第194話 ブンブンぶん殴り
「……なんの話っすか?」
よくわからんが舞子さんがこうなっている時は警戒しておいた方が良い。俺の経験がそう囁いている。きっと未だかつてない理不尽が俺に襲い掛かろうとしているに違いないのだ。
「朝飯時のこんな時間に別の寮に住む生徒が見つかったんだぜ。でその寮はその生徒の恋人が住む寮ときた。―――もう一度言うぜ未来、なにしてたんだおまえら」
―――今までに見たことの無い、最上級にゲスい顔で舞子さんは言った。
これはおそらく、電波が俺の部屋に泊まっていた、ということが露見しているということだ。
「いや、ル―――」
「鹿倉衣の野郎が居ないのは確認済みだズェ……?」
―――クルも居るし二人切りとかやましいことはなにもありませんのよ、と言おうとしたんだが。
なんということでしょう、先回りされてしまった。逃げ場がどこにもありません。
「さて改めてもう一度聞くぜ未来クン。おまえらナニをしてやがったんだ? ん? ……あ、洗いざらい話し終えるまでは飯も食わせないからそこんとこヨロピコピコ」
殴りてえなあこの笑顔。邪悪の極みだ。
ちくしょう三星さんは居ないのか三星さんは。この邪地暴虐の魔王を止められるのはあの人を置いて他に居ねえっていうのに。
◇
「さて、それでは尋問を始めよう」
碇ゲンドウみたいに机に手を着いた舞子さんが宣言する。いつの間に準備していたのか、サングラスまで掛けている。
そういや前も装備してたよな風邪引いた時とか。趣味なのか? 全然似合ってませんよと言ってさし上げたいが余計なことを言うのは止めておいた方が良さそうだよな。火に油だ。
「尋問て……別になんもやましいことはしてないっすよ。ただ単に泊りに来てただけっす。なあ電波」
こくこくと首を縦に振る電波。喋らないのは、周りからの圧にやられてしまっているらだろう。
「女が男の部屋に泊まりに行ってなにも無かったってのはちょーいと無理が有ンじゃねえのかなあ未来クンよお」
「その未来クンっての気持ち悪いから止めましょうよ」
「お? お? 今のオレにそんな態度取っていいと思ってんのか? ん?」
「とりあえず舞子さんは女に産まれたことを感謝することっすね」
クソほど腹立つ。殴りてえなあほんと……女じゃなかったらマジでぶっ飛ばしてるところだぞ。
「まあオレほどの美女もそうそう居ねえからな」
なんか都合の良い解釈をしておられる。面倒だからそのままにしておこう。
「で、だ。単刀直入に聞くぜ。おまえらヤったのか?」
「ヤってない、と言って信じてくれるんすか?」
「無理だなあ」
「悪魔の証明っすね。……俺はともかく、そっちの電波は解放してやってくれませんかね。尋問相手は一人いりゃあ充分でしょう」
「あーん? ……い・や・だ」
今ちょっと手が出そうになったぞ。落ち着け俺。いくら舞子さんがうんこ魔王でも女は女、殴ってはいかん。
「どうすれば納得してくれます?」
「そうだなー……とりあえずどんなプレイをしたのか赤裸々に語ってくれよ」
ヤってねえつってんのにこの人は……。
「……正直に話します。一緒の布団で寝ました。でもそれ以上は誓ってやってないです」
「はーん……同衾しておいて手を出さないとかそれこそありえねえだろ」
「そこはもう、俺の鋼の精神力を信頼してもらうしかないっすね」
「鋼の精神力ね……鈴木、今未来が言ったことに間違いは無いか?」
「……」
電波は沈黙したままだ。
目じりとかちょっと涙出てるぞ。
そりゃそうだ。ただでさえコミュ障なのにこれだけの人数に囲まれているんだから無理も無い。
なんとかしてやりたいが……その方法が今の俺には思い浮かばない。
でもこういう時はアレだ……くよくよ考えていても仕方がない。
思い出せ、初めて電波を持ち上げた時のことを。
思い出せ、電波に噂をバラまかれてジャイアントスイングをした時のことを。
―――あの時の俺は、考えるより前に身体を動かしていたはずだ。
俺はすっと立ち上がり、電波のもとへ向かう。
「あーっ! ガンダムハンマー構えた三星さんがキュピーンって!」
「でえっ!? 星座せめて実在する武器で―――」
よし今だ!
「―――電波、舌あ噛むなよ」
「へ?」
三十六計逃げるに如かずだ。俺は舞子さんにスキが生まれた瞬間に電波を持ち上げて、食堂をダッシュで脱出した。
「!? 逃げやがった!! ええい、皆の者追えい!!」
「ちくしょうなんでこんな統率とれてやがるんだよ!」
舞子さんの号令の下、電波を囲っていた群衆はそのまま俺への追っ手へ。
いかん。いくら俺が健脚といえど電波をかついだままではそのうち追いつかれる。腕の中の、軽いはずの電波が重く感じる。これでは時間の問題だ。
「しゃあねえあっちの寮に逃げるか……!」
電波の寮はこっち側だよな、と俺は垣根に飛び込んだ。
チクチクしてて痛えけどショートカットするためには仕方がねえ。おかげで奴らも俺を見失ったみたいだし、このまま電波の寮に向かおう。
「よし……降りてくれ電波」
「もういいの……?」
「おう。悪魔とその手先は撒いたぜ」
「ごめんなさいね。わたしがしっかり否定出来ればよかったんだけど……」
「あんだけ囲まれてたらしゃあないって。気にすんな。悪いのは全部舞子さんだから」
いつにも増して悪ノリが過ぎた。今一度三星さんにシメてもらわなければならない。それもなるったけ厳しく。
「しかし……逃げたとあっちゃあ飯食いに戻るわけにもいかんな。どうしよ」
「こっちで食べていけば?」
「ん? うーん……いいのか?」
「バイキングだし、一人増えるくらいならいいんじゃないかしら」
「じゃあそうすっか……腹減ってるし背に腹は代えられんもんな」
◇
「あれ、みらいちゃんどうしたの?」
「飯食いに来た」
「ご飯? なんでわざわざこっちに来たの?」
「色々有るんだよ男の子には」
「ふーん……あ、もしかしてあっちとこっちでメニューが違ったりするの? ……それは興味深い話だよ! 今から食べに行こうかな~」
「真露のそういうところ俺嫌いじゃないよ」
「ん~? 今の褒められた?」
「褒めた褒めた。あっちの寮に行くなら止めはしねえよ。でも誰かに聞かれても俺らがこっちに居ることは秘密にしておいてくれ。……まあ飯食おうぜ腹減ってんだよ走ったから。……電波」
「私も一緒に食べる!」
「いや行かねえのかよ。……電波、真露も一緒でいいよな?」
「もちろんよ」
「んじゃあ三人……三人? 桃谷は? おまえらいつもセットだろ?」
「居ますわよ」
「……桃谷。心臓に悪いからヌッと出て来るのはやめてくれ」
「特に気配を消していたつもりは無いのですが……それにどちらかというと、気配を消そうとしていたのは倉井さん達の方では……?」
「まあ今は追われる身だからな。その辺は飯食いながら話すよ」
◇
「―――というわけで、晴れて俺と電波はお尋ね者ってわけよ」
「お泊り、ですか。それは鈴木さんもまたずいぶんと思い切ったことをしましたわね」
「ルクルに誑かされてだけどな」
「でも、決めたのはわたしだから。他人のせいにはしたくないわ」
おお……変なところで男気見せるな電波のヤツ。
「お泊りいいな~。小さい頃は私もよくみらいちゃんのうちに泊まりに行ってたよね~」
「マジで小さい頃な」
幼稚園とかそのレベルの時代の話だ。
「あ! こんど女子会しようよ! ルクルちゃんとか七生ちゃんとか、京ちゃんとかも誘って私の部屋で! ……女子会だからみらいちゃんは来れないけど……たまにはいいよね!」
「おう。精々俺をハブって楽しんでくれ」
「あたしは行かねーぞ」
俺の後ろから南雲が声を出した。いつの間に接近したのか、桃谷に引き続き俺をビビらせる寮だなここは。
「え~! そんなこと言わないで集まろうよ~!」
「つーかなんでおまえが居んだよ。別の寮だろ」
南雲は真露をスルーして俺に言った。
「これには山よりも高く海よりも深い事情がだな……」
「はーん……まあ興味ねーけど」
「自分から聞いといて対応が塩いって」
いやそれでこそ南雲だけどさ、少しくらい興味持ってくれてもよくない? 俺は悲しいよ。
「あっ、いーこと思い付いた! 京ちゃんが来てくれないなら集まる場所を京ちゃんの部屋にするのはどうかな!?」
名案だ、と言った感じに提案する真露。
「……おまえさ、なんでそんなにあたしに構おうとするんだよ」
「それはもちろん、可愛いからだよっ!」
「正気か?」
「諦めろ南雲、真露はそういうヤツだから」
可愛いモノには一度食らいついたらワニのように離さない女だからな。
「それじゃあ今日の夜、ルクルちゃんが帰ってきたらみんなで部屋に行くね!」
“こんど”から急転直下、本日開催となったらしい。
「ルクルとかに断られることを微塵も考えてねえのな」
さすがワニよ。
「……わーった。降参だよ」
南雲が折れた。
女子会は南雲&電波の部屋で開催されるらしい。
「明日普通に学校だけど大丈夫なのか?」
女子会っていうと夜遅くまでワイワイやってるイメージがあるんだが。
「きっとなんとかなるよ! たぶん!」
「なんも考えてねえわけだな」
それに付き合わされるメンツも大変なモンだぜ。まあ俺にとっては他人事だからいいか……。
「女子会と言えばお菓子だよね~、あとでコンビニ……じゃ種類が少ないからクラフトモールまでお菓子買いに行こうよ! ね、みらいちゃん!」
「なんで本番に参加出来ない俺を巻き込むんスかね」
「え~、嫌なの?」
「いや別にいいけどさ」
「いいのかよ」
「他人事みたいに言ってるけど南雲も行くんだぞ。真露、南雲が逃げられないように捕獲しておけよ」
「りょーかい!」
さながら獲物を捕食するかのように、ガバっと南雲を羽交い絞めにする真露。
「こんなんじゃ飯も食えねーだろ。今更逃げねーよ」
「案外素直だな。もうちょい嫌がるかと思ってたんだが」
「はっ、こいつからは逃げられないって知ってるだけだよ」
「えへへ〜、照れるねえ」
「いや褒めてね……まあいいや。それより街に行くんだろ? ならさっさと解放して、飯食わせてくれよ」
「だな。腹が減ってはなんとやらだ」
◇
そして俺、電波、真露、南雲、桃谷の五人でクラフトモールへ。
「みらいちゃんにカゴを任せたらチョコあ~んぱんとキャラメルコーンしか入れないから、渡さないようにみんな注意してね!」
「どんな注意喚起だよ」
「正当防衛だよ!」
「さすがに自分が参加しない集まりでんなこたしねえよ」
せいぜいサブリミナル効果のように1、2個忍び込ませるくらいだ。
それにしてもこいつら……値段を見ずに高そうなお菓子を放り込んでいきやがる。
なんだよそのポテチ一袋七百円って。人間の食うモンじゃねえだろ。
俺は庶民仲間であろう南雲に声を掛ける。
「あいつらの金銭感覚バグってるよな」
桃谷は見た目からしてお嬢様だが、電波もアレでお嬢様だからな。俺達パンピーとは金銭感覚が違う。ポテチ一袋に七百円とか間違っても出せない。暴虐の限りを尽くした値段だ。
「お嬢様だからな。普段から良いモン食ってんだろ」
「少なくとも真露は質より量なハズなんだが……朱に交われば赤くなるってヤツか」
「あいつがあの値段のお菓子をバカ食いしたら、あたしなら破産するな。……ん? 待てよ、女子会で食うお菓子ってことは割り勘になんじゃねーか……?」
「だろうな」
「ちょっと止めてくるわ」
お菓子を選ぶ真露達に抑止力として南雲が混ざる。
なんだよ……なんだかんだ仲良くできてるじゃねえかあいつも。
「……? なんでちょっと離れてるの?」
と、そこで電波が俺に意識をやった。
「いや、まあちょっと」
この集団に大っぴらに混じっていると周りの男の視線がうるさいのだ。みんな文句なしの美少女集団だから。
あとは俺抜きで電波が周りとうまくやれているなら、俺は一歩引いておこうかな、とも思ったり。
「わたし女子会って初めてだから、楽しみだわ」
「おう、せいぜい楽しんで来い。終わったらどんなだったか話してくれよ」
「うん。……みらいくんも来れたらいいのにね」
「さすがに今朝みたいなことんなったらヤバいからな、当分は控えてた方がいいだろ」
「うん……そう、ね」
「まあ俺のこたあいいから混ざってこいよせっかくなんだから」
「うん、そうするわ」
そうして俺はまた一歩引いた場所からみんなを眺める。
しかし―――帰ったらまた舞子さんに詰められるんだろうな。次はどう切り抜けよう。
まあ電波が居ないだけ俺はどうなっても良いが……逆説的に言うと俺に被害が集中するということだ。
……うん。考えるだけ無駄だな。なるようになれだ。
◇
「お……帰ってたのか、お帰り。……なにしてんだ?」
なんか部屋の臭いを嗅いでいるような感じだが……異臭でもするのか?
俺もルクルに倣って鼻を鳴らす。が特に違和感は無い。
「いやなに、ちゃんと換気はしてくれているのか、とな」
「いやヤってねえよ」
「ねんだと!? せっかく私がお膳立てしてやったというのに……貴様不能か!?」
「真露が女子会やるとか言ってたけど行くのか?」
スルーしよう。舞子さんと同じくらい相手しても無駄だ。
「見事なスルーだな……そのつもりだが、おまえも来るか?」
「いや女子会だろ。男の俺が行ってどうすんだよ」
「ふふ、そうだな。ではおまえは仲間外れだ。本当になにも無かったのか、女子会で電波に聞くとしよう」
「お手柔らかにしてやってくれよ。今朝もそれで色々あったから」
「ふむ?」
「舞子さんが暴走してな。ありゃあ鬱陶しかった」
過去一の鬱陶しさだった。ブレーキ役の三星さんが居ないだけでああも鬱陶しいとは。
「ああ……あいつならやりそうだ。災難だったな」
「ほんとな……って帰って来たばっかりなのに愚痴って悪いな。疲れてんだろ」
「いや構わんよ。ただ帰省していただけさ、疲れたというほどのことでもない。……さて。早々で悪いが私は行かせてもらうよ」
「もう行くのか? 早くね?」
「真露が待ちきれなくて早く始めることになった。ちなみに閉会時間は未定だそうだ」
「幼馴染が迷惑かけてすまん。あと早く行かないとお菓子とか無くなると思う」
「一人じゃないんだ、さすがの真露も食べるペースくらいは考えるだろう。……考えるだろう?」
「わかんねえ」
「まあ……お菓子目当てで集まるわけでもなし、無いなら無いで構わんよ。では行ってくる」
「うぃ。行ってらっしゃい」
……一人になったな。
電波が泊りに来るとかいうイベントも起こり得ない、本格的な一人ぼっちだ。
せっかくだから一人でしか出来ないようなことでも……。
……。
…………。
俺はティッシュを重ねて用意する。
ズボンを降ろし―――
「倉井くーん! 居ますかー!」
「どわああああああっ!」
大慌てでズボンを直す。心臓が飛び出るかと思った。
なんの連絡も無しに部屋に乱入して来たのはゼクスだ。
「おろ? どうしたんですか、そんなに取り乱して」
「いや別に? 俺は平常運転ですけど?」
なんの問題ですか? と平静を装う。
いや装うなんてもんじゃあない。俺は平静そのものだ。
「変な倉井くんですねえ……いやまあ、倉井くんが変なのは割といつものこだとは思うんですけれど……」
「まあいいじゃねえかよそんなことは。それよりなんの用なんだ? 突然部屋に来るくらいだからなんかあるんだろ?」
俺は灘神影流奥義話題すべりで話題を逸らす。
「あ、そうでした。倉井くん、鈴木さんとお泊りデートしたって本当なんですか?」
「……本当だが。どこでそれを聞いた?」
「さっき生徒会長が大騒ぎして倉井くんを探していましたよ。そのうち部屋も確認しに来るんじゃないでしょうか」
「鍵かけて引きこもるわ」
徹底抗戦の構えだ。
「まあそれがベターでしょうねえ……関わるとめどくさそうですし」
「あ、なんならゼクスが舞子さんところに行って”倉井くんは部屋には居なかった”って言ってくんねえか? まだそこらへんに居るならでいいんだけど」
「人の話聞いてました? 今私関わるとめんどくさそうって言ったばかりなんですけど」
「そこはほら、さ」
「いやいや。さ、と申されましてもですね」
「しゃあねえなあ……じゃあ鍵かけて篭るからしばらく相手してくれよ、一人で暇だったんだよ」
「それならいいですよ。でもなんだか鈴木さんに悪い気がしますね」
「いやあ、そんなの気にしないだろ、あいつ」
「……倉井くんはもう少し女心というモノを勉強するべきですね。いつか刺されますよ、グサって」
電波に刺される自分を想像する。
「……いや、やっぱナイナイ」
「刺される側は得てしてそう思うものですよ」
「なんでそんなに俺を刺したいんだよ」
「その方が記事になるかなって」
「おまえの記事のために俺の命掛けるの止めてくれる?」
―――その時歴史が動いた。じゃねえ、ドアがガチャガチャと動いた。
舞子さんか? でも大丈夫、鍵は掛けてある。
―――かちゃり。ゑ?
「やっぱり隠れていやがったか……ククク、世の中にはマスターキーっつうもんが有るんだズェ……?」
「舞子さん、あんたそこまでして……!」
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