第4話 聖騎士と女薬師



 彼らは、魔法戦士のヨハンと魔法使いのフレイディアと名乗った。

 数分の休憩の後、平九郎が先導する形で、今はこの層唯一の拠点へ向かっている途中である。


「本当にいいのですか? 救ってもらったにも関わらず、貴方の獲物まで譲ってもらって……」

「ああ、そん位気にすんな。いつか倍にして返してくれればいいからよう」

「勿論です! ミアス神に誓ってご恩は一生忘れません、近い内に何十倍にして返して見せます!」


 かっかっか、と。笑う平九郎と、目を輝かせて力強く返事をするヨハン。

 此方の好意を微塵も疑っていないこの好青年っぷりに、平九郎は若ぇな、とほくそ笑んだ。


『ミアス神……隣国、トレニアスの守護神ね』

(ああ、削ってはいるが、鎧の胸の家紋。ありゃあ、隣のハインデル侯爵家の家紋だな)


 只の刀のふりをして、魔法で語りかける七番。

 迷宮内では戦闘時は勿論、平時でも情報は非常に重要だ。

 此方と彼方の情報の差が、命運を分けることも珍しくはない。

 よって、平九郎としても七番の存在を知らせる気などさらさら無い。

 特にこれから向かう拠点、レイドリア城塞街では――。


(――ふぅん? あの女“知って”やがるな)


 平九郎は左後ろにいる、フレイディアの気配を読んだ。

 フレイディアはヨハンに笑顔を向けるも、時折訝しむ視線を平九郎に送っていた。

 そんな中、ヨハンは平九郎にすっかり気を許し、ペラペラと情報を流してくれる。


「…………それでですね、僕はフレイディアの手を取り言ったのです、私と共に逃げてください、と!」

「へえ! 嬢ちゃん愛されてるねぇ」

「もう、いやだわヨハン。そんな事まで……」


 背後から、ビシビシ、と音がする。

 大方、照れたフレイディアがヨハンを叩いているのだろう。

 自分にも、こんな時代があったのだろうか。

 今は、もう記憶の彼方に消えてしまっている。

 そんな埒もない思考をおくびにも出さず、平九郎は本題に入る。


「いやいや、情熱的だねぇお二人さん。――でも、何でこんな所に来たんだい、逃げるにしても、一旗上げようってのにも、お前さん達にゃあこの迷宮は不向きだと思うけどよ」


 人間に対する情報に際して、平九郎が重要視するのは、その素性より目的だ。

 この二人がレイドリアに深く関わる気なら、その目的を知ったほうが、此方も迂闊な行動をしなくて済む。

 そんな平九郎の思惑も知らず、ヨハンはあっさり答える。


「薬の為です」

「――ッ! ヨハン!?」

「別にいいだろう隠さなくても、平九郎さんは良い人だよフレイディア」


 ヨハンの諭す様な言い方に、フレイディアは押し黙った。

 平九郎としては、フレイディアの反応に引っかかりを覚えたものの、ヨハンに先を促す。


「薬ってぇと?」

「平九郎さんは、熟練の探索者だとお見受けします。でしたら、薬には魔法薬と純粋薬があるのはご存じですね」

「ああ、勿論知ってるが」

「フレイディアはですね、国でも有数の純粋薬師なんです」

「へぇ、そりゃあ凄い」


 平九郎は素直に感嘆した。

 純粋薬師になるには一般に、長い修行の後、厳しい国家試験を合格するのが通例となっている。

 フレイディアは二十代前半の年齢で、貴族の坊ちゃまと知り合う程には名声があり、かつそれに見合った実力があるのだろう。


(先の戦闘からすっと、地下まで噂が届いていても不思議じゃねぇ位の腕だが……注意すんのはこの女か?)


 ヨハンがいなかったら口説いたんだがなぁ、と考えながら、竹筒を取り外して水を一口。

 平九郎のもう一つの趣味は女遊びだが、相手がいる女を口説くほど野暮ではない。

 野暮ではないが――。


(思ったより美人なんだよなぁ、こいつ。ヨハンには勿体ねぇなあ、口説けば一発位いけっか?)


『何を考えているのか知らないけど、後ろの二人、放って置いていいの?』

「んん?」


 不埒な考えに浸りそうに、否、浸っていた平九郎は、慌てて後ろを振り向く。


「照れている君も可愛いよ、愛しのフレイディア」

「……ヨハン」


 そこには、足を止めて手を繋ぎ、見つめ合う若い二人の姿があった。


(危機感足りなさ過ぎんだろう!)

『……若いって良いわね、恋に盲目になれて』


 心底羨ましそうな、しかして皮肉げな七番の言葉に、平九郎は頭を抱えてしゃがみ込みたくなった。

 替わりに顔をしかめながら、パンパンと二回手を鳴らし注意を引く。


「こんな所で乳繰りあってんじゃねぇぞ、お二人さん。次襲われても助けねぇぞ!」

「……っはぅあ! ああ、すまない平九郎さん。つい……」

「も、申し訳ありません」


 自身の失態が判ったのだろうか、しゅんとなるヨハン。

 だが、縮こまって謝るフレイディアの姿を見て、途端に相好を崩す。

 冷たさと儚さが同居した人形めいた美貌が、真っ赤に色付き、何とも言えぬ感慨を胸に抱かせる。

 年若いヨハンが入れ込んだのも、無理からぬ事だろう。


「いや、君に責は無い。僕が悪いんだ愛しいひと」

「ううん、ヨハン悪くないわ。わたしが悪いのよ……」

「フレイディア」

「ヨハン」


 再び見つめ合う二人。

 どちらともなく顔が近づき、唇と唇が――。


「――喝ッ! 手前ぇらいい加減にしろ! 置いていくからなこの色馬鹿共め!!」

「は、はいっ! 師団長!」

「うふゃあっ!」

『師団長ねぇ、どこかの騎士団でもいたのかしら?』

(はん、あの色呆けぶりなら、しょっちゅう叱られてたろぅさ)


 やってられっか、と怒鳴り早足になる平九郎。

 決して、羨ましいとかそんな訳は無い。

 そんな背中を、若い二人は謝りながら追いかけた。


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