ちいさな世界

第三の月 川の日


「アーヴェー・アーヴィー。


 初めまして。


 ちょっと星の名前って言われてもぱっと出てこないんで。すみません。

 一般市民には宇宙とか、よくわからないんですよ。

 この星がどういう構造になってるか、っていうのは一応知ってるんですけど。

 

 ぼくの住んでいるところは空の上です。

 地上が汚染されちゃって、ちゃんとしたスーツがないと降りれなくて。みんな山の上とか、建物の上に住んでます。

 夜、星が綺麗に見える以外はそんなにいいことないかな……。



 ぼくの住んでるビルは百階建ての、昔は「駅前のいい土地」だったらしいです。

 駅がなんだかよくわかんないんですけど。

 地上はスモッグでなにも見えなくて、町並みとかよくわからなくて。

 見えるのは周りの山と隣のビルぐらいかなあ。


 基本的にぼくらはこのビルから移動する手段がありません。

 生まれてから人生三十年、ずっとこのビルで過ごすんです。


 病気になったらそれまでだし、落ちたら即死だし、脱走しようにも毎日物資を運んでくる輸送機は着陸するわけじゃないんで乗りこむこともできない。

 ほんと、なんで生きてるのかわからないですよね。 



 平民はね、住むところを選べないんです。

 本当は階級なんてないって言われてるけど、そんなことない。


 金持ちはちゃんと山の上とかの地面の上に住めて、ぼくらみたいな金のないやつは下がどうなってるかもよくわからない高層ビルの上に身を寄せ合ってる。

 それに、親の仕事を受け継ぐことしかできないから、ぼくはこの土地でビルのメンテナンスをする仕事で一生を終えるんです。


 あーあ。こんなことならサルベージのほうになりたかったな。

 あ、サルベージっていうのは、ビルの下のほうに行って過去の機械とか、貴重な資料を捜してくる仕事です。

 死亡率は高いけど、貴重な物を見つければ国から褒賞がもらえるんです。そっちの方が夢があるでしょう?





 たまにね。風の噂でどこかのビルが崩れた、なんて話を聞くとびくびくするんです。

 このビルが建てられたのはもう半世紀前。汚染で一階を見に行った人はもうこのビルにはいないし、調査に行ったやつで帰ってこなかったやつも知ってる。

 いつこのビルが倒れるかもわからない。



 でも、ぼくらはここに住み続けないといけない。



 

 ……いっそのこと、みんなで宇宙に出ればいいのに。


 






 実は今日、物資の中に一番高級な防護スーツが入っていたんです。

 しっかりぼくらの名前入りの。


 ここ五年、子どもがよく生まれていたから、薄々感づいていてはいたんですけど。

 ……そうです。口減らしです。

 国はぼくらの数をしっかり管理してるんですよ。

 

 人工が多くなると、強制的にサルベージに行かされるんです。

 一階に到達するまで帰ってこれない。そういう任務です。



 ぼくはもう子供が二人いるし、妻は亡くなってるし。子供はもう仕事を覚えているから困ることはないだろうし。


 はは。もう未練はないかなあ。

 


 このラジオはね、物資の中にたまに変な物が入っているんですけど、それで。

 明日サルベージに行くやつで一回ずつまわしていろんなところに通信してるんです。



 でも、そうかあ。宇宙かあ。


 別の星とか行ってみたかったなあ。


 まずは自分の星――というか、ビルの外か。

 妻も、子どもも、同じビルのやつらも。


 みんなで外の景色を見たかったなあ。








 ……ああ、そろそろ交代の時間みたいだ。

 ありがとう、こんな話に付き合ってくれて。


 


 叶うなら、ぼくらみたいなやつらがいるって、残しておいてもらえるとうれしいな。


じゃあ。」

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