第83話 それっぽさ
あるわけねえだろ。
あの顔を見てみろよ、はえ〜だぞ。
「その……えっと……」
ともかくお嬢様の矛先は電波に移り変わり。これは俺を勧誘してきた時にも思ったことだが、M&W部を相手取っている時とは全然違う声色だ。
さっきまでのものが切れたナイフだとすれば今のは電話に出る時のオカンのように造られたもので、要するにうさんくさい。
相手によって態度を変えるのは、まあ俺だってやるけどさ、それにしたってこの人のものは極端だと思う。
おそるべき女子の二面性。もしや俺が知らないだけで真露やルクルも裏ではアウトレイジみたいな喋り方をしていたりするんだろうか。
嫌すぎて想像すらしたくない。生憎と俺はそんなものにギャップ萌えとか感じられるほど上級者じゃないんだ。
しかしこの状況、諺にこんな感じのあったよな。
あれは……なんだっけ、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、か?
いや電波が馬とか俺が乗ったら速攻で潰れるだろ。サイズ差を考えろよマキバオーじゃねえんだからさ。でも口癖はちょっと似てるかもしんない。
そもそも俺とこいつはセットだと思われてんのか?
この部屋に一緒に来たのだってほとんど成り行きだぞ。まあ確かに仲はいいと思うが、無条件に部活まで一緒に入る程の運命共同体になった覚えはない。問題はそれをどう伝え……いや伝わるのか? 俺がなにを言ったとしても曲解されてしまいそうな気しかしないんだが。
ともかく標的にされてしまった電波は再び蛇に睨まれたひよこのように目を泳がせていて、自発的になにかを発するのは無理そうだ。
隣に座る俺になぜそれがわかるのかって? クセになってんのか知らないけど、電波の野郎、困ると俺の方チラチラ見るんだよ。
まあその度に助け舟を出そうとする俺の方にも問題はありそうだけどさ。子の自立を妨げるダメ親の気分なので次は見捨てよう。ライオンは我が子を谷底に突き落とすのだ。
それはそうと、さっきから自滅してばっかりだから確かに馬かもしんない。
……しっかしひよこだったり馬だったりライオンだったり電波も忙しいヤツだな。
「電波、こういう人にはハッキリ言った方がいいぞ」
こういう手合は曖昧に言っても諦めてくれないからな。変に期待を持たせると懲りずにまた来てしまう可能性がある。
このお嬢様の場合、それでも解放されるという保証はなさそうなのが恐ろしいところだが……。
「あの、そもそもMTGってなにかしら……?」
なんてことを考えつつ対面のお嬢様に気付かれないよう小声で伝えると、電波はうん、と頷いてまた爆弾をポイした。
「ふっ。諦めな、日本の小学生におけるMTGの知名度なんてそんなもんさ」
そんな惨状に俺が頭を抱え、あっちはどうなっただろう……と恐る恐るお嬢様の方を見やると、副部長が肩に手を置いて慰めるような言葉をかけていた。
だが頭を抱えるためやや前屈みになっていた俺には、斜め下の絶妙な角度から見えていた。
その口端の歪みが。
引き攣った頬が。
嘲笑うかのような瞳が。
そして、それらを力技で抑えようとしているせいか物凄い顔になっているのを。
……浮かべられた邪悪な微笑みが、俺には見えてしまっていたのだ。
人間の顔の筋肉ってこんなバラバラに動けるんですね。凄えや人体。
「なんで居んのかわかんないけど、まあ彼の妹さんから攻めていく手自体は悪くなかったよ」
ものすっごいしたり顔のところ申し訳ありませんが、これは妹ではありません。
でもなんか言うとまた巻き込まれそうなので黙っておこう。藪蛇を突くのはもう懲り懲りだから。
それに勘違いされたままでも別に不都合とかないし、一々訂正するのもめんどくさいし。
「しかし悲しいかな、これくらいの歳頃はM&Wかバトスピあたりなのさ。いやあアニメの販促効果は偉大だねえ」
「あの……」
「ん、どうしたんだいお嬢ちゃん」
一転し涅槃のように穏やかな表情を
両手を広げて大仰なポーズまで取ってるし、お嬢様に一撃入ったのがよっぽど嬉しかったんだろうな。
でも言葉は悪かったけど普通に話していたし、仲が悪いというよりはライバル、か?
そりゃそうだよな。本気で仲が悪かったらあんな風にやりあうことなんて出来やしないか。
まあ、それにしたっていい性格をしていると思うが。
笑顔で話しながら足を踏む、みたいな。
「M&Wって言うのもよくわからないのだけど……」
「なぬ?」
「……っ、……っ!」
やっべ笑いかけたけどバレてないよな?
けどまあ俺みたく元ネタを知っていれば浮かぶ疑問は“なんでそっちの呼び方にしたんだろう”だけど、そうじゃない場合は電波みたいな反応になって当然だ。
「えっと、遊戯王なのよね? どうしてそんな変な呼び方をするの?」
電波は卓上に置かれたカードをチラっと見る。
そこでは幾重ものスリーブに守られたカチカチなカード達が自己の存在を誇示するかのように照明を反射していた。
俺はこれくらい分厚くすれば撃鉄も止められそうだねと現実逃避していた。
「それは私がお答え致しますわ」
そしていつの間にか息を吹き返したお嬢様は肩に置かれた手を虫でも飛ばすように払いのけて立ち上がる。ダルマのような立ち直りの早さだ。
「遊戯王は元々、漫画の中でMTGをオマージュしたカードゲームとして創造されました。その時、作中で最初に使われた呼称がM&Wなのです」
「はえ〜……でも、現実で発売されているカードの名前は遊戯王なのよね?」
「ええ。ですが彼女達はその名前を使い続けている。それはなぜか―――そう、心の中では認めているのです。遊戯王はMTGに敵わないと。贋作は真作に及ばないという純然たる事実を」
正にドヤァ……といった感じでまたナチュラルにM&W部をコキ下ろしたお嬢様。
アウェイでここまで尊大に振る舞えるのはある意味尊敬に値するかもしれないが、あれが許されるキャラは相当希少だ。
色々細かいことを考えていた自分がバカみたいに思えるが、多分バカのままで居るのが正しいと思う。
あと遊戯王をいくら貶めたところで電波の中におけるMTGの地位が向上するわけでもないと思うので、おそらくこの戦いに勝者は居ない。
双方後に残るのは、虚しさと罪悪感だけだと思う。
「いや普通に違うけど」
「貴方、唐突に素に返るのは禁止ではなくて?」
「っ、ぅひひっ」
やっべ今度こそ笑っちまった。しかも中途半端に我慢しようとしたせいでかなり気持ち悪いヤツが出た。
でもこの人ら笑わせに来てるし不可抗力だよこんなもん。
「ああーん?」
所謂引き笑いというヤツだがばっちり聴こえてしまったらしい。そして副部長の“ああん?”にはお嬢様ほどの迫力はなかった。例えるなら虎と猫くらいの差がある。
正直悪いと思ってないけど、とにかくこれ以上なにか言われる前に謝ろう。
その前に呼吸を整えてからだな。また笑っちまったら目も当てられないし。
「ふぅー……。笑っちゃってすみませんでした」
「しょうがないにゃあ……」
◇
「実際俺も気になってたんですけど、なんでM&W呼びなんですか?」
入部は断ったけど普通に許してくれたので、俺からも聞いてみた。
最初に電波が言ってくれてよかった。ずっと聞くタイミングを逃していたからな。
「華のJKが趣味は遊戯王ですって言うの恥ずいジャン……?」
なるほど―――少しでも今風というか、洒落た感じを出すためそっちの呼称を選択したと。
言われてみれば確かに、M&Wの方が高等なものに思えなくもない。
馴染みのない横文字というのはそれだけでワンランク上と錯覚させられることがあるからな。この場合、特に
詳しい内容にまで言及されてしまえばそこで一巻の終わりだが、会話の中でさりげなく流す感じで言うなら大丈夫か……?
「いや全国のデュエリストに謝れよ」
「てへ」
素で言っちゃったわ。
◇
「えマジでそんな理由なんすか?」
「知んない」
「ええ……」
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