心の準備

「だーかーらー、いつも差し入れが多すぎるんですって。」

「いや、昨日からがくっと気温が下がっただろう。リディアだって寒いはずだ。」

「防寒着なんてお城の人が用意してくれてますよ。――それよりこっちの袋は何ですか?」

「最近花の形の砂糖が流行っていると聞いたのでな……。」

「どっちかというとリディアは苦めのものが好きですよ。それにこんなに持って行っても食べきれませんから!」



 旅地通信社本社兼リア家の玄関ホールで。

 さいきん恒例行事になりつつあるポインセチアとリア兄弟の押し問答が響いていた。

 ポインセチアは一通り吠えると、腕を組んでふんっ、と息を吐く。

 周りの社員や使用人たちはその光景を遠巻きに、しかしほほえましそうに見守っている。

 女性ものの上着を持ってうなだれる弟と、ファンシーな包みを持って渋い顔をする兄。

 上背は確実に二人のほうがあるのに、小柄なポインセチアのほうが大きく見えるほど、二人ともしょげている。


 この兄弟は毎日のようにリディアに大量のプレゼントをしようとして、実際に面会を赦されているポインセチアに毎日怒られているのだ。


 初日から処理しきれない手土産を持たされたポインセチアと、そのプレゼントを見て顔を能面のようにしていたリディアの判断によって「すべて拒否しよう」ということになったのだが、どうもこの兄弟は納得していないらしい。


「……わかっているさ。」


 包み紙を机の上に置き、クラウスがうなだれる。


「こんなことをリディアが望んでいないことは。」

「じゃあやらないでくださいよ。」

「でも、同時に、私たちにはわかっているんだ。」


 隣でルートヴィヒもうなずく。


「もうすぐあの子は、私たちの手の届かないところに行く。」

「……はい?」


 ポインセチアは首を傾げた。

 事が終われば、またこの邸宅でいっしょに暮らすのではないのか?


「あの子は昔から、星の外に興味があったからな。」

「最近は旅地通信社の記録係を名乗っていろんな人と交信をしているなかで、『宇宙に行きたい』という願いがより強くなったようでな。」

「たまに喋ってくれると思ったら別の星の話ばかりでな……!」


 その顔は、まるで娘を嫁に出す父親のようで。

 ポインセチアは、今にも泣き出しそうな二人に追い打ちをかける。


「しかも、星の外から白馬の王子様が助けに来てくれちゃったし?」

「「そう!」」


 兄弟らしいよく似た声が重なる。


 白馬の王子様――旅地通信社の調査団は対象ルナ、とも呼んでいた彼は通信が傍受されていることをどうやって知ったのか、通信ではでたらめなことを言い、後日何食わぬ顔でルーシャ星内から通信を飛ばしてきた。

 就労目的の異星人として馴染み、いつの間にか転職を繰り返し、今はちゃっかり首都で働いているらしい。

 ポインセチアもその話を聞いたときには開いた口がふさがらなかった。


 こちらはリディアをとられ、ルーシャの日までなすすべなく待つだけしかないと思っていたのに。


「あの二人なら大丈夫でしょうよ。私も彼とは何回か話しましたけど、何手も先を読んで行動してるみたいですし。」

「それはそうなんだが……。」

「私たちにできることは、助けを求められたときに答えてあげられるように準備をすることだと思いますよ。」


 ぎくり、と二人が仲よく肩を揺らす。

 最後の言葉だけはリディアから聞いたセリフそのままだ。ポインセチアから話を聞くたびに、リディアは苦笑しながら二人のことを案じていたから。


 思えば、そのセリフは「自分がいなくても二人だけでやって行けるように」というやさしさから来ていたのかもしれない。


「もう、私行きますね。」


 ポインセチアはプレゼントの山をちらりと見て、チェック柄のひざ掛けだけすっと紙袋に入れた。

 これぐらいならリディアも喜ぶだろう。


「やっぱり私も一緒に――!」


 駆けだそうとする二人を、秘書と副官が羽交い絞めにした。



 ポインセチアはふりかえることなくリア家を後にした。

 あんなふうに堂々と言っておいて、実際のところは彼女自身、「これでいいのか」という迷いはあった。


 知らず知らずのうちに駆け足になり、そのまま首都の繁華街を駆けぬける。


 もうすぐルーシャの日。

 泣いても笑っても、その日にすべての決着がつくのだろう。

 そのとき、たとえば自分の大切な友達が遠くにってしまうとして。


「うまく、見送れるかな――。」


 人が多くなってきて、足をゆるめる。

 露店の砂除けがはためく。どこか空気がザリザリとする、ルーシャの秋。

 かつてルーシャ石の採掘を過剰におこなったがゆえに砂漠化が進み、緑にあふれているのは人が住んでいる地域に限られている。

 首都でさえ周りを山と森に囲まれていなかったら、もっと砂がひどくなっていただろう。


 できることなら、私だって外に――。


 いや。それとこれとは話が別だ。


 笑って見送ろう。――そして、いつか追いかけよう。

 数多の星をめぐり、きっと縦横無尽に活躍するであろう彼女の武勇伝を聞きに。


 呼吸が落ち着いてきて、ポインセチアはまた歩くスピードを上げる。軽やかな、スキップのような歩調で王城に向かって街の中を移動していく。

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