間章 暗雲
その日は旅地通信社の私設調査団――つまりは元王国近衛騎士団の騎士たち――が長きにわたる調査から帰ってくるはずで。
もちろん旅地通信社の本社でもあるリア家は浮足立っており、特に使用人たちは宴の準備でそこらじゅうをかけ回っている。
邪魔しても悪い、といつも通りに部屋に引き籠っていたリディアも、お昼ごろからはメイドに囲まれて飾り立てられ、夕方になってやっと解放された。
夕暮れの庭。花は移り変わり、ノウゼンカズラをおしげもなく棚に這わせたトンネルが出来上がっている。
つかの間の休憩時間。リディアはゆっくりとトンネルの中を進んでいく。
その先には庭園の真ん中、小さな噴水がある。
水越しに見慣れた二人が見えて、リディアはしぜんと車いすの車輪を回した。長身の二人は背格好からよく似ているし、考え込んで眉間に皺を寄せているときは表情までそっくりだ。
その表情に違和感を感じる。
なにか、難しい話をしているようだ。
そっと車輪を止める。しかしその頃には二人ともリディアの存在に気がついていた。
「やあ、久しぶりだねリディア。――今日はいつにもまして妖精のようだね。」
惜しげもなく言うのはルートヴィヒ・リア。
元近衛騎士団団長にして旅地通信社外部調査団の団長。
リディアとは十歳ほど年が離れているので兄というよりはこちらも叔父の立ち位置。それも自分を猫かわいがりするほうの。
「似合ってるよ。夫人の見立てかい?」
「ええ、もちろん。疲れ切ったみなさんを癒すのが今日の仕事だって。」
リディアはドレスのスカートをつまみ上げる。
桃色のシフォンドレスは腰からふんわりと広がる形で、足のシルエットが隠れる作り。
足がないことを悟らせない、よく着る形のドレスだ。
その後も体調や近況を丁寧に訊いてくるルートヴィヒにこちらも真摯に答えてから、リディアは「それで、」と切り出す。
「何かあったんでしょう?」
もはや疑うことをしない、率直な質問。
兄二人はそれぞれの表情で、同じように目を泳がせている。
「なんの話かな……?」
「とぼけても無駄です。おじさま方の表情を見ていれば事の深刻さは手に取るようにわかりますから。」
「ははは。リディアは優秀だなあ。」
姪の頭に手をやろうとして、すっとかわされるルートヴィヒ。
その様子を見て、クラウスはため息をついた。
「やめないか。リディアに隠し事は無理だ。」
「でも……。」
「どうせすぐにばれるなら早いうちがいい。」
「さすがはクラウス叔父様。話が早くて助かります。」
ため息をつくルートヴィヒの代わりにクラウスは姪の前にひざまずく。
「東方調査団団長のディーン・ライムを覚えていますか?」
「確か、調査船を大破させていましたね。」
何か月も前の話だ。東方調査団を救出するのにだいぶ人員を割いた記憶がある。
「その彼が?」
「先日、失踪しました。」
簡潔な答えにリディアも「原因は?」と淡々と会話を進める。
「どうやらあれは調査を送らせるために故意におこした事故だったようで。そのことを追求しようとした矢先に忽然と消えてしまった。」
「ルーシャ星に帰ってくる直前に。休憩に立ち寄った宇宙ステーションから煙のように消えてな。」
「政府側の内通者だったのでしょうか。」
「その可能性はあるな。」
蒸し暑い空気が庭を駆けぬける。
邸宅のほうはだんだんと電気が点き始め、正門のほうからはざわめきが聞こえてきた。
おそらく他の団員たちが到着したのだろう。ルートヴィヒは一言断ると遊歩道から正門のほうへ向かった。
「どう対処する?」
「まだ時間はありますから。変わらず泳がせておけばいいでしょう。」
「一応追跡はかけてあるが。」
「巻かれてもかまいません。」
クラウスは自信ありげな少女に疑問を覚える。
どうしてこの少女はここまで自信満々なのか。
「なにか確固たる証拠でも握っているのか?」
「そういうわけではないんですが。」
華奢な体に質のよさのわかるしとやかなドレス。ゆるく巻いた砂色の髪はハーフアップにして真珠を編みこんでいる。
世が世なら、毎日こういう格好をして王城で生活していただろうし、こんなふうに軽い気持ちで会話もできなかっただろう。
「結局は、この星でしか成し得ない事なのですから。――星の外でどんなに暗躍しようと関係ないと思うんです。」
「……そうか。」
昔からあるダンスホールへと喧騒が移っていく。
そろそろ日没。パーティーが始まろとしている。
「どんな結末になろうと、リア家はリディア――リディア・ロンドヴィル・ルーシャルニード・マルカスに事の結末を任せると決めているからな。君を信じるよ。」
「ありがとうございます、叔父さま。」
さてと、とクラウスは立ち上がる。
「今日のところはぼくらの宴会に付き合てもらおう。ただし未成年だから夜の十時までだ。」
「……そうします。」
クラウスはリディアの車いすを押す。
ダンスホールの窓を開け、ルートヴィヒがこちらに向かって手を振っていた。
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