2-9(12)

 ホームに着くなり男は近くの階段を駆け上がり早くしろとばかりに

僕に向かって両手で手招きした。

 改札を抜け正面出口に到着すると男は僕に扉右手にある四角い囲いの

中を見るように指示し、覗くとそこにはゼロを含め10個の数字が刻まれ

た押しボタンが並んでいた。

 男が言うには今後扉の開閉には暗証番号が必要らしく、僕が理解し

一人で開閉出来るよう数回扉の開け閉めを実演してくれた。

 男が見守る中、実際に僕が扉を開け、短い木製の階段を上がるとそこ 

にはとても営業中とは思えないほど薄汚れた雑貨店が現れた。

 すると男は何食わぬ顔で蜘蛛の巣を払いのけお店の正面扉に向かい

お得意の不敵な笑みを浮かべ僕のためにドアを開け一言。


「ようこそ我が町へ!」


「ははっ、何だよそれ」失笑気味の僕は男にすかさず切り返した。

「ところでキミの家はココから近いの?」

 

 すると男が黙って指差す先には僕の想像をはるかに超える立派な背

の高い重厚な建物がそびえ立ち、僕はあまりの衝撃に正直言葉を失った。


「ス、スゲ――な! あんなトコに住んでるの?」

「まぁ、住居兼店舗だけどな」

 

 衝撃で唖然とした僕は言葉なく男といっしょに建物内に入り地下1階

にある事務所へと向かった。

 駅と同じく暗証番号を入力し扉を開けるとそこは大きなテーブルや

ソファーそして村では見たことがないきらびやかな装飾品で埋め尽く

されていた。


「まぁ、座れよ」と促され、奥に姿を消した男を待ってると再び小袋を

手に男がやって来た。

「ほらよ」と男は小さな白いカプセルが2つ入った小袋を僕に手渡した。

「あれ? 2コ入ってるけどいいのか?」

「初回サービスだよ」

「悪いな、なんか。でもありがとなっ!」と僕はポケットからオパール

を3つ取り出し男の手のひらに置いた。

「これで足りるかな?」

 すると男は急に柔らかな表情を浮かべ「オマエ、イイやつだから今回

は袋に残ってる小さいガラス玉3粒でイイよ!」と反対の手の平を 

こちらに向け差し出した。

「ホントにイイのか? こんな安物で」と僕は申し訳なさげに3粒の 

小石を男の手のひらに置いた。

「あぁ、今回だけな」「それとさ~ 近々もう1つ新しい薬が手に

入りそうなんだけどアンタいるか?」

「新しい薬?」

「アンタは知ってると思うけどループライン使うたびペナルティー

受けるだろ。でも新薬を事前に飲んでおくと加速的な時の経過は残念

ながら変えられないんだけど身体的に年を取らないらしいんだよ、

つまり老化しないってことだよ。改革者のアンタにとって必要だろ!」

「改革者ってほどじゃ、ハハッ!」(て、照れるじゃんか!)

「でもボクのストーンなんかでいいのか?」

「これが最後だぜ。オレ、アンタを応援したくなったんだよ」

「そ、そうなの。なんか色々世話になって悪かったな!」

「まぁ、いいってことよ!」


 男の地下室での一連の言動から彼のことを誤解していたのかもしれ

ないと感じ始めた僕はそれとなくこの町について質問を投げかけた。


「ところでこの町は誰が管理してるの?」

「さ~ 誰だろね。表に姿現さないからな」

「えっ、知らないの?」

「あぁ、だから通貨も他の町やアンタが行く特区みたいに普通は軽い

紙幣が主流なんだけどココはお互い信用し合ってないから中々流通

しないんだよ」

「ゴメン、意味分かんないんだけど」

「だから町を仕切ってるヤツが信用出来ね―から札が単なる紙切れに

なるかもしれんし、すぐニセ札が出回るから怖くて誰も持とうと

しないんだよ」

「でもそんな事したら牢屋に入れられるんじゃ……」

「はぁ? ココにはそんなもんね―よ!」

「じゃ、悪い事しても大丈夫なの?」

「悪い事? オマエ何を基準にそんなこと言ってんだよ!」

「ニセ札作るのは自分のためで何も悪くないし、他人を騙しても

自分がそれで満足したり得すればそれでイイんだよ」

「じゃ、騙された人はどうなるんだよ」

「知らね―よ、そんなの。たぶんそいつはそいつで違うヤツ騙して

埋め合わせしてるよ、きっと。ココにいるヤツは程度の差はあれ

みんな同じ考えなんだよ」

「そんなのおかしいよ!」

「おかしいのはアンタだよ!」

「いいかよく聞け、世の中は数の世界なんだ。つまりココでいう

オレみたなのが多数派だからオレの考え方が正しいんだ。更に言う

ならオレたちは極めて人間らしく本能に対し忠実に生きてるんだ」

「アンタだってまず自分のこと先に考えるだろ」

「ま、まぁ確かにそうだけど……」

「だろ~ オレたちはその度合いがちょいとばかし濃いだけで

アンタと大差ないんだよ」

「でもボクは自分さえ良ければ他人はどうだっていいなんて

思わないよ!」

「フッ……」

「な、何だよ」

「危険だな、アンタみたいなのが一番」

「危険?」

「そうだよ、人間には一定のキャパがあるんだよ。アンタみたいに 

いちいち他人を構ってるとアンタ自身潰れちまうぞ」 

「難しい言葉使うなよ、よく分かんないじゃんか」

「まぁ、そのうち理解出来るよ」


 そんなお互いかみ合わない会話がしばらく続くも先を急ぐ僕は

男の事務所を後にし改札に通ずる雑貨店に向かったが足元のゴミが

散乱してる様は男が主張する自分さえ良ければという考えを如実に

表しているようだ。

 雑貨店に到着後、慎重に暗証番号を入力し扉向こうの改札を一気

に通り抜け反対側ホームに向かうも昨日と変わらず表示は【見合わせ中】

のままだった。

 僕は内回り線を諦めもう一度元のホームに戻り、遠回りを覚悟の上

で外回り線を利用し15番駅を目指すことにした。 

 暗証番号が必要なせいかホームには僕以外乗客の姿はなく、ベンチに

寝転び列車の到着を待ってるとふとあの男の言葉が頭をよぎる。

 

 世の中は数の世界か~、確かにそうかもな。

 独裁の町以外価値観やルールは多数派の元成立するんだから当然と

といえば当然だけど……、なんだかなぁ~。

 この階段の先にある暗証番号付き扉や削られた駅名も人の出入り

を制限し、今の制度や現状を守るためだとすれば確かに納得出来るな。

 でもあの男以外の住人は実際どう思ってるんだろ?

 程度の差があれ基本同じ考え方なら平気なのかな?

 

 当初想像もしなかった新たなループラインとそれにまつわる個性的な

町や村の存在に多少戸惑いながらも異なる価値観に強い興味を抱いた

僕は期待と不安を胸に列車の到着を待った。

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