第12話 暁の雌獅子にて



 サラが経営する妓楼の一つ“暁の雌獅子”は、レイドリア一人気な上、大きな通りに面している。

 ちょうど繁盛時の為入り口は賑わっており、平九郎達は裏口から入った。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ええ、ただいま帰ったわ。奥を使うので用意を」


 出迎えたの男は、サラの右腕。

 モノクルを付けた髭の老紳士、スミスだ


 彼は柔らかく笑いながら案内するが、しかしその実、目は厳しく、平九郎の動きを見逃さない様に警戒している。


「はっはっは、久しぶりだが、お前ぇーは相変わらず生真面目だなぁ」

「……貴方が適当なのですよミスタ平九郎」

「ふふっ、言い返す言葉がありませんわね」

「那凪、お前ぇなぁ……もうちょい夫を立てろよ」

「あら、女遊びをいっさい無くしたら、考えて上げてもいいわ」


 スミスは二人のやりとりに、心の中でため息をついた。

 一時期は共に働いていた事もあり、彼らが頼もしい戦力なのは解っている。

 情や恩、金などで簡単に動くが、一度味方になれば、終わるまでは裏切らない義理堅さがある。

 だがこの平九郎という男は、――どこか危うい。

 油断をすれば、首と胴が泣き別れになる。

 そんな直感が、スミスを警戒させていた。 

 恐らくはその虎の尾たるは、妻である那凪にあるのだろうが、それが“何処”なのかが解らない。

 だというのに。


「あら! 平九郎さんじゃない!」

「那凪さんもいるわ! みんなー! 那凪さんと平九郎さんが来たわよー!」


 赤い絨毯を敷いた従業員通路の奥から、通りがかった娼婦達が仲間を呼ぶ。

 店の娼婦の約半数が、平九郎と那凪に群がった。

 二人の満更でもない表情に、スミスはキリキリと胃を痛めながら盛大なため息を吐く。

 こちらの警戒が、馬鹿みたいである。


「というかスミス、妾の平九郎は兎も角、なんであの年増まで人気なのよ!」

「……私めが聞いた所によると、駆け落ちするぐらい夫一筋で客を取り合う事が無く、面倒見もよい“お姉さま”で、しかも効果的な美容法も教えてくださるとか、夫の女遊びにも寛容だとか――」

「どこまで続くのよ、それ」

「後、十個程はありますな」

「ええい、忌々しい……! ほら、散った散った!! 平九郎達には話があるの!」


 サラは娼婦達に怒鳴り散らしながら、二人の下へ近づく。

 何やら自分の居場所を汚されたようで、不快だ。


「え~、もういちゃうの~!」

「後で寄越すから、仕事に戻りなさい雌猫共!」

「いやん! サラ様怒っちゃや~よぅ!」


 あはは、うふふ、と去っていく娼婦達。

 中には平九郎に口付けをした者もおり、サラの機嫌は悪くなる。

 再びスミスの先導で奥の部屋に向かうが、続くサラの足音はドシドシと、言いようの無い怒りに満ちていた。


「あらあら、そんな足取りじゃあ淑女とは言えないわよサラ」

「アンタっ! 自分の旦那に手ェだされて平気なの!?」

「あら、そんな事」

「そんな事って!」


 那凪は娼婦達に嫉妬しているサラに、平然と返した。


「たかが、頬に接吻の一つや二つ。お飯事の範疇よ、一々目くじら立てるものではないわ」

「なっ!」


 妻としての余裕をまざまざと見せつけられ、サラは黙り込む。


「旦那様は、決して私以外に本気にならないし。言えば女遊びだってやめてくださるわ、ね、旦那様」

「~~平九郎!」


 二人の視線を向けられた平九郎は、いや、まあ、と。言って苦笑いした。

 事実、その通りだからだ。

 幾ら女遊びが趣味だと吹聴した所で、結局の所はカカア天下。

 亭主関白など気取っても、情の強すぎる女相手では悲劇しか産まなかったのだ。

 ……兎も角、那凪とサラが言い合う中、男二人はぼんやりと会話する。


「尻に敷かれてますな、ミスタ平九郎」

「……結局男ってぇのは、惚れた女には勝てねぇもんさ」

「貴方が言うと、重みが違いますな」

「うっせ、黙れ童貞」

「独身貴族とでもお呼び下さい……後、童貞ではないですぞ。別れた妻と子がおります故」


 へぇ、お前ぇ結婚してたんだ、と。顎の無精髭を撫でる平九郎。

 女のほうは那凪が言い負かしたのか、サラがぐむむ、と唸りながらこっちを向く。


「ああ、もう! とっと中にはいって! 仕事の話よ仕事の話! スミスはお茶」

「はい、お嬢様」


 ぷんすかと肩を怒らせるサラの後に続き、平九郎と那凪は応接室の中に入った。

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