第11話 死霊使いにして大商会の跡継ぎサラ・ゴルデス



「そうと決まれば妾の店に来て、事は下手を打てば最悪、戦争になりかねないの。――尤も、ウチの幹部の不始末も絡んでいるから、というのが大きいけれど」


 というサラの言葉で、平九郎は河岸を変える事にした。

 表には馬車の御者を含めた三人が立っており、その内二人は、彫像の様にピクリとも動かず。

 内一人は、サラの為に馬車の扉を空けた後、手揉みしながら平九郎に近づいてきた。


「コンバンワっす、アニキ! そしてオクサンも!」

「おうアイク、お役目ご苦労さん」

「ふふ、いつも死体に囲まれて大変ね」

「アリガトウございます! まぁ慣れましたっスから」

「ほらっ! 駄弁ってないで、とっとと乗りなさい」

「そう急かすなって……那凪」

「はい旦那様。――少しですが取っておきなさい」


 少年と言える歳のアイクに駄賃をやり、馬車に乗り込む。

 少し苛立っているサラの対面に人斬りが座ると、那凪は彼女に見せつける様に平九郎の膝の上に座り、花の顔ばせに勝ち誇った笑みを浮かべた。


「――喧嘩売ってます?」

「あら、何の事かしら? つ・ま、の特権ですわ」


 あはは、うふふと、馬車内に発生する冷気に、アイクは顔を青くしながら扉を閉め、慌てて馬車を動かし始める。

 城壁西側に位置するこの店から、ほぼ反対側にある目的地までは、人の足だと三十分、馬車だと五分程だ。


 火花を散らしあってる女二人を放っておいて、平九郎はサラをぼんやりと眺めた。


 ――サラ・ゴルデスという少女は特異だ。

 齢十八にして、世界を股に掛けるゴルデス大商店の暗部組織の頭目。

 そして、“裏ギルド”の大幹部の一人。

 領主を差し置いて、この街の四分の一を実質支配している恐ろしい怪物だ。

 が、しかし。

 何より平九郎が警戒しているのは、“そこ”ではない。


(……相変わらず、青いな)


 性格がでは無い、彼女の髪が、だ。

 青い髪というのは、人間にはあり得ない髪色だ。

 にも関わらず髪が青いのは、染めているからでは無い。


(神の祝福……)


 この世界に、神は存在する。

 自らが統治する代わりに王族を置き、世界の奥に隠れ、滅多に民と触れ合わない。

 そんな神でも時折、気に入った人間を寵愛し力を授ける事がある。

 ――それが、祝福である。


 サラの場合は青い髪とはもう一つ、入れ墨として“それ”が現れている。

 胸元から首、そして唇右端まで花弁のような触手のような、はたまた天使の羽にも、燃えさかる炎にも見える黒と紫色の紋様――悪名高き“黒紫羽炎”

 彼女の姿はその鋭く澱んだ瞳と相まって、酷く不気味に見える。


(然もあらん)


 彼女に祝福を授けたのは、死神だ。

 またサラ自身も、一流の死霊使いである。


(いや、“だから”祝福を受けたのか)


 見目麗しい彼女だが、その本性は邪悪である。

 基本的に生きた人間より死体を好み、常に自身の操る死体を侍らせている。

 故に先程、那凪はアイクに向けて死体うんぬんと言ったのはそういう事だ。

 彼女が連れてきた三人の内、二人は彼女が操る死体だ。


(まぁ、裏を返せば。アイクが気に入られているってこたぁが)


 平九郎はいつの間にか右に座っているサラを、ベリっと引き剥がしつつ、更に物思いにふける。


(たしか、護衛の内一人は、この街で初めて斬った奴だっけ……)


 サラがまだ今より幼く、暗部の長になりこの街にやってきた頃、時を同じくして平九郎達もこの街についたばかりだった。


 まだ地盤を固めていない彼女には敵が多く、路地裏で殺されかけていた所を通りがかり、流れで助け、その縁で約三年は彼女の食客として働いていた。

 今は彼女の元を離れて自由気儘な剣客、人斬り家業をしているが、何かと仕事を持ってきてくれる有り難い存在だ。

 恋と憧れを誤解して平九郎に言い寄ってくるのも、扱い易くて良い。


(これで、もうちょい色気のある体ならなぁ)


 喜んで手を出すのに。と考えた途端、平九郎の頬と右腕に痛みが走る。

 

「――ッ! …………二人して抓んじゃねぇよ」

「すみません。旦那様がよからぬ事を考えた様な気がして」

「平九郎? 次は無いわよ」


 お前ぇ等、実は仲いいだろう、という言葉を飲み込み、平九郎は話題を反らすため、窓越しのアイク向けて大声を出した。

 怒れる女へ、下手に声をかけるのは馬鹿のやる事だ。


「お、おいアイク! まだ着かねぇのかい?」

「もう着きま……、着きましたっスアニキー!」

「わかった、感謝するぜ!」

「旦那様、誤魔化しても無駄ですよ」

「平九郎! 何考えたか全部ゲロっちゃいなさい!」


 呑気なアイクの声を聞き終わる前に、膝の上からひょいと那凪を退かすと、平九郎は馬車から飛び降りた。

 三十六計逃げるにしかずである。


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