第3話 闇蜥蜴



「有り難う! 感謝する!」


 前衛の戦士が切羽詰まった声で平九郎に怒鳴るも、平九郎には意味のある音として届いていなかった。

 彼は既に三手目、否、四手目すら見通して動いている。


 ――平九郎という男が望むのは『戦い』だ。


 生粋の戦闘狂である彼は、争いのめっきり減った地上に見切りを付け、迷宮に籠もっている。

 尤も、他に大きな理由があるのだが。

 ともあれ、迷宮の中で起きるこうした厄ネタにも、こうして平気で首を突っ込む事もしばしば。

 だから――。


(久々に、面白くなってきたなぁ)


 カカ、と。小さく笑い声を出しながら、平九郎は振り向き後衛の魔法使い、その更に敵集団の奥。

 上位種のシャドウリザードマンに向かう。

 敵が魔物であれ人であれ、集団ならば司令塔である親玉を先に潰すのが一番効果的だ。


『旦那様、五時の方向の闇蜥蜴から火玉、前方――』

「承知の上!」


 平九郎は五感が鋭く、特に空間把握に長け。後ろにも目が付いている様に動ける。

 また、経験上。闇蜥蜴の火玉が飛んでくる時間は、呪文詠唱に約五秒、発動後の速度は矢と同じ位だ。

 従って、避ける必要性無し


(――直進あるのみ!)


 彼我の戦力差は、先の二人を含めおおよそ一対十、先ほど斬ったのを除いても約二六体はいる

 しかし平九郎の眼前、更に進路上のみに限れば、敵集団の長シャドウリザードマンを含めて五体


 一呼吸の間に、目標の半分の距離まで詰める、同時に二時の方向にいた土蜥蜴が岩壁を出現、奴らの良く使う手だ。

 平九郎は動じず軽々と乗り越え、勢いよく宙に躍り出る。


(爺様だったら、虚空を斬っただけで壁の向こうの目標を斬り裂いたのだろうが、……俺もまだまだ修行が足りぬ)


 僅かに口元を歪ませながら、平九郎は前方十一時の方向にいた闇蜥蜴の上に着地、同時に寸分違わず脳天を貫く。――見事な兜割だ。

 蜥蜴の小さなが己の死を悟るより早く、平九郎は刃を引き抜き再び直進。

 残り当初の三分の一の距離にて、慌てて立ちふさがる残る二匹を一振りで死に追いやる


(残るは――――)

『――――大将!』


 目標の距離は、遂に三メートルをきった。

 最早遮るものなど何もなく、目標の目が合う。

 平九郎は獰猛な笑みを浮かべ、更に踏み出す。

 爬虫類独特のギョロリとした目の奥、同族を殺された事による殺意。

 上段に構えたカトラスが、今まさに振り下ろされようと――。


「――遅い」


 今一度振るわれた刀で、闇色の鱗腕がカトラスごと切り落とされる。

 そして自らが斬られた事を自覚することなく、返す刀で首が跳ねられた。


 ぽとん、ころころ。

 松明の火が届かぬ闇の中に、乾いた音。

 ぐらりと首無しの体が揺らぎ、どすっと倒れた。

 戦闘に介入してから、僅か二十秒足らずの惨劇。

 付近の蜥蜴共が事態を認識出来ずに、困惑の鳴き声を上げ始める。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 平九郎は刀を高く天に掲げ、雄叫びを上げた。

 

(面倒だ、散れよ雑魚共)


 殺気を伴い圧迫感さえ覚える吼哮に、圧倒的実力差を本能で理解した魔物は、先に戦っていた二人組の探索者を無視して逃亡を開始する。


(……物足りないでしょうが。この辺が落とし所ね、旦那様)

(ふん)


 平九郎は戦闘狂であるが、しかし。

 必要以上に殺戮する程傾向していないし、助けが必要な初対面の足手纏いを、自身のそれに巻き込むほど悪趣味ではない。


「…………取り敢えずはこんなもんかねぇ」


 逃げまどう蜥蜴達を横目に、平九郎は懐から懐紙を取り出す。

 そして七番の刃から血を拭いながら、助けた探索者の元へのんびり歩いて行った。


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