小暮静久は負けたくない!

おかしい。これはあまりにも不条理すぎる。

まぶしい朝日を浴び、この世の理不尽に憤慨する。その理由は、私の婚約者である椎名小百合先生にある。先生は間違いなく処女だった。それを貰った私が確かに確認している。つまり、先生にとって初めての彼女は私であるということは、真実だ。つまり、私と同様、セックスは数回しか経験していないはずなのだ。だというのに、初めての時から今に至るまで、私は負けっぱなしなのだ。

セックスにおいて勝敗はどうやって判定するのか、そんなことはどうでもいい。でも、一切主導権を奪えず、途中で泣きが入って、へとへとになるまで犯されてる私は、どう考えても敗北者だ。


「あっ、静久ちゃん、朝ご飯できてるよ」


それもこれも、この年齢を感じさせない、艶々した肌でニコニコ微笑む、鬼畜レズ教師のせいだ。ちょっと前までは、ほっぺにキスしただけで狼狽えて、有頂天になっていた先生だというのに、いまでは、焦らすようなキスまで器用にやってのける。まるで、たとえ童貞だろうが、処女のヒロインすらイかせるエロゲの主人公。そして、私は、回数を重ねるごとに頭がピンクになっていく、ヒロインのよう。


「どうしたの……? ぁっ、もしかして、その、まだ足りなかったかな……!」


「いや、違うから。むしろ、毎回過剰なくらいだから。

私いつも言ってるよね? もう、やめてって。先生、ドSなの?」


まずい、何がまずいって、客観的に見れば見るほど、今の私は、そのエロゲのヒロインにしか見えなくなってきている。おかしい、ちょっと優しくされてチョロインのごとく私に惚れたのは先生の方なのに、なぜ、ベッドの上だけ関係が逆転しているのか。それもこれも鬼畜ドSレズ教師が悪い。


「そんなことないよ。それにほら、止めたら、静久ちゃんがもっとて」


「あぁ、もういいです。ご飯にしようご飯、あぁ、楽しみだなぁ!」


もじもじと、やる気満々の先生をジト目で牽制し、無理やり会話を打ち切ると、ベッドから立ち上がり、リビングへと向かう。

私とて、ただただ、ヤられ続けたわけではない。私がタチ役になって、先生を抱いたこともあった。しかし、気づけば、私が先生に組み伏せられ、先生の望むがままに泣かされている。いっそのこと、先生を縛り上げて抵抗させないようにしてしまえば目的は達成できるけど、その後が怖い。先生の性癖を拗らせるようなきっかけを与えるのは、自分で首を絞めることになりかねない。私の苦悶を全く理解していない先生は、ご機嫌に腕を取り、にこにこと笑顔を浮かべ私を見上げている。こんなあざといスキンシップに可愛い以外の感情を持てなくなった私は重傷で。一人でぼんやり景色を眺める時間が好きだったはずなのに、気づけば先生のことを考えているあたり、末期症状で、完全に攻略済みのエロゲヒロインだった。

そんな私の苦悩なんて微塵も理解せず、楽し気に朝食を机に並べる

今日のメニューは手軽に、サンドイッチだけど、そのお手軽なメニューでも先生の手作りとなると一味違う。


「んっ、美味しい……」


思われず漏れてしまう、賞賛の言葉。シンプルなBLTサンドでも、塩気が強めの厚切りベーコンを、新鮮なレタスが包み込み、トマトの瑞々しい酸味が程よく調和してくれる。卵とハムのサンドイッチも、卵の旨味を強調するように、薄くカットされたハムと少しのマスタードが、絶妙に仕事をしてくれていた。彩も美しく、その他の、ちょっとした変わり種も、未知の美味を楽しませてくれる。


「にゅへへへぇ」


「先生がおかしくなるのは、しょっちゅうだけどさぁ。一応聞くけど、今度はどうしたの?」


「んー? 幸せだなぁって思ってたらついね」


「先生さ、よくそんな恥ずかしいセリフを素面で言えるよね」


そっけなく対応したつもりで、自分でもわかるくらいに声が震えていた。

そんな私をにこにこと、いつもよりもご機嫌に見つめる先生の視線と、熱くなっている顔を誤魔化すように、次の一つを手に取る。

きっと、私が先生に勝てない理由はこれだ。敗北感なんて美味しい食事で霧散して油断しているところに、自爆特攻みたいな恥ずかしいセリフでとどめを刺しにくるのだ。聞いている方が恥ずかしいのに、もっと恥ずかしいはずの先生は、馬鹿みたいに幸せそうで、不公平だなんて思いながらも嫌じゃなくて、しっかりと私の心に先生の存在感を積み上げられる。


「だって、静久ちゃんのことが好きだから」


つまり、私が先生に勝つためには、先生と同じくらい、馬鹿みたいに幸せ一杯で、転げまわるほど恥ずかしいセリフを、素面で言えるようにならないといけないわけだけど


「わ、私も、先生のこと……その、好きだよ」


恋とか愛とか、私の人生には関係ないし、くだらないなんて、斜めに見ていた私のちっぽけなプライドが邪魔をするわけで、ちょっと前までなら、普通に返せていた言葉も、心に積み上げられた先生への恋心を認められないばかりか、照れが入ってしまう。


「にゅへへへぇ」


「だから、その気持ち悪い笑い方、どうにかならないの?」


「だって、静久ちゃんが嬉しいことばっかり言うからぁ」


「先生は、いつもお手軽チョロインで、よくいままで騙されてこなかったよね」


「あっ、酷い! 私だって、騙そうとしてる人くらいわかるんだから!」


先生の顔さえ直視できないくらい照れてるやつが、どの口で言うのか。

先生に勝つには、あと少し素直になる必要があって、そうなるには先生の愛情が強すぎて。それは、私がこれからも負け続けることを意味していて、でも、素直になったらそれこそ完全敗北じゃない?という葛藤もあるわけで。結論、私はこれからも、先生に勝てることなく、幸せにさせられてしまうのだと、心のどこかで認めてしまっているのだ。

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