間章 それぞれの思惑



「お待ちしておりました。」



 柔和な笑顔でそう挨拶をする、背広を着た人物。


 さあどうぞ、と手招いているのはルーシャ星統一共和国の首相を務めている男だ。

 実質的なこの国の長。そんな人物がここまで礼を取る人物はおなじ星の中では数少ない。



 出迎えられた紳士は薄暗い応接室に浮かびあがる不気味な影に、表情を動かすことなく軽い会釈を返す。

 首相をほとんどないがしろに扱う態度を取れる人も、この星では珍しい。

 まだ若い男性だ。すっと伸びた背は平均より高く、着ているものも質素だが見る人が見れば上質だとわかるそれ。


 彼はクラウス・リア。

 長らく国有企業として有名を馳せており、現在も創業者一族であるリア家が社長を務める『旅地通信社』、その現社長。



「遠いところをよくお越しくださいました。さあさあ、お茶でも――。」

「要件は。」



 首相はにっこりとした笑顔を絶やさない。

 見るからに年下で、不機嫌そうな態度を隠そうともしない相手にもにこにこと対応する。


「なあに、少し、奇妙な噂を耳にいたしましてね。」




 二人分の紅茶と茶菓子を置いて首相の秘書が部屋から出る。



 じゅうぶんに部屋から離れたであろう頃まで待って首相が口を開く。




「お忘れではないと思いますが、建国記念日――つまり我々が王家に勝利した日であり、この星に一年に一度やって来る神に祈りをささげる祝福休日『ルーシャの日』でもあるその日に向けて、『マルカスの六つ子ラジオ』をすべて集める約束ですからね。」

「ええ、わかっています。」


「それなのに、この間ラジオを何者かに横取りされたとか。」



 ああ、その話か。



 クラウスは存外深刻な話ではないと分かって、「そのようですね。」とぞんざいな返事を返す。


「いやいや、由々しきことですよ! 現在所在がわかっている『六つ子ラジオ』は政府所有の一つ、旅地通信社に一つ。そのほかは星から持ちだされたのか、それともまだここにあるのかすらわかっていないのですから!」


 騒ぎ立てる首相の言葉を聞き流すクラウス。

 実際のところ、旅地通信社が把握している「六つ子ラジオ」は四台ある。


 旅地通信社の記録係、リディアが使っているもの。

 リディアの友人、ポインセチア譲の祖父が所有していたもの。

 リディアが月に一回ほど交信している旅行者の所有しているもの。

 その旅行者が、先日旅地通信社の西方調査団から横取りしたもの。


 政府所有のものと合わせれば、現在五台の「六つ子ラジオ」の所在がわかっている。


 そのことを政府に教えてあげるほど甘くないのがクラウスなのだが。


「まったく! そもそもそのへんの青年に奪われるほど弱いものを派遣していたのですか。もっと精鋭を行かせるべきだったのでは?」

「うちの弟も参加していたのですがね。」

「――確か元王家の近衛騎士、でしたね。」

「……因習の名残でね。」


 かつて、王家が存在していた頃の話。


 リア家の子供を一人、必ず王家に属させるという決まりがあった。

 男なら近衛騎士に。女なら侍女に。


 出世を目指す者ならうらやむ話かもしれないが、実際のところはていのいい人質だった。


 今代では次男のルートヴィヒが近衛騎士に在籍していたが、革命の時点で市民側についていたために、現在も旅地通信社の一社員として活動できている。



 ――国の頭が王家から共和国政府に変わっただけ。



 まるで変わらない揶揄に、クラウスは短く息を吐く。


 そもそも旅地通信社の社員は王家崩壊と共に職を失った人がほとんどだ。

 一体どれだけの人が王城に勤めていたのか。

 出入りの業者はどれだけいたのか。


 そのほんの一握りしか、助けることはできなかった。


 王家を憎んでいる首相には、想像もつかないことだろう。

 今も頭にあるのは、「王家の騎士が一般人に後れを取った」という事実のみ。



「いいのですか? 失敗すればリア家はもちろん、『最後の王族』の命の保証もできかねる状態になるかもしれませんが。」



 最後の王族。

 その言葉に、クラウスは目線を首相に向けた。

 灰色に青みがかった瞳。その鋭い視線が首相を刺す。


「むやみやたらに処刑するからそうなるのですよ。」


 いちおう新政府は共和制を謳っている。そのため革命後に王家の裁判が行われ、全員の死刑が決定した。

 親類縁者に至るまで。

 その数は百人を超えた。

 徹底的な血筋の淘汰だと、誰もがわかった。


 むしろ政府のほうが極悪なのではないか――。民衆がそう感じるのもおかしくはない。


 政府はそこまで来て、焦った。

 そこに別の問題も起こった。


「王族のみに行える儀式があることさえ、最近になって知ったぐらいですからね。」


 いつの間にか威勢のよかった首相は青ざめて口をぱくぱくさせている。


 そう。

 祝福休日『ルーシャの日』にはそもそも儀式的な意味合いがあった。

 一年に一度、昼の月であるルーシャと夜の月であるルニードが一番近づく日。

 二柱の神を奉る教会では、毎年王族が神に供物をささげる儀式が行われていた。

 その儀式の間に入るための扉は、王族にのみ開くようになっている。


 この星で昔採れていたと言われる希少鉱石『ルーシャ』。その特性「血を感知する」ことを利用した古代の遺物なのだ。

 石に血を垂らすと、同じ血の流れている者に反応する。これを利用して金庫や特別な本をしまうために利用されていたという。


 今では採掘さえできなくなり、過去に作られたものを再利用するほかないが、その頃から「同時に血を垂らせば上書きが可能」ということは知られていた。




 民衆の気を反らすため、革命後中止していた儀式を復活させたい。

 しかし、儀式をするには王族がもういない。





 そのとき見つかったのが、死んだと思われていた第三王女の娘だった。





 現在、その娘はクラウス・リアの保護下にいる。




「しかも、教会が最後の王族を王族として洗礼していないから王族とは認められないとか、血筋を証明する物を提出しないといけないから製作者の手記を信じてラジオのどれかに入っている家族の肖像画を捜すとか……。こちらは全面的に、政府に協力しているだけなのですがね。」

「そ、それとこれとは……。」

「同じ話です。」



 これ以上は話す義理もない。


 クラウスは勝手に立ち上がる。追いすがる気力もないのか、首相は椅子の上で震えていた。

 その姿に、ため息しか出ない。

 捨て台詞とばかりに扉を開きながら一瞥を向けた。


「どうして革命なんて起こしたのか。理解できないですね。」


 返答はなかった。


 ここでまだ怒るぐらいの気概があれば、もう少しまともに取り合ってもいいと思うのに。








「お帰りなさい、おじさま。」


 屋敷に返ってきたクラウスを見て、リディアははにかんだ。


「ずいぶんお疲れのようですね。」

「ああ。首相に会ってきたのでね。」


 エントランスの椅子に腰かけて、クラウスは首元をゆるめる。

 元々お飾りのようにエントランスに置かれていたこの椅子だったが、リディアとちょっと話すというときに目線を合わせられると、最近は座る者も多くなった。


「何か言ってましたか、あのたぬき。」


 リディアの物言いに、クラウスはふっと笑う。

 この少女は――王族特有の砂色の髪と、父親譲りの濃い碧の瞳が美しい彼女の、堂々とした立ち居振る舞いは完全に父親譲りだ。

 いつだって自分が正しいと言いたげな態度に、回転の速い頭。

 積み上げた技術だけでは、平民から国有企業のお抱え職人になることはできないのだ。


 クラウスが小さいときから遊んでくれていた年上の職人は、今はもういない。


 そんな今、首相のことを何の物怖じもせずたぬきなどと言えるのは彼女くらいのものだ。


「ほとんどはいつものお小言だ。――だが。」



 一つだけ、引っかかったことがある。



「あいつ、リディアの通信相手を『青年』だと言い切った。我々も直接会ったことはないのに。」

「――諜報員だけはいい人に巡り合えたみたいですね。」


 調査団ひとつひとつに諜報員がいるのか。

 それとも、


「これは一度、内部も調べないといけないな……。」

「いっそ、泳がせてみては?」


 クラウスは呆れた顔で少女を見返す。


「いくらリディアの考えとはいえ、それはさすがに。」

「どうしてです?」

「第一に被害がいくのは、その『青年』なんだぞ?」


 政府の狙う『マルカスの六つ子ラジオ』を二つも持つ、謎の青年。

 もうすでに政府側に目をつけられているとなると、分が悪すぎる。


「大丈夫ですよ。」


 それなのに。


「なぜだ?」

「……確証はありませんが、彼ならしっかり逃げ切って、私のところまでラジオを届けてくれる。そんな気がするんです。」


 希望的なことを言いながらも憂うような表情をしている。

 クラウスは、そんな彼女に既視感を覚えた。


 そうだ。

 何年か前、父親と共に出向いたパーティーで言葉を交わした、最後の国王だ。



「……そんなに言うなら、信じてみるか。」

「あら、いいんですか?」

「かわいい被後見人の言うことだからな。仕方ない。」


 それよりも、とクラウスは立ち上がる。

 リディアの背中側にまわると、車いすの持ち手を軽く握った。


 革命の時に瓦礫の下敷きになり、リディアは足を失った。

 そのかわり、義足としてルーシャ石を使った義足をつけている。

 しかし、彼女はめったに義足で歩くことはない。


 車椅子でいる方が、弱者だと思われて気遣われて、相手の心根が見えやすいのだと。


 まだ幼かった少女がそんなことを言うものだから、リア家の兄弟は「過保護でもいいから、彼女に普通の家族のように接しよう」と誓いあったのだ。


「もうすぐ夕食の時間だろう。一緒に食堂に行こう。」

「わたし、自分で動かせますから。」

「いいからいいから。」


 すれ違った使用人が、仲睦まじい二人を見てほほえましそうに見送ってくれた。

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