第77話 決闘と書いて、

 放課後。

 ルクル達でも誘ってさて帰ろうか、と俺が鞄を取って立ち上がったところで、掃けていく人の流れに逆らうようにその人物は現れた。


「―――失礼」


 よく通り、そして女性的でありながらも力強い声。

 振り返る。

 鋭い眼光に体幹のぶれない歩み。

 彼女が教室に踏み入った瞬間、室内の空気が変わったような錯覚を覚えた。


「でけえな……」


 服の上からでも隆起した筋肉がよく見える。制服の袖から覗く丸太のような四肢に、あの胸も一見して巨乳に見えなくもないが、おそらくは発達した胸筋だろう。

 身長も俺より高く、優に180はありそうだ。

 まるで鋼のような肉体に、俺の中でコブラがヒューッ! と口笛を吹いた。

 あの雄々しい佇まいはなにかスポーツを―――いや、格闘技でもやっているんだろうか。

 女学生というより女子プロのような、オーク―――はいくらなんでも失礼だ、アマゾネス的な、いやこれも微妙に失礼だ。

 ん゙ん゙っ゙。とにかくただ者じゃない。

 それは、一目でそう思わせる屈強な女性だった。


「そこの君。人を探しているんだが、少しいいだろうか」


 すわ討ち入りかはたまた道場破りかと思ったが、どうやら誰かを尋ねて来たらしい。

 いや待て、強者を探しに来たストⅡ的存在という線も捨てがたい。

 まあどれにしたって俺にゃ関係ない話だろあんな人知らないし……と肩越しに姿を確認するに留め、ルクルの席に向かおうと踏み出したが―――。


「ひえっ……は、はい……」


 ……今の声は。

 捕食者としての本能か洞察力か、御し易い相手としてあいつを選んだのだろう、どうやら獲物にされたのは電波らしい。

 かわいそうなことに、捕らえられた電波は蛇に睨まれた蛙のように固まっている。

 ……よくわかんないけど、あれは助けに入った方がいいのか?

 いや、そもそも俺に助けられるのか?

 あれ、仮に殴り合っても負けるだろ。


「倉井未来という生徒に用がある。彼のクラスはここで間違いないだろうか」


 あの人の前だと女は殴らんなんて言葉、負け惜しみにしか聞こえなさそう。と思いながら嫌々近づいて行くと、誰かを訪ねて来たらしいその人は倉井未来という人物の名前を口にした。

 ん? 倉井未来?

 どっかで聞いたことのある名前だな。

 あっ俺だ。

 えっ俺に用があるんすか?

 Uターン。

 帰ろにげよ


「呼ばれているみたいだが、行かなくていいのか?」

「ちょっとよくわかんないですね」


 同姓同名の別人だろ。倉井なんて苗字よくあるし、自分で言うのもなんだが未来という名前は男女どちらでも通用するものだ。

 繋げて“倉井未来”。うん美少女っぽい。

 さてあの人は前の扉付近に居るから、電波を囮に機を見て後ろから出よう。

 ごめんな電波、今度またピルクル奢ってやるから許してくれ。

 まあいくらなんでも取って食われやしないだろうから、なんとか自力で生き延びて欲しい。

 アーメン。

 俺は心の中で電波の冥福を祈った。


「え、えっと……」


 狼狽えているのが背中越しの声だけでわかる。

 間投詞から続く言葉はなく、雰囲気に飲まれた電波は完全に死んでいた。


「あの子か」


 ひたりひたりと死神の足音が近づいて来る。

 ちょっと待てなんでわかったんだよ電波なんも言ってなかったぞ。


「そりゃ制服でわかるでしょ」

「髪でもわかると思うぞ」


 心を読まれ、いやまたわかりやすい顔をしていたせいか、足を止めた俺にルクル達が好き勝手言っている。

 そうか、ズボンタイプの制服を着用しているのはこの場に俺一人。であればそいつが学園唯一の男子生徒であると推理するのは容易いこと……!

 武力だけじゃなくて知力も高いとかそんなの許されるのかよ、頼むから呂布に謝ってくれ。

 逃げ場は―――くそっ距離が近い。声から位置関係を推測するに振り返らずともわかる。扉側は抑えられているはずだ。それに机などの障害物も多すぎるし、それらを蹴散らして突き進むなんて奇行は出来れば避けたい。

 なら窓から―――いや、二階ならともかくここは三階。更に言えばクラフトの校舎はワンフロアあたりの天井高が一般的な校舎よりも高く、地上までの距離は10mに迫る程だ。この高さから飛び降りれば流石の俺も無傷で済む保証はない。これは受け身でどうにかなる範疇を超えている。

 くっ、せめて窓辺に木でも生えていれば……!


「七生、なぜこいつはあんなに険しい顔をしているんだ?」

「あたしが知るわけないでしょ」


 ならばここが年貢の納め時、大人しく捕まる他ないというのか。


「倉井未来くんだな?」


 ―――近い。

 背後から聞こえる、確信を持った声色。既に他人のフリは出来そうになかった。


「……はい」

「私は三年の佐藤。もし時間があれば着いて来てもらえないだろうか」


 こんな剛の者、しかも上級生。

 少なくとも、この学園でその手の目立つ行動をした覚えは皆無だ。


「こっちだ」


 俺の無言を肯定と受け取ったのか、返事より早く背を向けて歩き出す佐藤……先輩。

 着いていくしかない雰囲気オーラが出ている。

 真の強者は背中で語るというが、この人の背筋は正にそれだ。

 それに逃げようったって白昼堂々教室まで身柄攫いに来る相手だぜ、先延ばしにしかなんねえだろ。

 やっべマジで校舎裏じゃねえかこっち、五体満足で帰れるかしら俺。

 ……いや、そこを越えてまだ歩くのか。こっちは部室棟がある方だな。

 誰かに見つかるのをよほど警戒しているのか、これほど遠くまで行くなんて、どんだけ凄惨な仕打ちをするつもりなんだ。もしかして試合じゃなくて死合なのか、えっ俺死ぬの?

 ……ところで。


「……電波、なんでおまえまで着いて来てんだ」


 最初に話しかけられたのは確かに電波だが、呼び出されたのは俺だけだ。

 正直どんな情けない姿を晒すことになるかもわかんないから、今からでも帰って欲しいんだが。


「だ、だって、あなた一人だけ行かせるなんてできないわ。なにされるかもわからないじゃない」


 俺にだけ聴こえるよう消え入りそうな声で囁く電波。

 くっ……なんて良いヤツなんだ。俺はさっきこいつを見捨てようとしたというのに……!

 いや、なればこそ今はその優しさに甘えることは出来ない。

 ……こうなっちゃ、どうあっても電波だけは無事に帰してやらないとな。


「正面から往くと他の連中にバレる可能性が高い。遠回りにはなるが裏口に回ってもらおう。着いて来てくれ」


 部室棟を回り込み、向かう先は以前ゼクスに呼び出されたあたりだろうか。

 あそこからなら大声を出せばグラウンドの方に届きそうだが……塀で向こう側が見えないからな、誰かに届かなければ相手を刺激するだけに終わってしまう。


「この扉だ。皆も待っているから、早速入ってくれ」


 

 なんてこった、一人じゃないのか。

 部室棟の中ということは、この先にはレスリング部とかそういう集団が待ち構えているのか。

 こりゃあ……いよいよ以てマズいだろ。

 ちくしょうお嬢様学校じゃねえのかよ、イジメなんてないっつったじゃねえかルクルよ恨むぞ。


「……電波。俺とあの人が中に入ったら、おまえはダッシュで逃げろ」

「い、いやよ!」

「ダメだ。アレが何人も居るとすりゃ俺じゃ三分と持たねえ」


 それに目当ては俺だけのはずだ。今の内に去れば、電波は見逃してもらえる可能性が高い。


「でも……」


 正直三分でもかなり大見得を切った。最悪秒殺もあり得るだろう。

 しかしそこは男の子の意地―――しがみついてでも時間は作って見せるさ。

 ドバンッ! ととても扉を開ける時のものと思えないような豪快な音を鳴らして招かれた空間の先には、


「―――ようこそ、M&Wマジックアンドウィザーズ部へ」


 カードゲームに興じるお嬢様方の姿があった。


「は?」

「ほへ?」


 返して。

 俺の覚悟、返して。








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