第9話 狸の情報屋
平九郎が向かった先は、大通りの一本外れた所だった。
表通りより人は少なく、見た目もガラの悪い者が多くなってくる。
看板の無い店が多く、その殆どが違法な薬物や、密輸入品を扱う店、或いは“任侠者”“マフィア”と呼ばれる者達の拠点である。
所々に夜鷹と呼ばれる娼婦が立ち、娼館へと呼び込みをかける女衒が、声を張り上げている。
「よお、平九郎さん。お帰りかい? 新しい娘が入ったんだ。寄って行きなよ」
「ああ、また今度寄らせてもらうぜ」
平九郎も、此処に住んで五年以上経つ。
入れ替わりの激しい街ではあるが、そうなると流石に顔見知りが増えてくる。
しなやかに腕を絡ませようとする美女(王子との結婚を厭い出奔した元悪辣伯爵令嬢)を素気なくあしらいながら目的地を目指す途中。
「いよぉお侍の旦那はん、ちょいとお話聞いていきまへん?」
「カカっ、髷を結ってない侍など居るものかよたぬ公」
『あら、狸の丁稚じゃありませんか』
「田貫公なんて呼ばないでくだせぇよ旦那ぁ、此処にはあっし一人しかしませんが外に出れば誰が呼ばれたかわかりゃしませんよ」
「だが、ここはレイドリアだ。何も問題ないぞたぬ公」
路地裏の入り口から声をかけてきたのは、二足歩行する狸。
邪神戦争以前では亜人と呼ばれ、今では人類種の仲間入りした種族のひとつ。
平九郎達と故郷を同じくする、化狸の太助である。
和装にテンガロンハットを被った風変わりな狸は、この街の領主の勢力下にある情報屋だ。
平九郎からしてみれば、領主からの依頼を通達する窓口の役割の方が大きいのだが。
「んで、今度は何の話だ? 領主殿の剣術指南の話なら受けねぇぞ」
「それはつれねぇぜ旦那ぁ、まぁ毎度の事だし御領主様も分かってるから良いけどさぁ」
「ったく、人間より力も魔力もある竜人が剣に拘るたぁ酔狂な事よなぁ」
「旦那の言うとおりさ、剣術指南なんて表向き。本当は旦那さんの収集した剣を欲しいだけってな」
人斬りとして名高い平九郎であるが、女好きやお人好しの他にもう一つ知られている事がある。
即ち、刀剣蒐集家。
このレイドリアに流れてくる名高い刀剣の一割は、彼の下にあると専らの噂である。
そしてこの街の領主もまた、そういった意味で平九郎の同類だ。
金に糸目を付けず、古今東西の刀剣を買いあさる蒐集か。
彼が平九郎の剣の腕を欲し、教えを請うている事は確かだが、それ以上に同じ蒐集家としての嫉妬がある。
何せ量で言うなら領主の方が上だが、質で言うなら平九郎の勝利であるからだ。
そして噂では、かの人斬りの手には嘘か誠かかつて魔王が地上に残した宝剣、魔王七剣がある。
(七番の事は、そう簡単に分かるもんじゃねぇって言うのに耳聡い糞蜥蜴だ)
『あらあら、悋気でございますか旦那様? 妻冥利につきますわね』
(ぬかせ、お前を持って良いのは俺だ。それだけだっての)
平九郎は器用にも、那凪と太助の両者と話をしていたが。
その内に、狸が気になる事を言い出した。
「そうそう、これは旦那はんに最初に話すんですがね……なんと、御領主様がまた新しい剣を手に入れなさったとか」
「あん? そんなの毎日の事じゃねぇのか?」
「いえいえそれがですね、今回はそんじゅそこらの剣では御座ぇませんのでさ」
「というと? 奴が前から欲しがってた聖王国の王家の証、妖精泉の星砕きでも手に入れたのか?」
「かの国は内部がゴタついてますが、流石に国の象徴を奪われる程、腐っちゃあいませんぜ」
となると他に何があるだろうか。
平九郎は蒐集家として実に興味を刺激されていた。
「あれだ、邪竜殺しの勇者が持っていた太陽の剣か!」
「違いますぜ旦那、それなら百年前に手に入れたって自慢げに言ってましたから」
「うわ、持ってるのかよ……。ううむ、あの領主殿のお眼鏡に適った剣となりゃあ、絞られてくるが……、ああ、金を持ってる奴ぁ羨ましいなぁ。俺ももっと欲しいぜ」
「旦那はんも、かなりの高給取りじゃねぇですか……」
この街でも有数の実力を持つ情報屋とはいえ、太助は所詮権力の紐付き。
保身を考えれば手元に残るのは、それなりに生きていくだけの金。
平九郎の羨みなど贅沢だとため息を一つ。
「旦那はん、旦那はん。御腰についた獲物、なんて噂されてるか知ってはる?」
「このナマクラがどうかしたか? 俺以外じゃあ紙も斬れないぜこんなもの」
「それは知ってますがね、ホラ、べらぼうに魔力が込められてるじゃないですか、造りも美術品みたいに綺麗ですし。旦那の腕もあって、――――魔王七剣だって噂でさぁ」
「は、大方誰ぞの嫉妬だろう? 俺の腕は剣の所為だって己に言い訳する。弱いモンの言いそうなこった」
太助としては、その腰の刀は間違いなく魔王七剣に匹敵する逸品だという見立てではあるが。
人斬りの言葉通りに、僻んだとある探索者が発端の噂ではあるが。
問題はそこではない。
「御領主様が新しく手に入れたっていう剣ですがね、どうも魔王七剣の一つらしいんですよ」
「――――ほう、魔王七剣。そいつは胡散臭ぇ話だぜたぬ公よぉ。新たな魔王を決める七振りの剣、大昔から神の連中が躍起になって探してはいるが、誰も見た事が無ぇ。当の神すらもだ」
「そもそも存在すら怪しい代物。地上のガキでも知ってるヨタ話……だったら良かったんですがねぇ」
申し訳なさそうにする狸に、平九郎ははて? と首を傾げた。
「真偽はともあれ、なんでも斬った物を鉄の歯車に変えちまう不思議な力を持った剣を手に入れたようで」
「成程、俺と手合わせしたいとでも言い出したか?」
「そうなんですよ……まったく、あの御領主様の趣味も程々にして欲しいもんですさ。あっしは刀剣古美術商じゃないって言うのに」
「ご苦労様ってな」
領主がただの竜人ならば、その挑戦を一にも二にもなく受けただろう。
何せ勝てば彼の蒐集した剣が丸ごと平九郎の物だ、そして人斬りには確実に勝つ自信がある。
だが、そう簡単にはいかない。
『いけませんよ旦那様。いかにこの悪党の街と言えど、領主を斬れば無駄な混乱が起こります。というか、中央通りの菓子屋は領主の勢力下なので彼処が潰れるのは嫌ですわ旦那様』
(分かってらぁ、この街は商会とギルドと領主の三つで均衡を保ってるんだ。迂闊に斬って街が無くなれば面倒しかねぇ)
この悪徳の都に愛着などないが、地上を追われた身だ。
人斬りも満足に出来ない地上で、新しく住処を探すのは手間でしかない。
「たぬ公よ、すまねぇが適当にあしらっておいてくれよ」
「へい、旦那はん。此方としても助かりまさぁ」
「じゃあな、領主殿に宜しく言っておいてくれ」
平九郎は太助に金貨一枚握らせると、再び歩き出す。
『……旦那様』
(ああ、分かってるさ。本物なら何れ向こうからやってくるだろうよ。そんときゃあ、剣ごと真っ二つにしてやらぁな)
ヨハンの事より、領主の方が余程面白そうだと無精髭を撫でた。
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