第7話 探索者ギルド・レイドリア支部(公的には存在しない支部)



 探索者を取りまとめるギルドの支部は、門から直線、三十分程歩いた所にある噴水の右手に存在する。


「ここがギルドだ。言わなくても解るだろうが、剣と杖が交差した旗が目印だ」

「子供扱いしないでくださいよ、平九郎さん」

「……思ったより小さいのですね」

「そうか? まあ、こんなモンだって」


 フレイディアの言葉に適当に答えながら、平九郎は木製のスイングドアを押し開ける。

 外と変わらぬ明るさの中、正面には受付。

 左には査定の窓口。右の待合室には依頼などが張り出される掲示板と、幾つかのテーブルとイスが。

 席に着いている男探索者達の何人かは、平九郎を見るなり強い敵意を送っている。


(相も変わらず飽きねぇもんだよなぁコイツ等は)

『仕方ありませんわ旦那様、だって彼らは――弱いのですもの』


 平九郎はこのレイドリアの中でも五本指に入る人斬りだ。

 街の中では唯一地上の気質に近く、悪人が少ない探索者ギルドの住人にとって彼は異物であり、脅威の対象だからだ。

 そしてもう一つ。


「こんばんは! 探索者ギルド・レイドリア支部にようこ――――ってなんだぁ、平九郎さんじゃないですかぁ、朝ぶりですね、今日の成果はどうでした? どうでした! ギルドはいつでも貴方を評価しています!! この美人受付嬢ベロニカは個人的にも評価しています! 今晩開いてますか平九郎さん! あ! 後ろの二人は? 新人さん! 新人さんですね! ようこそ探索者ギルド・レイドリア支部にようこそ! このクソッタレな街に来るなんて、中々の物好き――」


 ニコニコと笑いながら、息も着かせぬトークを浴びせた人物は、このギルドの名物受付嬢のベロニカだ。

 自分で美人受付嬢というに恥じない程、彼女は美人だ。

 豊かに波打つ金髪と胸、野暮ったい制服の上からでも判る腰の括れ、スラッとした長い足。

 くるくるとした大きな青瞳と泣き黒子が、何とも言えず魅力的である。


 良く回る舌が玉に瑕だと専らの評判だが、ベロニカ嬢に一晩お相手してもらいたいという探索者は、後をたたない。

 そんな彼女が平九郎が来るなりベッタリな訳だから、他の探索者からの敵意のある程度は理解が出来よう。


「ったく。離れろベロニカ。今日は取り敢えずオケラだよ。それより新入りを案内してきたんだ。色々頼む」

「はいっ! 平九郎さんがそう言うなら」


 抱きついてその豊満な胸を押しつけるベロニカに、平九郎は面倒そうな顔で対応する。

 忘れてはならない、ここはレイドリアなのだ。

 例え、表通りにあるギルドの受付嬢といえど、油断してはならない。


 現にベロニカは、地上のギルドで有望な探索者を貢がせ破滅させた悪女であると聞き及んでいる。

 そんな話があるならば、ベロニカが幾ら美人だといえ平九郎的にはお断りである。

 ――決して、一度抱いたら結婚とかチラつかせてきて、面倒そうだ。という事ではない、決して、決して。


『……だから言ったのですわ旦那様。この様な女狐、初めて会った時に、見殺しにするべきでしたと』

(そうは言うが、そんな“外れ”だとは判らんかったしなぁ)


 ヨハン達の世話を焼き始めたベロニカを横目に、平九郎は嘆息する。

 彼女とは数年来の付き合いだ。

 平九郎が初めてこの街にやってきた時、ヨハン達と同じように魔物に殺されかけているのを助けたのであ――。


「――ラッキー。クローさんじゃんか。おっひさー」

「……ん。ああ、エリィか」


 過去の海に沈んでいた平九郎を引き上げたのは、同じ探索者のエリィだった。

 彼女とは過去何回か一緒に潜って以来、友人といえる中である。


「どしたの? こんな時間にいるなんてめっずらしーじゃん?」

「ほれ、あれよ。あれ」


 平九郎は、ヨハン達を顎で指す。

 エリィは彼らを見ると、ニシシと笑いながら値踏みした。


「ま~た拾ったの? クローちゃんも好きだねー。これで何回目だっけ? 三十二回?」

「うっせえ。……えーと、まだ二十回位だろ? 多分」

『四十九回目ですわ旦那様』

「へー、ナナさんよっく覚えてんねえ!」


 平九郎にしか聞こえない筈に七番の声に、エリィは答えた。

 最下層級探索者である彼女は、魔法による接触念話を耳で聞くことなど容易い事である。

 まあ、それは兎も角。


「お前ぇこそ珍しいな、こんな所いるなんて。なんか、北の大迷宮まで遠征するとか言ってなかったか? あと数ヶ月は帰らないと思ってただが」

「ああ、それならバッチシよバッチシ。ちゃーんと例の“アレ”見っけて帰ってきたのよん」

「おい。“アレ”で帰って来たのかよ。……お前ぇさんカタギなんだから“アレ”使って此処に戻って来んなよ」


 “アレ”とは大陸間転送装置であり、このレイドリアが秘匿されている理由の大きな理由の一つである。

 各迷宮に存在するソレは、繋がる先が一カ所である事は珍しくなく、当たりで数カ所といった案配だ。

 だがしかし、このレイドリアの大陸間転送装置は違う。


(あの時、俺らも使えてたら楽だったんだがなぁ)

『此処のは大陸中どころか、世界全ての迷宮に繋がるのですものね』


 これは表では一部の王族など高い地位にある者、或いは迷宮攻略者などの超一流実力者。

 裏でもどっぷり深い所にいる悪党しか知らない極秘事項で、此処にたむろする探索者でも知るものはごく少数である。

 エリィは前者、平九郎は後者に当たる。


「いやね、アタシらも最初は地上から帰るつもりだったんだけど、そうもいかない事態が起こちゃって」

『貴女程の探索者が逃げ帰るなんて……。ふふっ、何やら面白い事になってるようね。――ねぇ、旦那様?』

「……先に言っておくが、行かんからな。面倒くせぇ」

「えぇー! ぶーぶー! クローちゃんの吝嗇んぼー」

『男が下がりますわよ旦那様』

「ほら、ナナさんもこう言ってる事だし! 一緒に行きましょうよ緊急! 討伐!」

「うっせぇよ、お前ぇ等。行かねえよ!? あからさま過ぎる、厄ネタだろ絶対!」

「いやーん。クローちゃんのい・け・ずぅ」


 怒鳴る平九郎に、擦り寄るエリィ。

 その姿に、遠巻きに見ていた他の探索者から舌打ちと敵意が向けられる。

 ――エリィ・ライクアは、短い赤髪が特徴的な美人だ。

 いや、正確には美少女だと言ってもいい、――但し、外見だけは。


 今年六十路になろうとする彼女は、所謂、盗賊系探索者だ。

 トップレベルの徒党に所属し、大小含めで五つの迷宮を踏破した彼女は、手に入れた稀少な魔具でその若さと強さを保っている。


 ……というか、また少し若返ったような?


 兎に角、スレンダーな彼女は、肉感的なベロニカと違う層にて人気が高く。

 そんな二人が寄ってくるので、平九郎に敵意が寄せられるのは当然といえよう。

 ――尤も、それだけでは無いのだが。


 ともあれ、平九郎は純粋に剣の腕だけで言ってもそこらの探索者より数段上なので、面と向かってくる者はいないのが僅かな救いであるのだが。


「ね、ね。報酬はアタシを一週間、いや今なら一ヶ月つけちゃう! 今なら可っ愛いーの処女の子もひっぱってきちゃうよーー!」

「お、それ本と『――旦那様? エリィ様?』

「――って、ああああぁーーーー! 何勝手にくっついてるんですエリィさん! 平九郎さんはわたくしと今晩「行かねぇよ!?」もそも、わたくしと平九郎さんは運命の糸で結ばれているんです。米寿のお婆さんなんて黙って――」


 エリィとの会話に割って入ったかと思えば、ベロニカは彼女とガルルと睨み合い。


「――まだ十代後半よ!(肉体的には)戦えない無能は黙らんしゃい!!」

「何よ!」

「何さ!」


 平九郎の左右に貧と豊の胸の感触が、天国である。

 平九郎の左右の瞳から柔と剛の火花、地獄である。


(うーん。どさくさ紛れで両方押し倒せれば楽だったが、どうしたものか。んー、あー、七番? 対処法はなんかねぇか?)

『ふふふっ、私も参加しましょうか旦那様?』

(……お前もか七番!)


 女遊びは好きであるが、片方を抱いていないだけで、途端に対処法が判らなくなるのが平九郎である。

 この男、剣術以外には応用が聞かないのだ。

 更には頼みの綱である七番に見放され、打つ手なしである。

 平九郎は事態の収集を一端諦め、晩飯の事を考え始めた。


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