私は優しい人ではないけれど
空蝉
私は優しい人ではないけれど
他人から「あなたは優しい人だ。」と褒められたことを母に打ち明けると、「みんな、あなたに騙されているのね。」と必ずお決まりの返事が返ってくる。
嗚呼、そうだ。
確かに私は優しい人ではない。
自分が他人の幸せより、不幸を祈ってきた回数の方が多いことを知っていて、それをあたかも私には有り得ないことのように振る舞い、天使の演技している。
言い方を変えれば、母の言う通り、みんなを騙していることになるのだ。
別に悪いことをしているとは思わない。
だって、いい子ちゃんのフリをしているほうが楽だし、わざわざ嫌いな人をいじめたり傷つけたり殺したりしても、一時的な爽快感しか得られず、長い目で見れば自分へのメリットは無いのだ。
それに周りの他人にも、わざわざ悪い子になって、傍若無人に誰かを傷つける私を見たいという、変わった趣味の持ち主は居ないはずだ。
嫌いな人は、私じゃない誰かに惨たらしく殺されるか、顔写真や住所を晒し上げられて、インターネットの玩具にされて、追い詰められた末に自殺してくれればいいなあと、静かに思っているだけ。
こんな焼け野原みたいな心を抱える私が、優しい人なわけがないのだ。
だが、表面上のものでも、人から褒められたことを、ご丁寧にヒールで踏みにじるような真似をする母とは、基本的に反りが合わない。
ちなみに母も『みんなを騙している』タイプの優しい母だった。
同級生の家族や、弟の習い事関係の知り合いの前で、あんなにも穏やかに微笑んで、世間話をしている女性が、他人の目が届かない場所で娘の私を怒鳴りつけ、物を投げつけ、殺意を顕にしていたことなど、誰も想像しなかっただろう。
まあ、都合の悪い記憶は全部、母の中には残っていないから、本人は今でも良き母をしていたと信じて疑わないのだが。
話は戻って、人前で優しく見られることだが。
もちろん、優しい素振りをしていることが裏目に出ることもあった。
私の場合のそれは、慈愛から来るものではなく、弱々しい存在に居場所を乞うようなもの。
気紛れで味方に置けば、馬鹿みたいに喜ぶし、手のひら返して攻撃しても、やり返す度量も無い。
格好のストレス発散の標的だった。
拗れに拗れて、精神を病んだ今。
この先、生きていこうとおもったなら、どんなに他人を信じられなくても、他人に手を差し伸べてもらわないと、私は生きられない。
いい子ちゃんしていないと、優しい人を演じていないと、誰からも愛されないし、自分に無条件の愛を得る価値が無いことも知っている。
私は優しい人ではない。
だけど、パチもんの優しい人でいることで、世の中の波動に適応する努力は怠らないのだから。
それを『騙している』と一纏めにして、無責任に責め立てないでほしいだけなのだ。
誰もいじめないから、誰にもいじめられたくない。
優しいと褒められたら、素直にありがとうと嬉しがることを許されたい。
もうひとつ願っていいなら、お母さんに「よかったね。」って言われたかった。
そんな単純な話だ。
私は優しい人ではないけれど 空蝉 @hitorigoto
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