第82 (正気に戻ったとは言ってない)

 自分が流されやすいタイプだということは自覚していたが、それにしたって今日の俺はどうかしていると思う。なにがデュエリストだよアホか?

 ついでに言うと“はえ~”とか頻繁に思っちゃうのも電波の影響だわ。

 幸い口走っちまったのはまだ数回だけど頭の中では何回唱えたのかももうわかんねえし、完全にあやつの口癖が感染してる。

 あんなもん口に出して許されるのは電波のように小さな子供だけだと思う。少なくとも俺のように十代半ばを過ぎた男がやるのは腹パンされても文句を言えないだろう。……いや俺だけじゃなくてルクルや他の女子連中も微妙だな。あざとさが勝りそうな気がする。


「あ、勝っちゃったわ」


 なんてことを考えていると、いつもの呑気な感じで電波が呟いた。

 俺の耳に入ったということは当然他の皆にも聞こえているということ。視線が集中砲火の如く浴びせられるが、しかし本人は自分がやらかしたことに対して無自覚で、無自覚ゆえに“やったわ!”と無邪気に喜んでいた。

 いやほんとなんで電波が参加してんだろうね。俺達の会話を話半分で聞き流して、俺が座ったからとりあえず自分もって座ったら流れでプレイすることになったとかか? はえ~だわ。

 まあいい。問題はそこじゃない。

 完全な第三者である電波が勝者になった。―――さてこの場合、俺の進路はどうなるんです?



「マジ? これどうすんの?」


 副部長の呟きを皮切りに佐藤先輩を除くM&W部のメンバーが顔を見合わせ、お嬢様は腕を組んで目を瞑っていた。

 悪いことをしたわけでもない電波を責めるのも違うしでどうするかを決めかねている感じだが、無効試合でお疲れ様でしたなら俺的には万々歳だけど、多分現実はそう甘くねえよな。

 けどそろそろ俺の脳もデッキキャパシティ超えてパンクしそうなんでどうにかなりません? と願いを込めた視線でお嬢様の後ろに立つ森くんを見ると、それに気付いた森くんは困ったように微笑んだ。

 知ってたよちくしょう。

 

「UNOって初めて遊んだけど、結構面白いものね。いつか誰かとやるかもってルールを覚えておいてよかったわ!」


 そんな俺達の高度な情報戦を尻目に、電波はまた無邪気にズレたことを言う。

 なんて不憫な努力を……でも意味が分かるの俺だけだから変な子を見る目で見られてるぞ。


「? あれ、みんなどうかしたの?」


 こんな場でなければ俺も素直に“よかったな”と声をかけてやれたけど、今はそういう雰囲気でもない。それに気付いた電波がきょろきょろしだして、一通り部屋中を見渡したあと、最後に助けを求めるように俺の方を向いた。

 目が合う。

 まるでひよこ鑑定部で雄の烙印を押された雛のようにつぶらな瞳だ。

 あの後調べたが、雄のひよこは卵を産めず、かと言って食肉に適しているわけでもないので鑑定後すぐ粉砕機にかけられ肥料にされてしまうらしい。その日の夜はなんてデンジャラスな部活だよと身震いしたのを今でも鮮明に覚えている。

 まあそれは置いておいてだ。他に友達や知り合いが居ないから俺に振ったんだろうけどさ、電波さんや、それはこっちも同じだってことを忘れないで頂きたい。なんなら景品扱いされてる分プレイヤーのおまえより状況悪いからな?

 許されることなら今すぐ頭を掻き毟って乾いた叫びをあげたいくらいだが、教室でやったのと同じで注目は移るから電波を助けることは出来るけど、次は俺がヤバイ奴認定されちゃうからやりたくない。

 却下だ却下。なら他の手を考えろ。おまえなら出来るはずだ。知恵を振り絞れよ。俺が犠牲にならずに済んでこの状況をどうにか出来る神の一手的なウルトラCを。

 いやあるのかそんなもん。ねえだろ。考えて浮かぶならとっくに部屋帰ってるわ。


「―――」


 その時、部屋中の空気が変わった。

 発生源を見ると、開眼したお嬢様がなにかを言おうとしている。

 やべえ時間切れだ。これ以上考えてる暇はねえ。

 俺は机を叩いて立ち上がった。ちなみになにか名案が浮かんだわけでもなく、やるっきゃないという思いだけが俺を突き動かしていた。


「おめでとう電波。おまえが初代決闘王デュエルキングだ」

 

 そんな言葉が俺の口を衝いていた。


「えっ」


 唖然とする電波を置き去りにしたまま、机を叩いた手で今度は拍手をする。渇いた音が虚しく部屋に響き溶けていく。


「えっ?」


 完全にヤケだ。

 だがもう後には退けん。賽は投げられた。


「お……おめでとう?」

「おめでとう!」


 死んだ目でしばらく続けていると何人かが釣られ、それは連鎖的に伝播していった。

 前後左右から叩きつけられるれるおめでとうの声。最初はまばらだった拍手も一つ二つと次第に増えていき、今では部屋中をカルト集団のように狂気じみた空気が満たしていた。

 さっきみたいにカードで音を鳴らしている人も居るけど、後でやり方教えてもらおう。


「おめでとう……なのか? ええい、もうどうにでもなれい! おめでとう!」


 人は一人では生きられない。集団を形成する生物だ。

 その中で平穏無事に過ごそうと思った時、重要になるのが少数に回らないことである。

 同調圧力。

 人類は古くから、それによってマイノリティを排斥してきた。

 混沌とした世界では正気であることこそがそんなのだ。

 そんな人類の歴史の縮図が、この部屋にはあった。

 ような気がする。


「あ―――ありがとうみんな、よくわからないけど、嬉しいわ!」


 乗せられた電波はそれまで以上に喜んでいた。こんな風に友だちから祝われることも今までなかったんだろう、幸せそうで何よりだ。

 これにて一件落ちゃ―――


「で、これどうすんの?」


 ―――くにはならねえよな。

 知ってた。



「……いずれにせよ、勝者は勝者。部外者とはいえ一度闘いに応じた以上、私達はその結果を受け入れるべきですわ」


 傍若無人だと思われたお嬢様が潔く負けを認めていた。

 なるほど、決闘者にとって決闘の結果はそれ程までに重いということだろう。

 彼女もまた、誇り高き決闘者だったということか。

 そういうことだよな?


「彼をどうするか。煮るなり焼くなり、あなた次第ですわ」

「人権って言葉ご存じない?」


 いくら雰囲気に乗せられたっつってもUNOの結果に生殺与奪まで握らせた覚えはねえよ。闇のゲームじゃねえか。

 いや入部云々も納得したわけじゃないが―――。


「……はっ!」


 ―――そうか、マイノリティ。

 現在進行形で女子校なクラフトにとって、俺という存在はこれ以上ない程の少数派であり異分子、数百分の一にしか過ぎない俺の意思など封殺されて然るべき……!

 これが魔女狩りか。俺は現代社会の恐ろしい闇を見た。

 ……誰も突っ込んでくれないからそろそろ疲れてきたな。

 こういう時に真露が居れば心を読んだかのごとく突っ込んでくれるんだが、浮かれ切った電波にはそんなこと期待できそうもないし。

 塩くてもいいからレスポンスが欲しい。寂しい。


「えっと」


 状況がよくわかってない電波は、それでもよくわからないままなにかを言うのはマズいとわかっているんだろう、慎重に言葉を選ぼうとしていた。


「えーっと……」


 しかしいくら待っても、それ以上の言葉は出なさそうだ。

 まあ当然だよな。それまでの話を聞いてなければどう足掻いたって答えの出ない話だし。というか適当なことを言われてまたおかしな方向に進みでもすればたまったもんじゃない。俺がどれだけピエロ演じたと思ってんだよ。


「焦らなくてもよろしいですわ。まずは落ち着いてください」


 そして意外なことに、お嬢様が助け舟を出し―――


「ところで貴方、MTGに興味はありませんか?」


 ―――てなかった。

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