第6話 街門の付近にて




 門に併設された関所を通ると、そこは真昼だった。

 

「もう夕刻の筈なのに、随分明るいな」

「ヨハン、さっき不夜城だって平九郎さんが言ったでしょう。夜でも朝でもこの明るさよ」


 平九郎の後ろでヨハンとフレイディアの二人は、おのぼりさんの様にキョロキョロしている。

 そんな風に不注意に歩くのは、この街では少々危険なのだが。


(ま、無理もねえか……)

『そうね。少し前まで命の危機だったもの、安全圏に入ってほっとしているみたいね』

(それだけじゃ無い当たり、多少の目は持っているということだな)

『それだけ?』


 疑問符を浮かべる七番に、平九郎は顎で指し示す。

 そこには探索者の街として、当たり前の光景があった。

 ――但し、地上としての、だ。


「どうだいお二人さん、結構凄いもんだろう?」

「……結構ってもんじゃないですよ平九郎さん! こんなッ! まるで地上と……!」

「噂には聞いていたけど、ここまでなんて」


 整備された大通りに、ごった返す人並み。

 様々な商店が立ち並び、道奥には大きな噴水。

 最奥には迷宮内には不自然な、白亜の巨城が聳え立っている。

 ――尤も。行き交う人々、並ぶ店の店主の大半が悪人か破落戸崩れではあるが。


「なんでこんな……、こんな城まである街が迷宮に? もっと話が広まってもおかしくないのに」

「――――ッ!」


 困惑するヨハンに、慌ててローブのフードを被るフレイディア、その視線の先にはこの迷宮が存在する国家、トレニアスの紋章を付けたガラの悪い騎士達の姿が。


「ヨハン! ヨハン! あれ!」

「なっ! 我が国の騎士? しかもあれは近衛の!?」


 見るもの全てに驚く若き恋人達。

 次には他国の精鋭騎士の姿や、高名だが悪名高い探索者の姿を見つけて目を丸くしている。


「どういう事だ? 何故こうも実力者がこの街に? ……他の者は驚いている様子もない。つまり日常的な事? もしや国々の王や貴族、まさか中立であるギルドですら――――!?」


 ヨハンはぶつぶつと考え込み、フレイディアそれを聞いて途端に警戒し始める。

 だが平九郎としては、そんな事より――。


(腹ぁ減ったな……。宿に戻って食うか、屋台で買うか……)

『お悩みの所すみませんが旦那様、“アレ”は放置していいので?』

(“アレ”?)


 七番の言葉に振り返る平九郎は、ここまで甘チャンだったとは、と絶句した。


「……………………本気かあいつ」

『高潔な騎士様だこと』


 見れば、すり寄ってきた乞食にヨハンが、巾着型の財布を取り出して金貨を一枚あげている。

 国にも寄るが金貨と言えば独り身の庶民が数ヶ月、節制を重ねれば半年は働かず暮らしていける額。


「…………あー、ノブレスオブリージュだったか? 豪気なこったなぁ」

『持ってる人は持ってるのね』


 七番と共に、口から出る言葉は皮肉気だ。

 平九郎は珍妙な動物を見る目をしながら、二人に近づく。


「……なぁ。今しがた何をしたか聞いても良いか?」

「どうかしましたか平九郎さん? 何かおかしな事でも?」


 キラキラと純粋な目でこちらを見るヨハン。

 この目は危険だ。色々な意味で。

 自分のしている事の正当性や何やらを、微塵も疑っていない瞳。


(この迷いの無さは、戦いの時にゃあは厄介だが――)


 この街の日常に関しては、すこぶる紙一重である。

 平九郎はゲンナリしながら、フレイディアに顔を向ける。


「いつも“ああ”なのか?」

「ええ、いつも“ああ”なんです」


 仕様が無いヒト、と熱っぽく言いながらフレイディアは、慈愛の籠もった瞳でヨハンを見つめている。

 お熱い事だ。


「ヨハンの事、誤解しないでくださいね。あの人は決してお金の価値を知らないわけでは無いのです。知った上でそれでも“ああ”してしまう。どうしようもなく心優しくて正しい方なんです。――まぁ、いざとなったらわたしが止めますし、お金だけはいつも余分に持ってきているので心配――」

「――その金って、あれか?」

「え?」


 平九郎の指し示した先には、ヨハンからそろりそろりと離れる掏摸の少年。

 その手には、ずっしりと重そうな皮袋が。


「ヨハ――「待つんだ君」


 少年が駆け出そうとした瞬間、財布を持った手をヨハンがはっしと掴む。

 放せ放せ、と。繰り返す少年にヨハンは微笑むと、財布から金貨を取り出し、差し出す。


「君がどういうで理由でこんな事をするのか、僕は知らない。――でも、もう二度とこんな事をしてはいけないよ。今回は見逃すから、さあお行き」


 少年は得体の知れない怪物を見るような目をすると、金貨を引ったくり走り去った。

 犯罪者だらけの街で生まれ育った子供を恐れさせるとは、この男、あらゆる意味でこの街に向いていない。

 一週間も経たずに素寒貧になるか、騙されて奴隷になっていても不思議ではない。


「……フレイディア?」

「……何も言わないで下さい平九郎さん。ああ見えて優秀なヒトなんです。いつも怒られていると聞きますが、期待の星なんです」

「……そうか、苦労してるんだなお前」


 曖昧な笑みを浮かべるフレイディアの顔には、諦めと誇らしさと、そして優しさが潜んでいる。

 ――だが、その下に後ろめたさが隠されているのを見逃さなかった。

 二人の関係は、彼女がヨハンの糸を引いているのかと思いきや、どうやらそう単純なものでは無いらしい。

 やはり、お熱い事だ。

 平九郎はこれ以上彼女に何も言わず、ヨハンを声をかけ再び歩き出す。


(ありゃ駄目だな、期待できそうにねぇな。――おい七番? これがお前の言う面白い事か?)

『あー、ごめんなさい旦那様。私の見立てではそこそこ愉しい騒動の種だと思ったのだけれど。どうやら間違いだったみたいね』


 すまなさそうな七番の声。

 経験上、その手の修羅場に関する彼女の感は外れたことがないが、今日ばかりはそうではなかったらしい。

 平九郎はぐぅと鳴り出したお腹をさすりながら、探索者を取り纏めるギルドへ再び進み始める。


 フレイディアはいい女だが、ヨハンという紐付きだ。

 彼らからは上質な戦いの匂いはするも、今はその尻尾すら見えない。

 果たして、今日の戦果と親切に見合った見返りは来るのだろうか?

 ギルドに着くまでこれ以上何も起きない様にと、平九郎は信じてもいない神に祈った。


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