第193話 俺の酒が飲めないってのか? リターンズ
「ふう……食った食った。腹あいっぱいだぜ」
余は満足じゃ……と腹を撫でながら食堂を出て、部屋に戻る。
寮の夕食、なんか余、いや俺に気を遣ってくれてか最近は大盛で出るようになったからな。
俺でこれなら、真露とかどんくらい盛られてるんだろうな、とかも思いつつ。
あとで電波に聞いてみるか……今日も泊りに来るって言ってたし。
『そろそろ向かうわね!』
と、そんなことを考えているとその電波から連絡が来た。向こうも飯が終わったのだろうか、タイミングの良いヤツめが。
『うぃ』
とだけ返事をして、俺は部屋で電波を待つことにした。
◇
「お待たせ!」
「おういらっしゃい。……どうした?」
部屋に入った電波は、なにかを待つような表情で、黙って俺の顔を見上げている。
なんだこれは。俺はなにを期待されている?
持ち上げ……では無いよな。前回前々回とやった時に喜んでいた様子も無かったし。
「今日はピルクル飲まされないのかなあって」
「あのなあ……俺がそんないつもピルクルを出すようなヤツだと―――」
……。
「出すヤツだったわ」
「でしょう?」
「仕方あるめえ。ちょっと待ってろすぐに出すから」
俺も男だ。期待されたとあっちゃあ応えぬわけにもいくめえ。
「あ、別に飲みたいってわけじゃ―――」
「―――俺のピルクルが飲めないってのか?」
「め、めんどくさい……」
◇
「ところでちょっと聞きたいことがあるんだが」
「なにかしら?」
「いや真露のことなんだけどな。最近寮の夕食、俺の分だけ量が多くなってるんだよありがたいことに。で俺は思ったわけ、俺でこれなら、あの大食らいの真露はどれだけ増量されてんだろうかなって。そろそろあいつが大食いだって寮生全員に周知されててもおかしくない頃だろ?」
ゼクスが記事にするとか言ってたし、寮生どころか全校生徒に周知されていてもおかしくはない。
「ああ……うん。確かにすごい量よ」
「やっぱりか」
「笹倉さん、わたしに気をつかってよく近くの席で食事してくれるんだけど……笹倉さんの料理を置くスペースのために、両隣の席が潰れているわ」
「すげえ待遇だな」
まあそれくらい食うけどさあいつは。
「笹倉さん、おいしそうに食べるから作る方も気合が入るみたい。だから」
「なるほど……」
あいつも幸せなヤツだな。まあ前の学校でもよく餌付けされていたからそんなに驚きは無いが。
「というか真露が気を使ってって、電波まだ他に友達できてねえの?」
「う……ごめんなさい……」
「いや俺に謝られても……まあ、それはこれからの課題だな。まだ学園生活も始まったばかりだし、挽回はきくって。だから落ち込むなよ電波。な?」
「……うん! そうよね!」
チョロい。チョロ過ぎますぜ電波サンよ。
◇
「ところで連日来てもらっておいてなんだが―――どうする? この部屋なんも娯楽とか無いぞ」
実家からゲーム機とかの類は一切持ってきてないから、部屋に有る物といえば、ルクルの置いてあるテレビくらいしかない。それも本人が居ない間に勝手に使うのもどうかって話だが―――まあ、テレビくらいいいだろう。以前一度起こす時にも勝手に使ったし今更よ。そもそも電波をけしかけたのはルクルなんだから、それくらい許してもらわないと。
「大丈夫よ! 今日はこれを持ってきたから!」
そう言って鞄からヌッと取り出されたのは―――映画版仮面ライダーのDVDだった。
「そういうところだぞ電波」
「え? なにが?」
「いやなんでも無い。まあ見るか。見てる間に良い時間になって風呂にも入れるだろうし」
そうして俺達は仮面ライダーの映画を見始めた。
ちょっと昔の、ゲームを題材にした仮面ライダーのVシネだ。
◇
「割と面白かったな。これテレビシリーズは見てたんだけど、映画は追ってなかったから見れて良かったわ」
こんな機会でも無けりゃ見ることも無かったろうからな。でも確か、この作品のVシネって全部で四作くらいあった気がするんだよな……また次も見せられるんだろうか。いや面白かったし続き気になるからいいんだけどね別に。
「そうなんだ。それならよかったわ!」
「でそろそろ風呂に入れる時間なわけだが……今日も一緒に入るんだよな?」
「当然!」
当然か……その積極性を他でも活かせればボッチになんてならずに済んだろうに。まあこれは言わないでおいてやろう。オーバーキルになってしまうから。
ともかく俺と電波は入浴セットを持って浴場へ向かった。誰にも見つからないよう、気分はメタルギアだ。
◇
「よし……行くか」
翌朝、俺は電波を起こさないように静かにベッドを出て、ジャージに着替え、グラウンドへと向かった。
「おーい! 森く……ん?」
森くんと、その隣に居るのは……お嬢様?
なんでさ。
「おはようございます、倉井さん」
「おはようございます」
「おはようございます。えっと……」
森くんと、そして何故か居るお嬢様が挨拶をしてくれる。
いやほんと……なんで居るんだ?
「森くん森くん、獅子紙パイセンなんで居るンすか?」
柔軟運動をしているお嬢様に聴こえないよう、森くんに耳打ちする。
「え? 言ったじゃないですか、お嬢様に行けるかどうか確認するって」
……ワオ!
そういうことか!
二人はハッピーセット。二人はプリキュアだったのだ。
まあ……来ちまったもんはしょうがない。今更お嬢様だけ帰ってくれとか言うわけにもいかんので、三人で走るか。
「とりあえず初っつうことで、キロ5分半くらいで一時間くらい走ろうと思ってるんすけど、どうすか?」
「了解です」
「構いませんわ」
「よし。んじゃあ軽く柔軟してから走りましょう」
ペースは決まったので、五分ほど準備運動をしてから俺達は走りだした。
お嬢様に体力なんて有んのか? と一瞬思ったものの杞憂に終わり、俺達は無事、一時間のジョギングを終えた。
よかった……電波みたいんだったら困ってたところだからな。
「いやあ、やっぱ運動でかく汗は気持ち良いっすね」
「そうですわね」
「獅子紙パイセン結構走れるの意外だったんすけど、なんかスポーツもやってんすか? ……あ、MTG以外で」
カードゲームもスポーツにカウントされたら困るから先に言っておかないとな。デュエリストはそういうところあるから。
「乗馬やテニスなど、習い事で一通りは」
「はえ~……すっごいお嬢様」
いや乗馬はスポーツなのか? まあ良いか、野暮なことは言わんでおこう。
「森くんは?」
「私もお嬢様に付き合って、同じようなものです」
「はー……ってことは結構昔から一緒なんです?」
「そうですね。私の家系は代々お嬢様の家に仕えているんです。ですから私も、物心ついた時には」
「んな漫画みたいな関係マジで有るんすね」
まあ執事という存在自体がフィクションめいたものだが……うむ。
「漫画みたい……そうですね、意識したことはありませんが、確かにあまり無い関係性だと自分でも思います」
「生まれで生き方決まるのって、嫌になったりはしないんすか?」
それで相手するのがコレだぜ。俺ならノイローゼから鬱になって休職してるわ。
「そうですね。四六時中お嬢様の相手をするのは正直大変ですが―――……これで結構良いんですよ、コレが」
森くんは手で輪っかを作る。
金だ。
「なるほど……」
まあ金は重要だもんな……。
「ちなみに、いかほどかお聞きしても……?」
「年俸制ですが、月にすると大体これくらいです」
森くんが地面に数字を書く。
「え! そんなに貰えるんすか……!」
すげえ……! それなら俺もお嬢様の相手をして良いと感じさせる金額だ……!
「二人でなにをこそこそとしているのですか?」
「男同士の秘密の話ってヤツっすよ」
金の話とか本人にはゲス過ぎて聞かせらんねえからな。
「……? 倉井さん、以前から薄々感じていたのですけれど、あなたもしかして森が男性だと勘違いしていませんか?」
「え?」
今、なんて?
「ははは、獅子紙パイセンも冗談が下手っすねえ。森くんは男でしょう?」
だって執事だぜ? 女の執事って、それはもうメイドじゃないか。
ねえ? と俺は森くんを見る。
「ははは……」
森くんは薄く笑って、否定も肯定もしなかった。
「……」
……?
「ほんまに言うとんすか?」
「考えてもみなさい。森が男性なら、今更あなた一人増えたからといって学園が大騒ぎすることもありませんわ」
正論で殴られた。
そんな……つまりお嬢様の言うことは本当? 森くんは女の子?
「じゃあガチのマジで?」
「くどいですわね」
「……すんませんっしたァ!」
ジャンピング土下座だ。
「俺あてっきり森くんが男だと思って失礼なことを多々言ったりやったり記憶にあんまないっすけどとにかくすんませんっした!!」
いや言ってから思い出したけどクラフトモールで強引に肩とか組んだ気がする。というか女性を男性と間違えるとかウルトラ失礼じゃねえか死刑だろ。なんで男装なんてしてんすかなんて疑問は捨ておけ、ただ謝れ俺。七生の裸を見た時のように。あ思い出しちゃったわごめん七生。
「頭を上げてください。私もはっきりと女だとは言っていなかったわけですから……」
「それでも普通、見ればわかるものだと思いますが」
「お嬢様、死体蹴りはそのくらいで」
チラッと頭を上げて森くんを見る。
―――整った顔をしている。女だと言われた今見れば、女にしか見えない。
これが男に見えていたとか、俺の眼は節穴か。眼球の代わりにビー玉でも詰まってるんじゃないのか。
「女性しか居ない空間です。同性が居ると思い込みたかったというのもあるでしょう。私は気にしていませんから、倉井さんも気にしないでください」
「森くん……! あいや森さんの方が良いんすかね……?」
聖人か? 優しさが身に染みる……!
「どちらでも構いませんよ。呼びやすい方で」
「じゃ、じゃあこれまで通り森くんで……」
「はい。そのように」
なんと優しいことか。それに比べてこの倉井未来とかいう男の節穴っぷり……死刑じゃないか?
「ちなみに……なんで男装してるのかとかって聞いても大丈夫すか?」
「それは簡単ですわ。私の趣味です」
俺は森くんに尋ねたが、答えてくれたのはお嬢様だった。
お嬢様の趣味か。それに付き合わされる森くんも気の毒だな……。
「やっぱ森くん苦労してんすね」
「ははは。もう慣れましたよ」
「誤解が解けたところで、そろそろシャワーのひとつでも浴びに行かないと朝食の時間がありませんわね。倉井さん、今日のところはこれで解散でも?」
「そうっすね。……出来れば定期的にこうして走れたらと思うんですけど、お二人はどうっすか?」
「構いませんわ。良い運動になりますし」
「私もお嬢様が良ければ」
「じゃあ決まりっすね。どんくらいの頻度か希望ってあります?」
「私は毎日でも構いませんわ」
お嬢様、結構乗り気だな……。
「んじゃあ走り過ぎもよくないんで三日にいっぺんくらいっすかね。誰かに予定が有ったら休みって感じで」
「ええ、それで構いませんわ」
……よし。
森くんは男じゃなかったが、これで念願のジョギング仲間を手に入れたぞ。俺は転んでもタダでは起きん男なのだ。いやまあ得たモノよりダメージの方が多いが……そこは気にしてはいけない。俺の心壊れちゃう。
◇
「おかえりなさい。どこに行ってたの?」
部屋に帰ると電波が起きていて、俺を出迎えてくれた。
「ちょっと走ってた。汗かいたからシャワー浴びるわ」
「そうなんだ。おつかれさま」
「あんがとさん。あ、出るの待ってなくていいからな。気にせんで飯行っててくれ」
「わかったわ。それじゃあ食事のあとでまた会いましょう」
「おう。んじゃあ」
電波を見送ってシャワー室へ向かう。やっぱ運動して汗をかいた後のシャワーは気持ち良いな。そんでもって……。
「ぷはーっ……このピルクルが止められねえんだよなあ」
普通は牛乳なんだろうけど、俺の場合はやっぱり
「さて……俺も飯行くか」
空いた紙パックを潰してゴミ箱に捨て、俺は食堂へと向かうことにした。
「……ん?」
その異変には一階に下りた段階で気が付いた。なんだか食堂のあたりが騒がしい。
「なんかあったんか―――うわっ」
なんざんしょ、と近付こうとすると、突然後ろから腕を掴まれた。
「被疑者、確保であります!」
中野先輩だ。
「被疑者? え? なんのことっすか?」
そのまま強引に引っ張られて俺は食堂の中へ。
「―――電波? なにしてんだ?」
なんかドチャクソ囲まれておられるが。
「なにしてんだ、とはこっちの台詞だよなあ未来クンよお」
―――電波を囲む人垣から、
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