第220話 ファングジョーカー

 電波と手を繋ぎながら向こうの寮までの道を歩く。割といい時間なので道中他に人気はなく、誰に見られることもなく到着した。まあ今更見られたところで離すほど初心じゃないんだが……見られないに越したことはないからな。

 部屋の場所は何度も行き来しており当然わかっているので、そのまま寮の中に入り階段を上って、電波の部屋へ。

 そこでも運よくと言っていいのか、誰ともすれ違わなかった。


「ほら、着いたぞ」


 ドアノブをカチャリ。部屋の中に入る。


「はいよ。電波一丁お届けに参りましたよっと」

「あ、みらいちゃんに電波ちゃん! いらっしゃいませ&おかえりなさいだよ!」


 いち早く反応したのは真露だった。俺は部屋の廊下を進み、中まで電波を連れて行った。


「んじゃあ俺はいくから……あとは頼んだぞ」

「えーもう帰っちゃうの〜? ゆっくりしていけばいいのに……」

「別寮の俺がこの時間に長居すんのもアレだろ。女子会に参加しない理由もそれなんだし」


 そこらへんは気を遣っていかないとな。行きは大丈夫だったが、男子が居ないと思って油断している人なんかと廊下とかですれ違ったらヤバいし。


「そっかあ……あ! それじゃあ次はみらいちゃんの部屋で女子会だね! それなら参加できるでしょ?」

「まあ……理屈の上だとそうなるな。でも俺が混じったら女子会ではないだろ」


 ただの集まりになる。何会なんだそれは。


「それじゃあ今からみらいちゃんとルクルちゃんの部屋で二次会! レッツゴー!」

「展開が早いて」



 電光石火の如き勢いで部屋に連行された俺。電波を連れて行った意味とは?

 というか一人ピルクルから数えると三次会だぜ。お腹ちゃぽんちゃぽんになるわ。


「このウイスキーボンボンマジでうめえな」


 ともかく始まってしまったモノは仕方がない、と切り替えて、俺はお菓子を食べることにした。

 このウイスキーボンボンうめえな……二個三個と食ってしまった電波の気持ちがよくわかる。

 が……酔うほどのモンではねえな。まあ俺と電波では体格がだいぶ違うからアルコールの許容量も違うんだろうが。


「ウイスキーボンボンとか貰いモンでしか食わねえけどたまに食うとたまらんな」

「そうだな。ちなみにこれも貰い物だ」


 ルクルの貰いモンとかさぞお高いんでしょうねえ……と考えつつ、さらに一つをパクリ。うむ、うまい。なんぼでも食えそうだ。でも調子乗って食い過ぎたらいつか俺も酔うかもしれないんでほどほどにしておこう。男の酔っ払いとか害悪でしかないからな。いや酔ったこととかねえから自分がどんな醜態を晒すのかもわかんねえが、それが余計に怖いみたいなの、そういうのあると思うの。


「そういえば生ハムはもうねえのか?」

「食べ切ったな。まあほとんど真露が食べたんだが」

「とってもおいしかったよ! また食べたいかも!」

「なるほどね」


 ならしゃーないわ。残ってたらちょっと食いたかったんだけどな……。

 というかウイスキーボンボンが残っていたことが奇跡なんじゃないか? 真露の存在を考えると。現に今もパクパクお菓子を貪り食ってやがるしよ。


「あ! みらいちゃん、私アレ食べたいアレ、キャラメルコーン!」

「なんで有るの知ってんだよ」


 というかこれ以上のお菓子を望むというのか。


「だってみらいちゃんなんだもん。常備してるでしょ?」

「ったくしゃあねえな……」


 望まれたんなら出さねえとな……プロじゃねえけど。


「ほらよ。一人で全部食うなよ」


 とりあえず備蓄していたキャラメルコーンを二袋、貢物として差し出す。


「も〜、みらいちゃんは私をなんだと思ってるのさー!」

「そりゃおまえ、ダイソンだろ」


 もしくはカービィでもいいが、吸い込むように食べるという比喩表現としては大差ないだろう。


「失礼しちゃうなあ、もう。でもキャラメルコーンに免じて許してあげるよ」

「あんがとよ」


 これが他のお菓子なら俺も嚙みついたかもしれないが、キャラメルコーンだからな……仕方ない。


「そういや真露、おまえお菓子の代金ちゃんと払ってんのか?」


 七生の買い出しに付き合っているからわかるんだが、スーパーやドラックストアの安売りとかと違ってコンビニ価格だから今回の女子会は結構な金額になっている。いくらルクルや七生連中がお嬢様で金銭的余裕があるといえど、それにおんぶにだっこというのはよろしくない。そんなものは健全な友人関係とは言えないだろう。


「みらいちゃんは私をなんだと思ってるのさ! ちゃんと多めに出してるよ!」

「そうか。それならいいんだ」

「そういえば未来、おまえボクシングなんぞをしていたらしいな」


 無遠慮にたかる幼馴染は存在しないわけね、と一安心。といったところでルクルが俺に振ってきた。


「ん? それ話したっけ?」

「前回の女子会で真露が話していたぞ。確か……あしたのジョー、だったか? に影響されて始めたと言っていたな」

「正確にはあしたのジョーとリングにかけろとはじめの一歩だけど……それがどうした?」


 ルクルが格闘技に興味があるようには到底思えないが。


「なに、パンチを見せてくれないかとな。テレビなどで見たことはあるが、ボクサーのパンチというものが実際どれくらい速いのか興味がある」

「まあ……いいけど。ボクサーって言ったってプロじゃねえぞ俺」


 そこそこ強かったとは自分でも思うが、プロとかに比べるとハナクソみたいなモンだ。

 ともかくルクルのご要望に応えるため、俺は立ち上がって構えを取った。


「打ち気で構えたら読まれるから、俺たちボクサーはこういう風に拳や肩、足を小刻みに動かして初動を悟られないようにしながら、こんな感じで―――シッ」


 みんなに見られながらシャドーボクシングをする。

 冷静に考えるとなんだ? この状況は。


「おお……速いな。引っ越しを機に辞めたと真露は言っていた。しかし学園にもボクシング部は有ったと記憶しているが、そこで続ける気はないのか?」

「女子は殴れん」

「みらいちゃんって変なトコロでフェミニストもどきなところがあるからね~」

「言うておまえ、女の子でもお構いなしにボコスカ殴る男とか嫌だろ」


 まあ学園には佐藤先輩とか俺より強そうな女子も普通に居るが、それでも女子は殴れん。舞子さんとか殴りてえなと思ったこと一度や二度じゃないが……それでもだ。


「喧嘩や一方的な暴力ならそうだが、ボクシングはれっきとしたスポーツだろう? それでも抵抗があるモノなのか?」

「あるモンなの。他の人がどうかは知んないけど、少なくとも俺は」


 そもそもボクシングに限らず格闘技は性別どころか同性であっても体重で階級がわかれているくらいなんだからな。危険は付き物だが、それを少しでも減らすように考えられているのだ。


「前にレディースと揉めた時とかも殴らなかったもんね~」

「なんだまたおもしろそうな話だな」

「おもしろかねえよ。殴られそうになったのをひたすらフットワークとスウェーとかで避けてたら相手が勝手にヘバっただけの話だ」


 殴るという動作は意外にスタミナを使うからな。空振りだと特に。


「そもそもどうしてそんなことになったんだ?」


 ごもっともな疑問だ。


「俺のツレがナンパした女の子が運悪くレディースのメンバーでな、そこからなんやかんやあって色々モメて俺が向こうのリーダーとタイマン張るハメになったんだよ」


 マジで100%部外者な俺がタイマン張らされるとか理不尽過ぎて笑いそうになったわ。


「まあ……タイマンつっても言った通り俺女の子殴れないし、殴られる趣味もねえから避けに徹したってわけよ」

「なるほどな。……今の時代にもレディースなんてものがあるんだな」

「絶滅危惧種と言っていいくらい少ないだろうけど、不幸にも俺の地元にはあったな。……ん? どうした? 電波」

「その……未来くんもしたことあるの? ナンパ」

「いや、ねえな」

「そんな度胸ないもんね~みらいちゃんは」

「うるせえ。真露だってナンパしたことねえだろ」

「私は女の子だもん。みらいちゃんとは違うもん」


 まあ真露が逆ナンとかしたことあったら腰抜かしてビビり散らかす自信があるが……。


「ナンパと言やあすげえ偏見なんだけどさ、七生とかめっちゃナンパされそうなイメージなんだが……実際のところどうだ?」

「されるわよ。一人で街に出たら二回に一回は」

「やっぱりか……」


 七生は顔もスタイルもいいからな……顔単体で見るとルクルの方が上なんだが、ルクルは奇麗すぎる上に小さいからナンパの対象にはならんだろう。公共の場でロリをナンパするとか事案だからな。通報されてしまう。

 ……それより小さい電波と付き合っている俺はどうなんだという話だが。街でデートしてる時とかそのうち通報されたりして。いや洒落になってねえんだけどさ。


「あとはまあ……写真撮影の現場とかでもされたりするわね」

「スタッフさん? それとも他のモデルの人?」

「どっちもあるわね」

「ほーん……美人ってのもやっぱり大変だな」

「あんた何回も言ってるけど彼女の前で他の女にそういうこと言わないの」


 むむ……確かに言われたような記憶がそこはかとなくある。


「電波は美人というよりかわいい系だからセーフだろ」


 ん……? この返しもしたような記憶があるぞ。


「みらいちゃんみらいちゃん、私は?」


 この流れで言わせようとするとか悪魔か? こいつは。でも振られたなら応えないわけにもいくめえ……。


「真露は……まあ普通にかわいいだろ。電波ほどじゃないがな」


 そこは言っておかないと、七生の言う通り俺がアレな人みたいになってしまう。


「さりげなく惚気たな。このロリコンめ」

「うるせえ何度も何度も人のことをロリコン扱いしやがって」

「事実だとおまえも認めたじゃないか」

「だからって何度も言う必要はねえだろ」


 事実だろうと名誉棄損は成立するんだぞチクショウめ。


「ところで南雲さん、ずっと気になっていたのですが……」

「あん? なんだよ」

「貴女はどうして、違う制服を着ているのですか?」


 話がとっ散らかってきたな。みんな思い思いに話すから話題に纏まりがなくて唐突感がある。

 そして桃谷の問い。俺はその理由わけを知っているが、口に出すことはできない。

 なぜなら、そんなことをすれば俺は南雲に殺されてしまうだろうから。それか泣かれるかも。

 どっちが嫌かと問われれば……泣かれる方がアレだな。


「……気に入ってっからだよ。特に深い理由はねえ」


 あ、嘘吐きやがった。まあ南雲の性格だと素直に本当のことを言えるわけないし仕方ないか。

けどこう……加虐心というか、あらいざらいぶちまけてしまいたいような衝動がふつふつと湧いてくる。いや湧いてくるだけで実際言わないんだけどね、それで泣かれたら困るし。


「クラフトの制服を着た京ちゃんも見てみたいけど、その制服も似合ってるよね~」

「わかるわ! 白と黒のコントラストが、なんかこう……いいわよね! ファングジョーカーみたいで!」

「電波、その例えはたぶん俺にしかわからない」

「あっ……そうね。わたしまたやっちゃったわね。ごめんなさい」

「「「???」」」


 案の定みんなわかってないみたいで、これが漫画やアニメなら頭上にハテナを浮かべているだろう。それも当然、電波が特殊なだけで、普通の女子は仮面ライダーになんて詳しくないのだ。

 ましてやファングジョーカー。Wダブルが何年前の作品だと思っていやがるんだこいつは。


「あ! いいこと思いついたかも!」


 なんでも仮面ライダーに例えてしまう電波の悪癖について思いをはせていると、真露が大声で言った。このタイミングでの思いつき。きっとろくでもないことに違いない。


「京ちゃんと電波ちゃん、制服交換してみない? きっとどっちもとってもかわいいよ!」


 かわいいもの大好きな真露にとってはまさに天啓が如き発想だったんだろう。がしかし、“こんなフリフリの服着てられっかよ”という南雲にとっては青天の霹靂な提案だった。

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