打ち合わせ
『どういうことですかな、これは。』
鉱石ラジオから聞こえてくる、不機嫌そうな声。
旅地通信社の本社で政府直通のラジオを見下ろしつつ、クラウス・リアはため息をつく。
残念ながら、ラジオの向こうにいる首相は、一度も通信の作法を守ったことはない。
ならばこちらも不作法でいいだろう。
「さて、わたしにはさっぱり。」
ちょうど午前のお茶の時間である。日当たりのいい窓際に机を置き、音を立てずに紅茶を飲む。
後ろでは社員たちがばたばたと忙しそうに駆け回っているが、これは今の通信の件とは別件なので気にしない。
「なにしろ我々は、後見人でありながらしばらく彼女に会っていないもので。」
ラジオの向こうから、少々弱気な声が聞こえる。
『もしやあなたたちの手引きで脱走したわけではないですよね。』
「まさか。今日の儀式は政府の要請というよりは、リディアの意志を尊重した結果ですから。我々がそれを邪魔するわけないでしょう。」
『それにしては朝から騒がしいようですが?』
少し声が大きくなる。これは確実な情報なのだろう。
なるほど、まだ諜報員は機能しているようだ。
元部下の顔を思い浮かべて、つい口の端をあげてしまう。
この男が二重スパイに気がつく日は来るのだろうか。
クラウスはくどくどと喋り続ける首相の言葉を聞き流しつつ、首をかしげる。
本当に、なぜこの男が首相なのだろう。
確か革命軍の筆頭として王家の騎士たちと戦い、からくも勝利を収めた漢であったはずなのだが。
そんな面影がないほどに、どこかおどおどとしている。
今日も朝、リディアがいなくなったという連絡が王城からあり、旅地通信社で「もしもの時用」の準備を始めてから、この通信が入っている。
対応をするには遅いし、内容もただ文句を言っているようにしか聞こえない。
それが演技なのか……いや、素でやるようなことではない。
考えれば考えるほど、あの男のことがわからない。
ティーカップを置き、頬杖をつく。
すこし息切れをしながら、首相は続けた。
『大司教にはこちらから伝えてあります。今のところは予定通り十四時から大神殿で世継ぎの儀式を行う予定です。』
「……もしもリディアが見つからない場合は?」
『その時は――。』
言葉に詰まる首相。
そう。困るのはこの男ばかり。
旅地通信社としてはリディアがいなくなったことに対しては特に何の予定もないが、リア家としては黙っているはずがない。
革命の再現よろしく、大神殿に元騎士たちが抜刀して乗り込むだけである。
リディアが見つかれば速攻で保護したいところだが、そうもいかないだろう。
ポインセチアからの情報では例の異邦人が来ている。じっさいリディアを動かせるのは彼だけだ。
詳しくは聞いていないが、彼女のことだ。少なくとも首相を出し抜くなにかはやっているだろう。
だとすれば。
我々は、我々にできることを。
「首相。」
『なんですか。』
「もしもリディア・マルカスが見つからなかった時は、旅地通信社は政府と手を切ります。」
ラジオの向こうから、なにかが割れる音がした。
あちらもなにか飲み物でも飲んでいたのだろうか。
「元々革命によって民間会社になったのですし、これを機に自由にやらせてもらおうかと。宇宙進出なんていいかもしれませんね。」
『なっ、そ、』
「そんなことは許せないと? ――そもそも国有企業でもないのに事業に口を出される謂れはないのですが。」
そもそもリア家は四百年近く耐えてきたのだ。このぐらいのあしらいはどうということもない。
口をぱくぱくさせているさまが見えるようで、ついつい低い笑いが出てしまいそうになる。必死にこらえながら、ラジオに手をかけた。
「どちらにしろ、大神殿にはお伺いする予定です。後ほど会いましょう。」
返事を待たずにラジオの電源を切った。
ぷつん、という音と共に、どこからともなく笑い声が漏れてきた。
さざめきのように広がっていく笑い声はクラウスの後ろから一つ。
立ち聞きしていたルートヴィヒ・リアは体を折って笑っている。
そして、目の前に置かれた二つのラジオから一つずつ。
政府直通の古めかしいラジオの横には、一番最新の手のひらサイズのラジオが二つ並んでいる。つないだ先は王城にいるポインセチアと二重スパイで潜伏中のディーン・ライム。
二人とも、ルートヴィヒほどではないが笑いがこらえられないようだ。
「アーヴェー・アーヴェー。
……お三方。」
『ふふっ……。
ああ、アーヴェー・アーヴィー。申し訳ありません社長。どうぞ。」
『アーヴェー・アーヴィー。こちらも、ふふっ、すみません……あまりにも絶望的な声をしていたもので……。どうぞっ、っふ。』
はあ、とクラウスは頭を抱える。
リディアを支えるべき面々がこれでいいのだろうか……。
「アーヴェー・アーヴェー。
それで、守備は? どうぞ。」
『アーヴェー・アーヴィー。
リディア譲の位置は特定できていませんが、王城からは出ていません。おそらく王族しか知らない隠し通路を使っているのではないかと。どうぞ。』
「アーヴェー・アーヴェー。
そうか。そのあたりについては調べるまでもないか。政府側に見つからずにいるのならそれでいい。ポインセチア譲は? どうぞ。」
『アーヴェー・アーヴィー。
こちらはリディアがいつ戻ってきてもいいように準備をしています。お世話係の方たちが――相当お怒りではありますけど――待機してくれてます。どうぞ。』
「アーヴェー・アーヴェー。
こちらも元王族の侍女をやっていた方たちを集めたからな。リディアさえ戻ればいい仕事をしてくれるだろう。二人ともそのまま待機でいい。我々もそろそろ大神殿に向かうよ。
大司教様に挨拶をしなくてはいけないからね。どうぞ。」
発言権をを渡されて、流れ的にディーンが喋ると思ったが特に言うことはないらしい。
ポインセチアは物陰に隠れながら、ラジオに向かっておずおずと声を出す。
『アーヴェー・アーヴィー。
あの、一つお聞きしてもいいですか? どうぞ。』
「アーヴェー・アーヴェー。
もちろん。どうぞ。」
『アーヴェー・アーヴィー。
その大司教様というのは、信頼できる方なんですか? どうぞ。」
クラウスはもっともな疑問に、一拍置いて答える。
「アーヴェー・アーヴェー。
そうだな……大司教様は、何よりもルーシャとルニード、二柱の神を強く信じていらっしゃる。
すなわち、リディアに対してなにか害のある行為をするわけがない。このあたりについては何も心配はいらないよ。どうぞ。」
『アーヴェー・アーヴィー。
その、いまいちわからないんですが。
リディアが王族だから優しい、ってことですか? どうぞ。』
「アーヴェー・アーヴェー。
それははっきり言って違う。
その、なんといえばいいか。
おそらく、おのずとわかることだが。
リディアは、その存在自体が神話を体現するような子なんだ。
だから、神殿の人達はみんな好意的と言っていい。
こればかりは聖職者にしかわからない感覚だからな。直接見るしかないだろう。どうぞ。」
ポインセチアは首をひねりながらも、素直にお礼を言う。
何はともあれ、自分にできることはリディアを待つことぐらいだ。
「アーヴェー・アーヴェー。
それでは各々、自分の職務に戻ってくれ。通信終わり。」
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