも正義感に目が眩んでいる騎士とは違い、美貌の薬師は門兵達の実力を正しく把握していた。

 あの集団は、今の彼らでは逆立ちしても敵わない事を。

 例えヨハンが万全の状態であっても、深手を負い逃げ帰るのが簡単に予想出来るほど実力差がある事を。

 ――そんな集団を、平九郎はいとも容易くたった一人で皆殺しにしてみせたのだ。


(あの刀が無ければ……或いは、いえ、希望的観測は止めましょう。あの奥方の言ったとおりに)


 最後の一人が倒れ、刀が突き刺さり塵と消える。

 人斬りが残る死体を砂に還している中、二人は意を決して歩き出した。


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