宝物庫
最初に見えたのは閃光。
それから、暖かな風に揺れる草原と幼い少女。
目をまん丸にしてこちらを見つめていた少女が、後ろからやってきた父親そっくりの青い目を細めてけらけら笑う。
ルーシャに来てから、シャルは最初に見た閃光がルニード石の採掘現場でよく見られる発光現象だと知った。
いつか、昔にルーシャで実際にあった、誰かの記憶。
初めて「マルカスの六つ子ラジオ」の記憶を視たとき。
ごちゃまぜの時系列の中で、終始穏やかな時間が流れていたのを覚えている。
けれど、一番最後に――正確には視るのをやめてしまう直前に見た光景に、おもわずラジオを取り落としてしまった。
民家から立ち昇る煙。
誰かの悲鳴。
大砲の音。
空は黒煙でかすみ、城下では人々が逃げまどっている。
ラジオを抱えたその人も、隣の人と共に逃げようとしているのだろうか。
どこかの建物の中を駆けぬける。
しかし、隣の人が急に倒れた。
ラジオが廊下に転がる。
高い天井を支える太い柱の陰に、二人は隠れる。
どうやら後ろから撃たれたようだ。
しばらくして、狙撃手が、廊下をゆっくりと歩いてきた。
「――シャル?」
背中からの声にはっとする。
いつの間にか立ち止まってしまったようだ。
今や主人のいなくなった王城の中。
王家の人々が暮らしていた建物は革命後使われなくなり、今は蜘蛛の巣と埃っぽい空気に覆われている。
ところどころ壊れた壁から朝の光が射しこんできている。
変わり果てた廊下で、ついつい物思いにふけってしまった。
「いや、その。視たことのある景色だな、と思って。」
「そうなの。ここは王の居室と後宮を結ぶ通路だったんですって。」
「来たことあるの?」
「革命の後に一回だけ。」
リディアの言葉に返事が返せない。
彼女のことだ。――きっと父親を捜しに来たんだろう。
「そのときにこっそり教えてもらったの。」
「……え、何を?」
「秘密の通路。そこの柱の影。」
見れば記憶にあるのとまったく同じ場所。
二人が隠れていたあたりを見ると、柱の根元にレリーフが彫られていた。
「秘密の通路には必ずこのレリーフがついているんですって。ここは宝物庫につながる道なの。」
「へえ。」
シャルが視た記憶の中では宝物庫など一回も視たことはなかったが、どうやらリディアの目的地はそこのようだ。
「なんの用があるんだ?」
問いかけに、リディアは自分の足を、正確には途中で途切れた太ももを軽くたたく。
「やっぱり、足がないと不便じゃない?」
下ろして、と言われてシャルは素直にリディアを降ろす。
彼女がレリーフの部分に触れると勝手に柱の一部が動いて、ぽっかりと空洞が開いた。
シャルは服に着いた蜘蛛の巣を払うのも忘れてぽかん、とその空間を眺める。
小さな村が入ってしまいそうな広大な空間。天井はそれほど高くないが、向こう側の壁はみあたらない。
そして物が多い。
アンティークの家具から用途のわからない小物や大型の木造機械。
果ては武具のようなものまで。
積み上げられた宝石などには目もくれず、リディアはシャルを促して宝物庫の奥を目指す。
五分ほど歩いて見えてきたそこには頑丈な造りの金庫があった。
小さな家ならすっぽりと入ってしまいそうな大きさ。しかしその扉は開けっ放しにされている。
「ここには、いろんな因縁のせいで隠されていた宝物が入っているの。」
「因縁?」
「たとえば――あれ。」
金庫の中。一番手前にある棚を二人で見る。
棚だけでも相当に古く、そして精巧な彫り物がされている。中に入っているのは宝石のようだ。
「この首飾りは、処刑された王妃が断頭台の上までつけていて、血まみれになってそのへんに散らばってしまって、それを市民が勝手に持って行って売りさばいたんだけど。」
「もうすでに怖いよ。――続きは?」
「その宝石を手に入れた女性たちは次々に変な死に方をして、結局王命で呪いの宝石をすべて集めて、元通りの首飾りにしてここに封印したの。」
「サクッと死人が出てるんだけど……。」
「安心して。私がほしい物もそれなりの曰くがあるわ。」
「全然安心できないね……?」
二人は金庫の奥まで進んでいく。
そこには、木の箱に納められた義足があった。
ていねいに並べられた木箱は二十個ほどになる。
一度リディアを床に下ろして――近くにあった椅子に座らせようと思ったが、なにか謂れがありそうでやめた――シャルは義足を手に取った。
ほっそりとした女性らしいラインの義足たち。どれもが膝上までで、奇妙なことにつなぎ目はないのに膝の部分が稼働する。
うすく彫られた蔓模様の上に、それぞれ違う花の模様があしらわれている。
「ちなみに、これもふつうの義足ではないんだよね……?」
「そうね。元々は、ある侯爵が奥さんのために作ったものだったの。」
「へえ。ずいぶんと良い旦那さんじゃないか。」
苦笑いのシャルの頬から、冷や汗がにじむ。
ならば、なぜこんなに大量の義足があるのだろうか?
「その侯爵、奥さんが浮気をしないように――勝手に屋敷から出ないように、足を切り落としちゃったんだって。」
「へ、へぇー。よっぽど愛が深かったんだねえ。」
「どっちかというと、誰も信用してなかったんじゃ――。」
「それで! どの足を使うんだい!」
もうそれ以上は深入りしたくない。シャルの声音からそんな気持ちが痛々しいくらい伝わってきて、リディアは少し笑いながら一番近い義足を指さす。
「どれでもいいから、一番手前のやつにするわ。」
「わかった!」
しとやかな小ぶりの花が蔦に絡まる模様が彫られた義足を手に取り、リディアの前まで持ってきて、シャルは首をひねった。
「……どうやってつけるの?」
ベルトもなにもない義足は、接合部を隠すような波模様が王冠のようにせり出している以外に凹凸はない。
「固定するものなんて必要ないのよ。――だって、ルーシャ石の義足だから。」
当たり前のように言い、リディアはシャルに小刀を借りる。
指を軽く切り、血を義足につける。
その赤色は蔦模様を淡く這い、足全体をぼんやりと照らす。リディアはそれを確認して、なんの躊躇もなく自分の足にそれをくっつけた。
「これでいいわ。」
そうして、まるで元から足があったかのように、難なく立ち上がってみせる。
リディアはとんとん、と感覚を確かめるように足を動かす。
屋敷で使っていたもの――元々ここにあった義足とまったく同じものだ。特に不都合はない。
よし、とあたりを見る。
シャルがいない。
下を見下すと、怪訝な顔でシャルがリディアの足を見ていた。
「……すごいな、ルーシャ石。噂には聞いていたけど本当に血で持ち主を認証するんだ……どうやってくっついてるのか、動かしてるのかてんでわからないね……。」
「そうね。ところでシャル。」
「なに、リディア。」
なんの気なしにシャルは上を見上げる。
仁王立ちのリディアはため息をひとつ。
「それじゃあまるっきり変質者よ。」
確かにうら若い女性の足をしげしげと眺めるのは褒められたことではない。
シャルはリディアと視線を合わせたまま、両手をあげて静かに立ち上がった。
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