暗躍者たち

 秋の乾いた風に、砂が混じる。

 遠くの鉱石採掘地帯から飛んでくるこの砂はルーシャの人々を毎年悩ませていた。

 秋の花や植物、食べ物よりも先に、秋の訪れを告げる厄介な客人。

 今年も洗濯物を室内で干す時期がやってきた。

 それと同時に、住人たちは近づいている祝日にそわそわし始める。


 ルーシャの日まであと半月あまり。

 一般市民はもとより、議会終わりの議員たちもそわそわとその話題を持ち出すことが多くなった。

 王家を打倒したとはいえルーシャの日は建国神話にも通じる由緒正しい休日なのだ。

 特に今年は、公にできないものの、「最後の王族」による王権の委譲の儀式がある。

 議員には周知のことだ。


「それにしても。」


 若手の議員が中堅の先輩議員に話しかける。


「この間お会いしましたが――例の方に。」


 話したくて仕方なかったのだろう。きらきらと目を輝かせる彼に、中堅議員は咳ばらいを一つ。

 議会を出れば誰が聞いているかわからない。二人は自然と小声になった。


「そういえば君は典礼用の衣装担当だったな。」

「はい。議員向けにはドレスコードを考えて伝えるだけでいいですが、例の方には『最後の王族』として伝統に則った衣装をご用意しなくてはいけませんから。」

「どんなご様子だった?」

「……なんというか、大人しい方でした。」


 若手議員は、応接室で車いすに座り、微動だにしなかった少女を思い出す。


「儀式の前準備とはいえ、何か月も塔の中にいるのにずいぶんと落ち着いていらして。さすが王族ですね。」

「そう、なんだろうかね。」


 若手議員は気がついていないようだ。

 中堅議員は知っている。

 彼女は別に、儀式のために塔にいるのではない。

 ほかならぬ首相の指示で、何か月も塔に軟禁されているだけなのだと。


 階段だらけの塔では、足の不自由な彼女は勝手に逃げ出せないと知っていて。


「とにかく、無事にルーシャの日を迎えられればいいのだが……。」




 いつもと変わらない日々が続いている。

 そう思っているのは一般市民ばかり。


 首相の執務室には、報告に来たスーツ姿の男性と、書類に埋もれそうになっている首相が向かい合っていた。


「それで、例の盗人は見つかったのか。」


 数か月前、首相の手の者と旅地通信社の調査団からラジオをかすめとっていった青年のことを追跡させて、だいぶ時間が経った。

 スーツ姿の男性は首を横に振る。


「いまのところ、ルーシャに入国したという話は聞きません。」


 首相は男性のほうをちらりと見た後、傍らにおいてあった決済印をどん、と書類に押す。


「傍受した通信ではギリギリにならないとルーシャには来られないと言っていたのだろう?」

「はい。ですから念のため一か月前から入国者について監視しています。しかし……。」

「まだ到着してない、という可能性のほうが高いのではないのかね?」

「あんな重要物を持って宇宙を放浪しようとするでしょうか?」

「ふん。」


 首相は馬鹿にしたように鼻をならす。


「異星人のことなど知ったことか。あいつらは我々とは違うのだよ。」

「――。」





 ルーシャ星は、王制を敷くにあたって鎖国政策にも似た厳しい出入国管理を行っていた。

 一般人が宇宙に出るなどもってのほか。

 そのことに不満を持たせないように、星の外のことについてはなるべく箝口令が敷かれ、悪い話ばかりが市井に出回るように情報統制が行われていた。

 その結果、一般市民にとって異星人は文明の遅れた下級の存在で、宇宙なんてろくな場所ではない、というイメージが蔓延るようになったのだ。


 もちろん、元平民の首相も例外ではない。


 何代にもわたって根付いた考え方は、王制を打倒したからといってすぐに変わるものではない。

 しかも、政策を仕切る首相がこの考えでは。

 共和制になり、ルーシャはこれから開かれた星になるのではなかったのか。


 スーツ姿の男性は目の前の首相に怪訝な目線を送るが、サングラスのおかげで首相から咎められることはない。


「とにかく、ルーシャの日を邪魔されないようにだけは気をつけろ。もしも計画がとん挫したときには――。」

「……はい。わかっています。」

「ならいい。」


 首相が「もう行っていいぞ。」とおざなりに手を振る。軽く頭を下げて男性は外に出ていった。

 廊下に出た男性は、ふう、と息を吐く。

 そのまま廊下を歩いているうちに、いつの間にか足音がもう一つ重なった。



「――どうだった、首相は。」

「相変わらずですよ。」


 どこからともなく現れたのは、彼の上司にあたる人物――正確にはだった、だが。


 諜報員として最近雇われたこのスーツ姿の男性は、元々旅地通信社の事務方職員だった。

 もちろん首相にはまだばれていない。それぐらい完璧に偽装した。

 偽装に加担したのは彼の隣を歩く人物。

 つい数か月前まで、頻繁に始末書を提出に来ていた旅地通信社西方調査団団長、ディーン・ライム。

 現在は二人そろって新政府に潜り込んでいる二重スパイだ。


「あの首相、本当は例の彼が第七の月からルーシャにいるって知ったらどんな反応をするんでしょうね。」

「教えてやるなよ? もっと泳がせて絶望させてやるんだから。」

「まあ、それはそうなんですが。」


 スーツ姿の男性はため息をつく。

 

 実はディーンが首相の隠していたマルカスの六つ子ラジオをこっそりと持ち出してリディアに渡してしまった事を、首相はまだ知らない。

 王家の宝物庫でしっかり厳重に守られていると思っているのだ。

 実際のところ、王家の宝物庫には隠し通路がいくつもつながっていて、表の出入り口だけを知っているだけではそもそもすべての宝物を見ることさえ叶わない仕組みになっている。

 そんなことを知っているのは何代も仕えている一部の騎士と旧貴族、当人である王族くらいのものだ。


 もしかしたら、ディーン本人が隠しているだけでもっといろんなことをしでかしている可能性もある。


「まさか、彼女をあんな目にあわせるなんて。」


 そう、それだけがディーンの誤算だった。

 リディアに協力を仰ぎ、ルーシャの日よりずっと前に政府との縁を切る。

 あくまでも王族であるリディア主体で、自ら幕引きを図ってほしかった。

 そんなディーンの想いもむなしく、あろうことか、首相はリディアを軟禁しているのである。


 今すぐにでも警備を蹴破って助けに行きたいところだ。リディア本人が「まだいい。」と言っているので手出しができないだけで。


 彼女には、なにか考えがあるらしい。

 ここまでお膳立てしたディーンも、これほどまでに計画が崩れてしまっては旅地通信社のリア兄弟にされるがまま、説教という名の暴力を受け入れるしかない。

 つい先日までパンパンに張れていた顔がようやくもとに戻ってきたところなのだ。


「信じて待つしかないですね。」

「ああ。歯がゆいけどな。」


 スーツ姿の男性はもう一度ため息をつく。

 もうこれ以上暴れないでくれという気持ちを込めたことは、隣の人には伝わらなかったようだ。

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