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「あらら、とうとうお客さん途切れちゃったね、ひな」

「うん、今晩は特に冷えるからしょうがないよ」とひなは溜まっていたお皿

を洗い始めた。

「どしたの? そらちゃん」

「えっ、うん……、最近ショ―ちゃんの元気がなくってさ~」と鉄板の汚れ

をヘラで取ってると「そうそう、ミカちゃんも言ってた、言ってた。何か

すご~く落ち込んでるみたいよ」とひなは急に洗い物を止めヘラを持って

近寄って来た。

「そらちゃん、何か知ってるの?」

「それがさーどうも仕事の悩みらしいんだ」  

「仕事? そうかな~ 確かに毎晩忙しそうだったけどショ―ちゃん結構要領

良くやってたし人間関係だってオレ勝ち馬に乗るの得意なんだ~って言ってた

じゃない」とひなはどうも腑に落ちないようだ。

「でも原因はその人間関係みたいなんだ」

「えっ、そうなの?」

「うん、そうみたいよ」

「なんか、ショ―ちゃんらしくないよね」と再び洗い場に向かおうとするひな

を引き留めるように僕は続けた。

「逆だよ、逆。今までが彼らしくなかったんだよ」

 するとひなは首を傾げながら真意を知るため再度こちらにやって来た。

「どういうことなの?」

「仕事絡みの人間関係ってボディーブローのように徐々に精神を圧迫するって

いうか心底疲れるもんなんだ。まぁ、性格にもよるんだけどね」

「ふ~ん、そうなの」とひなはイマイチ理解出来ないようだ。

「考えてごらん、本音と建て前、つまり嘘とホントの気持ち織り交ぜながら

少しでも自分の利益、得になるような心理戦を毎晩続けるんだよ。ひなは

耐えれるかい?」

「ムリ、絶対無理!」

「ハハッ! そう言うと思ったよ。僕もひなは絶対ムリだと思う」

「何ぁによ~ そういうそらちゃんは出来るの?」と下から見上げるように

僕を覗き込んだ。

「こ、これでも元社会人経験者だからね、出来ないってことは……」

「プッ!」

「な、何笑ってんだよ」

「鼻毛、鼻毛出てるわよ! 取ってあげよっか?」と迫る彼女を「いいよっ、

自分で抜くから」と必死にかわしてると背後から声が……!


「相変わらず仲イイよね~、二人とも!」


「あっ! ミカちゃん、ど、どうしたのこんな時間に」とひなが焦った様子

で両手を引っ込めた。

「うん、今日はお客さん少なくってさ~ 早引けしてきちゃった!」

「早引けって仕事決まったの?」と僕は派手派手な彼女の服装に見入って

ると「ハイ! コレ」と彼女は1枚の名刺を差し出した。

「【くらぶ・ムーンライト】ってまさか、あの高級クラブの?」

「そうよ~ よろしくね~」と彼女は派手めの小さなバッグをクルクル回し

ながら僕にウインクした。

 その様子を見たひなが僕をチラ見し、顔を斜めにしながら迫って来た。

「そらちゃん、私に黙って行った事あるの?」

「あるわけないじゃんこんな高い店、僕には無理だよ~」と即答する僕に

納得したのか彼女はミカちゃんをお客としてテーブルに案内し始めた。


「ひな~っ! ちょっと早いけどお店閉めよっか!」


 ……!! この言葉は2人にとってよほど嬉しかったのか満面の笑みで

あっという間に戻って来た。


「じゃ~私、テーブルのナプキンと調味料集めるね!」とミカちゃんの

お手伝いの間に僕とひなは恒例の夜食に取り掛かった。


……

…………


『いっただっきま―す!』


 久しぶりの3人での食事に会話は弾んだがやはり最後は最近元気のない

ショ―ちゃんの話題となりひなが彼と同居しているミカちゃんに尋ねた。


「ショ―ちゃん、元気ないってホントなの? 原因はやっぱり仕事?」

「それがさ~ 仕事だけじゃないのよね~」

「えっ! 他にも原因があるの?」と僕とひなのお箸が止まった。

「実はね~ お・ん・な・」

「え――っ! 女……、それってもしかしてレイちゃんのこと?」

「そう、そのレイって女の人が原因みたいよ」

「じゃ~ ショ―ちゃん、レイちゃんと喧嘩でもしたのかな?」

「喧嘩どころか実は彼女と全然連絡取れないみたいで、しかもマンションも

引越しちゃったみたいよ」

「なるほど、そういうことか」と僕たちは妙に納得してしまった。

「私もね、彼女に会ってお礼言いたいんだけど何にも手がかりがないんで

どうしようもないのよね」と肩を落とした。

「仕事と恋の悩みか……、気の毒ね」

 少し空気が重くなりかける中、ミカちゃんがはにかんだ表情で続けた。

「でもね、今何かと苦しんでるショ―ちゃんには悪いんだけど最近の彼って

ちょっと素敵だなって、そう思うの。私って変かな?」と首を傾げる彼女に

食べ物で口が塞がってる僕は両手で思いっきり否定した。

「ゴク」「ゴク…… そ、そんなことないって! 僕もミカちゃんと同じ事

思ってたよ!」とコップを勢いよく置いた。

「やっぱりソラちゃんもそう思う?」

「あぁ、最近急に仕事の人間関係で悩み出したって事はショ―ちゃんらしさ

が戻った証拠だと思うんだ。やっぱり多少不器用でも正直で強くて真っ直ぐな

ショ―ちゃんじゃないとねっ!」

「そうそう、そうだよねっ!」と盛り上がる中、ひなが「ところでミカちゃん

いつまで特区にいるの?」と彼女の名刺を見ながら尋ねた。

「まだ特に決めてないのよね~ ココ特区はほら、結構刺激的だからねっ!」

とニヤけながら派手なバックを眺めたが次第に彼女の顔が曇り始めた。

「どうかした?」

「確かに食べ物は美味しいし何でも揃ってるけど人間関係がね、複雑っていうか

やたら疲れるんだよね。それに比べ7番村には何にもないけど平和だもんね!」

と少し彼女の顔がほころんだ。

「でももしかして今頃7番村も特区と同じぐらい文明が発達してるかもよ」

とひながエビフライにパク付くとミカちゃんがノリノリで「意外とソレ、

あり得るかもね!」と妙に気が合う2人に僕が一言。


「今頃車がバンバン走ってたりして!」


〈シ――――ン〉 


 2人はまるで示し合せたかように冷ややかな視線をこちらに向けると同時

にお互い顔を見合わせ「それはないわ~」とハンバーグを口にした。


(……な、何だよそれ、仲間外れかよ)

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