4.早朝の図書準備室
「ほれほれ。そろそろ起きな」
肩を揺すられるのを感じて、私は顔を上げた。
「もうすぐ来るから準備して」
「お……おう」
私は目の前をぼんやりと眺めつつ、とりあえず何か言った。……ここ、どこだっけ。
そのまましばらくぼんやりしていると、やがて、後ろで引き戸が引かれる音がした。
「おはよう。……あれ、三原さん?」
委員長の声がしたので、私はなぜか右手を挙げて応えた。そして力尽きて机に突っ伏す。代わりに雪ねえが解説する。
「何か用があるんだって。……ほれ、目を覚まして」
「寝てない……寝てないっスよー……」
雪ねえに肩を揺すられながら、我ながら何の説得力もない台詞を吐く。中途半端に寝たのが、かえって良くなかったか。六時前に起きたときよりも頭がぼーっとする。
ただ、ここでダウンしてしまっては、何のために早起きしてここに来たんだかわからなくなるので、ここはなんとか無理矢理意識を呼び覚ました……ことにする。
私は、視界に入ってきた委員長に向かって、全力を振り絞って言った。
「……ああそう。それで、委員長。用事があるんれすけど」
なにが「ああそう」かは謎だが、そこは気にしない。委員長も気にしなかったらしく、「何?」とかなんとか、そういう返事をした……と思われる。
そこで私は、足下に置いていたかばんを探って――この辺でようやく少し脳みその動きがマシになってきた――小さな紙袋を取り出した。
「これを父から預かったのです。ぜひ使ってください、って」
委員長は妙な表情をしながら、差し出した紙袋を受け取った。
「中身は……見ていい?」
「どうぞ」
紙袋は特にテープで閉じたりもしていなかったので、口を広げればすぐに中身が見えるはずだった。実際、委員長は、中を覗き込まなくても、すぐにそれが何かは察したらしい。すぐに驚いた顔をこちらに向けた。
「えっ……いいの、これ、頂いても」
「価値のわかる人に使って欲しい、と父は言ってました。……まあ、私は正直、文房具とかよくわからないんで、遠慮なく使ってください」
「さっきーのお父さんって、松井君と知り合いなの?」
雪ねえが尋ねる。
「そういうわけじゃないけど。んー、なんだろ。文房具マニア同士、通じ合うものがあったんじゃないかな? 私もよくわかんないけど」
「いや……しかし、こんな貴重なものをもらうだけというのも気が引けるなあ……」
委員長は紙袋の中身を覗き込んだまま、困ったようにしていた。まあ、いきなり知らない人から超レア物をもらったら戸惑うだろうということは、私にもなんとなくわかる気がする。
しばしの沈黙の後、口を開いたのは雪ねえだった。
「それなら松井君。お礼に三原さんを文房具ツアーにご招待するというのはどう?」
私と委員長は雪ねえの方を向いた。
「ちょうど今日の放課後、図書委員の用事で文房具屋に行くでしょう? そのとき三原さんも連れて行って、松井君が文房具の目利きをレクチャーするの。どう?」
「あ、それいい」
反射的に私は言った。一方、委員長の方は、困ったような顔をした。
「うーん。それは構わないけど、人に教えられるほど詳しいわけでもないんだけどな」
「そこはできる限り、ということでいいんじゃないかな。そんなに堅苦しく考えなくていいよ。それに」
雪ねえは私の頭に手を乗せた。
「この子は制服で堂々と買い物に行けるってだけで満足だから」
さすがに雪ねえはわかっている、というか、バレてる。我が校では制服で街をうろつくのは禁止されている。しかし、学校のお遣いという大義名分があれば、堂々と制服でねり歩けるではないか! ちょっとした不良的気分が味わえ、大人の階段を一歩上れるわけですよ。たぶん。
「うんうん。そうそう。気軽に連れて行っていただければ幸いでございますです」
私は雪ねえの手を乗っけたまま何度も頷く。
「うーん。じゃあ、そうしようか」
委員長はまだ戸惑っている風だったものの、そう言った。
「じゃあ、放課後にここに集合ということで」
「了解しました。……では、そういうことで」
そう言って再び机に突っ伏しようとした私の肩を、雪ねえが揺すった。
「こらこら。寝るなら教室に行きなさいな。会議の邪魔だし」
というわけで、私は図書準備室から追い出されることになった
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