第111話 名探偵ルクルの冒険(導入編)

「でな、その時真露の着てたブラウスのボタンが弾け飛んで俺の―――ん?」


 なにか面白い話をしろと言うクソ上司みたいなルクルの無茶ぶりに応え、俺が珠玉のエピソードの数々を披露していると、ドンドンドンドンと扉を殴打する音が聴こえて来た。

 手芸館はドラマで借金取りが尋ねるアパートみたいな安い造りじゃない。頑丈で防音もしっかりしている。はえ〜分厚い……とか思いながら一発殴って拳を痛めた俺が言うんだから間違いない。

 そんな城壁が如き扉を貫通して奥のベットまで届くんだから、こいつはノックなんて生易しいもんじゃない。俺の部屋の扉に恨みでもあるのか、ぶち破ろうとでもしているのかってくらい強く叩いてる音だ。


「いや待てってなんでそう普段通りで居られんだおまえは。危ないヤツだったらどうすんだよ、俺が出てくるから待ってろ」


 どう考えたって異常じゃねえか、と普段通りの様子で玄関に向かおうとするルクルを制止する。

 寮の中だから外来種のガチ危険人物なわけないと思うけど、M&W部に居たつわものの例もある。近付いたタイミングで破城槌に吹き飛ばされるくらいは警戒しておくべきだ。


「倉井くーん!! 私でーす!! 開けてくださーい!!」

「やっぱ頼んでいい? あと俺居ないことにして欲しいんだけど」


 とか言った瞬間に携帯鳴らされて、扉の近くに居るのが多分バレた。

 くそっ考えることはお見通しか。

 は~……。

 本日三回目だぜ、全王様だっておったまげるわ。


「たたたたた大変でしゅよ倉井くうんんん!!」


 扉を開けた瞬間体当たりする勢いで飛び込んで来たゼクスを全身でブロック。部屋への侵入を阻止する。


「そりゃあ大変だったなご愁傷様じゃあな」


 閉店ガラガラはいお疲れ様でした。


「まだなにも言ってませんって!」

「なんだよ魔界の扉でも開いたか? 俺じゃなくて特防隊に言ってくれ」

「あ、鹿倉衣さんもこんばんわー! こんな時間にうるさくしてすみませーん!」


 俺越しにルクルを見つけたゼクスが手を振る。うるさいと謝る声もやっぱりうるさい。

 こいつ人のボケをスルーしやがった……。


「そう思うなら帰ってくれる?」


 どうせ大した用事じゃないだろ。一々大袈裟なんだよこいつは。


「いや噂、噂ですってば!」

「噂……? さっき言ってたロリコンがどうのとは違うのか?」


 そいつはおまえがなんとかしてくれるってことで話は纏まったと思うんだが。


「それじゃありません! でもあやっべーこれ絶対私のせいにされちゃう! と駆け付けた次第であります!」


 よくわかってるじゃない……えっ違うってなんだよ。一つでもお腹いっぱいなのにまだなんか出てきたのか?


「……どんな噂だよ。まずはそれを教えてくんなきゃ話になんないだろ」


 ロリコンより酷い噂なんてそうそう無いと思うんだが。


「え、それは私の口から言うのははばかられると申しますか……」

「おまえがゲイだという噂だろう?」

「ゼクスてめえやらないっつったろうがよ!!」

「いやついさっきまで一緒に居ましたよね!? そんな暇ありませんでしたって!!」

「犯人は現場に戻るっつーだろうが!!」

「無茶苦茶!! 私どこまで信用ないんですかね!?」

「信用してるよやらかす方に全ベットだけどなあ!!」

「酷スギィ!!」


 竜虎相搏つ。

 はカッコ良すぎるな。俺達は睨み合う。


「……いやいやいや待ってください。別に喧嘩しに来たわけじゃないんですよ。そもそも私が耳にした噂は、その、倉井くんが……」

「だから、ゲイだろう?」

「ルクルは黙ってようね。ゼクス、続きを」

「ですから同性愛者と言う話ではなくてですね、叩かれたり踏まれたりして喜ぶようなドMだという話です」

「ゲイのマゾヒストか。業が深いな」


 肩ポン、肩ポン、ポンジュース。

 ルクルとゼクス二人に慰められる俺。

 二人の手が俺の肩に届くということ、つまり俺は崩れ落ちていた。


「―――よし。行くか」

「行くって……どこにさ」


 なんも気力沸かねえんだが……貝になりてえ。


「決まっているだろう? おまえを傷付けるような噂を流布した不届き者を、私達の手で捕まえてやるんだ」

「ルクル……!」

「鹿倉衣さん本音は?」

「こんな面白い話、見過ごす手はない」

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