小暮静久は伝えたい!

「――――あ゛う゛……もう、朝……?」


けだるい体を起こし、目をこすれば、そこは先生の部屋に泊まるときいつも使っているベッドの上。違うとすれば、いつもは私より早く起きて朝食を作っている先生が、まだ隣で寝ていることと、お互い素っ裸ということ。そして、ベッドのシーツにシミがあって、やたらとしわが寄っていて、ベッドの下にはお互いの服が脱ぎ散らかせていることだ。

――――やっぱり、夢落ちじゃなかったのね。というか、先生、エッチ上手すぎない?

最後にアクアパッツァ食べたいなぁと思っていたのもつかの間、時間にして1時間もたたないうちに骨抜きにされ、そのままベッドに連れ込まれ2回戦。4回戦あたりから記憶が薄い……

あのノートを見たときに感じた危機感は、どうやら正解だったみたいで、卒業まで、残り半年近く我慢させてたら、私はどうなっていたのか……処女に無理をさせないでほしい。その言い訳も昨日でできなくなったわけだけど。


「とりあえずシャワー浴びてこよっと」


勝手知ったる我が家のごとく、替えの下着を手に、浴室へと入り、汗を流す。

気分を一新して、寝室に戻ると、ちょうど目を覚まし体を起こしていた先生が目に入った。


「先生、おはよ」


「んぅ、にゅへへぇ……静久ちゃん、おはよぅ。なんだか、良い匂いがするぅ」


いつもの1.5倍くらい媚び媚びの、猫なで声ですり寄ってくる先生。そんなことだから私以外の同性に嫌われるんだよ?


「さっきシャワー浴びてきたから。それにしても、先生、なんだかご機嫌だよね?」


「えへへ、分かる? とっても、いい夢を見てねー」


どうやら、未だ、夢と現実の区別がついていないらしい。

誤魔化すのは簡単だけど、聡い先生の事だから、気づくのは時間の問題だよね。


「あー、先生? 多分その夢は、夢じゃないよ」


「―――え?」


その言葉に眠たげに細められていた瞳が、見開かれる。じっと、私を見つめ、その後に、背後のベッドを振り返ると、そこにはいかにも事後ですと言わんばかりに乱れたシーツと、脱ぎ散らかされた服。一目でわかるくらいに血の気が引いて真っ青な顔で、震えながら、私の方へと視線を向けた。


「わ、私……あ、あぁぁぁあぁ……」


「あー、ストップ。とりあえず、シャワーでも浴びて、落ち着いてからね」


発狂しそうになっていた先生を浴室に放り込み、その間に、空腹を訴える胃を慰めるためにリビングへと足を向ける。そこには、昨晩食べるはずだった料理が放置されたまま、当たり前だけど、冷めきっていて、ぱさぱさになっていた。なんというか、我ながらどうかと思うけど、先生に襲われたことよりも、絶対に美味しい料理を食べられなかったことの方がショックが大きかった。


「温めれば、食べられるかな……? 生ものじゃないし、大丈夫だよね……?」


先生が戻ってくるまでに、作り置きしてあったスープに火を通し、冷蔵庫にあったサラダを取り出す。それらをテーブルに並べていると、ちょうど先生も戻ってきた。


「話の前に、ご飯にしよう。先生も、お腹すいてるでしょ?」


こくん、と小さく頷く先生。襲われた私よりもショックが大きいようで、未だ暗い顔のまま。私はというと、冷えて、ぱさついても美味しい、アクアパッツァに大きな悲しみを覚えていた。旨味たっぷり脂がのった鱸が口にの中で広がり、トマトの酸味がくどくならないように、陰から支えてくれる。美味しい、先生の料理を食べる前だったらこれでも十分に満足していただろう。でも、すっかり舌の肥えてしまった私は、美味しいだけにぱさついた舌触りが、この料理に満足させてくれない。


「静久ちゃん、昨日は、ごめんなさい……!」


悲壮な表情なまま、ほとんど食事に手を付けず頭を下げる先生。

なんだか、全力で朝食に集中していた私は、そのことに罪悪感を感じてしまう。とはいえ、なんといえばいいのか。正直、私は気にしていない。だけど、正義感の強い先生はそうはいかないのだろう。


「うーん、先生さ、昨日のこと後悔してる?」


「それ、は………………してない、してません」


「ん、だったら気にしなくていいよ。私の方こそごめんね、襲っちゃうくらい好きなのに、同情で付き合ってるなんて言っちゃって。先生が怒って、襲っちゃうのもしょうがないよ」


再びの沈黙。襲われたことに関しては、自業自得とさえ思っているけど、この問題をどうにかしなければ、私と先生の関係は近いうちに破綻する。

―――――いや、解決する方法はあるにはあるんだけど、恥ずかしいというか……

え? ホントにそんなこと言わなきゃダメ? と今でも自問自答を繰り返し続けている。

付き合って間もないころなら、割り切れたことでも、半年も付き合っていれば情も湧くというか、胃袋を掴まれて、だらだら愛撫を繰り返すものだと思っていた、セックスもびっくりするくらいよかったし。なにより、先生の悲しい顔はあんまり見たくない。困ったことに、同情だとか何とか言いつつも、割と先生のことを好きというか……昨日までなら気に捨てられたけど、今はちょっと躊躇いが強くなっている。――――はい、昨日のセックスで堕とされちゃってるよね。もう、物語に出てくる、頭ピンク色のチョロインを馬鹿にできなくなってしまった。


「あのね……私に気を使って付き合ってくれているのなら……」


馬鹿なことを考えている間に、完全に別れを切り出される流れになってる!

待ってほしい、ちょっと心の準備の時間が欲しい。え、人類ってこんな気持ちを抱えて恋してるの? そりゃ愛は人類を救うよ! これを伝える勇気があったら何でもできるわ!


「もう、わ、別れて……」


頑張れ私! 呑気に食レポしてる場合じゃないだろう! 

―――食レポといえば、今回は私が先生に食べられたわけだけど、私もいつかは先生を食べちゃうわけ? ベッドに横たわってる先生を想像するだけで恥ずかしくて、また尻込みをしてしまう。


「やっぱり、いやぁああぁああ! 別れるなんて、そんなこと言わないで!」


未練たらたらな先生に、ほっと一息を付いた。でも、結局、ぐずぐず、すすり泣く先生を慰めるにはこれしかないわけで。というか、泣いている先生を見るともう、無意識に慰めようとしてるきがする。そして、やっぱり今回も例に漏れないようで、泣いてる先生を見ると尻込みしてた勇気が、やる気を出してくれた。


「あのさ、先生。こんな時に何だけど、私欲しいものがあってさ……」


「欲しい、もの……? な、なにっ! 何でも言って! どんなに高価な物だって!」


「ストップストップ。お金のかかるものじゃないから。あぁ、いや、高価といえば、たぶんそうなんだけど」


うん、もう仕方ない。胃袋を掴みに来て、セックスで堕としにくる、優しくてお金持ちで美人の先生なんて、見るからに最強の組み合わせに、一介の女子高生が勝てるわけないのだ。

同性がどうとか、先生と教師という関係がどうとか、そんな脆弱な理論武装なんて、美味しいごはんと、気持ちいセックスの前には、何の障害もにもならなかった。


「私が欲しいのは……これ、なんだけど……」


ポケットから出したのは、以前先生が隠し持っていた結婚指輪。

このタイミングで、これを持ち出す意味なんて一つしかないわけで


「流石に、外では、先生にも迷惑かけちゃうから付けられないけどさ……この部屋にいるときだけなら、いいよね?」


真っ青だった先生の顔が、今度は赤くなっていく。きっと、私も似たような顔をしているだろう。顔が熱くて、今場面じゃなきゃ逃げ出してるくらいに恥ずかしい。


「静久ちゃん、その指輪嵌めてもいい?」


「前は、冗談のつもりだったけど、両親の説得頑張ってくれるなら」


「そういうこと言われると、また襲っちゃうかも……」


「さ、流石に、二日連続は……」


「――ダメ……?」


「だ、ダメではない、けど……」


やっぱり二日連続はとか、先生も疲れてるでしょ、とかは、先生の熱っぽい視線に封じ込められ、私は今夜も先生に食レポされることが決まった。


「もういいや……先生、嵌めてくれるんでしょ」


若干自暴自棄になりつつ、当たり前のように左手を差し出す。

そして、先生も当たり前のように薬指に、指輪を通した。


「静久ちゃん、好き、愛してます」


「私も、私もさ、先生の事、愛してるよ」


この後、滅茶苦茶セックスしました(真)



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