後篇 神話の終わり
入国
ルーシャ星に降りられる宇宙港は一つだけ。直通のシャトルが降りたつ空港も一つだけだ。
青い空。荒涼とした大地。空港以外は何もない、殺風景な場所。
シャトルから降りた人々がそうするように、一ヵ月ぶりの大地を踏みしめて、青年は息を大きく吸う。
それから、よし、と空港の建物のほうへ向かう。
「――ここがルーシャなのかあ。」
「おや。ようこそルーシャへ。初めての君にこれをあげよう。」
空港のロビー。
青年の銀河パスを確認していた入国審査官の男性が、ニコニコと冊子を渡してくる。
受け取ってみると、それは観光案内のようだった。
鮮やかな花の絵に、どこか神秘的な二人の男女の絵。
ぱらぱらめくってみると簡単な地図と名所の案内。そのほとんどが首都近郊だ。
この星の中で観光客が行ける場所は限られている。
元々ルーシャは閉鎖的な星で、宇宙旅行に行けるのは一部の貴族のみ。
そのため、宇宙港も都市から離れた場所にある。
一般市民と異星人が関わることはほとんどないと言ってもいい。
「もうすぐ建国記念日だから特別版だよ。いつもより観光客が行ける場所も増えているから、ぜひいろいろまわってみるといい。」
「――あ、すみません。ルーシャには働きに来たんです。」
入国審査官は目を見開いて、青年と銀河パスを見比べる。
確かに旅行ビザと就労ビザを持っている。宇宙管理局認定の資格も数種類持っているようだ。
異星人の就労に厳しいルーシャでも働ける条件は満たしていた。
「おっとっと、それは失礼。――君に渡す資料はこっちだったようだね。」
そう言って机の下から出てきたのは、ファイリングされた何かの書類。
「ルーシャでの就労はどこか鉱山に行くか首都で仕事を探すかの二択になってる。途中で転職するのも大丈夫だけど、その都度申請があるから気をつけて。住居は国が用意している公営住宅があるからすぐに入居できるよ。
知り合いがいるなら保証人になってもらって、どこか別の住居を探すこともできるけど、そのぶんの家賃保証はない。」
「なるほど。」
「どうする? 今の時期なら首都で観光しながら仕事をするのがおすすめだけど。」
「そうですねえ。」
青年は額に巻いた飾り帯に手を置く。
短い髪を押さえるための物ではないと、一目見た入国審査官は察する。
きっと彼の星の風習なのだろう。おでこを隠すように巻かれたそれは細かい刺繍の入った民芸品で、長く使っているのかくたびれている。
「いろんなところに行ってみたいんで、最初は鉱山にしようかな。家も公営住宅で。」
「よし。それじゃあこの書類に記入して、就労センターに行ってくれ。そこで行先の候補を用意して置いてもらうから。」
「はい。ありがとうございます。」
青年は何枚かの書類に目を通し、必要事項を記入する。提出するべき書類がそろい、受け取った旨を記載した証明書が渡された。
「それじゃあこれからよろしく。――ええと。」
入国審査官は、彼の名前を確認して、ぴくりと眉を動かした。
その様子を見て、青年が笑う。
「ああ、それはぼくの星の言葉で『名無し』って意味です。ぼくらは他の星に来ると、現地の人から名前をもらって、その星だけの名前を名乗るので。それは名づけまでの仮の名前です。」
「面白い風習だね。――ちなみに、名前を付けるのは誰でもいいのかい?」
きらきらと目を輝かせる入国審査官に、青年は申し訳なさそうに告げる。
「すみません。もう、名づける約束をした人がいるんです。」
明らかにがっかりした様子の職員は、彼に銀河パスを渡しながら名残惜しそうに言う。
「そうかい。――それではノンくん。よいルーシャでの生活と、いい名前をもらえることを願っているよ。」
「ありがとうございます。」
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