第74話 耳なし芳一か俺かってくらい身体中にびっしりと。

 俺の投げやりな返事にも、勢い付いた彼女達は特に疑問を感じかったんだろう。それ以上言及されることはなく、話題はいつのまにか馬肉を使った料理にシフトしていた。

 ……いや、そもそもさして重要じゃなかったのかもしれない。前の学校でも似たような光景を見たことがある。身も蓋もない言い方をすれば、俺達の年頃の女子にとっては話の内容などどうでもよく、

 それの善し悪しは置いておくとして、こういう場合の多くはやった側に悪気はない。

 まあ、だからこそやられた側としても反応に困るんだが。

 姦しいというのは正にこういうのを言うんだろうな。男女比が今まで経験してきたそれとは段違いなので一層そう思う。

 というかこれはもしかしてあれか、話を聞いている限り、俺の好物が馬肉という設定になったから次の機会があれば馬肉を使った料理を作ってくれるとかそういう流れなんだろうか。

 それならさっきまでの仕打ちを水に流して余りあるほど嬉しいんだが。

 これが自惚れなら目も当てられない大惨事だけど、歓迎されていなかったというわけではなかったとも思っていいのか。

 いやここはポジティブにいこう。いつまでもマイナスなことばかり考えていたっていいことなどひとつもないはずだ。

 そうと決まれば、よし、今日から馬肉食おう。好きになるまで食おう。


「あの」


 この学園乗馬部とかあったはずだからそれも見学に行こう。あと競馬を趣味にしよう。まずは手始めに帰ったらマキバオーでも見ようかな。


「……あの!」

「ぅおっと、はい」


 ウマナミなのね~♪ と頭の中で歌っていると、突然横から大声が聞こえたのでビビりながらも顔を向けると、さっきまで俺の心を抉り続けていた人が俺を見降ろすように立っていた。

 まさかこの人に話しかけられるとは思ってもみなかったので、返事はしたけれどたれ蔵ナミに呆けた顔をしていたと思う。


「えーっと……どうしました?」


 ついに直接恨み辛みをぶちまけに来たのか。……いやポジティブにいくって決めたばっかりだろ、なにバカなことを考えてんだ俺は。


「さっきはごめんなさい。困らせるつもりはなかったの」


 じゃあなんだろう、と考えながら続きを促すと、彼女は気まずそうに謝ってきた。

 俺、そんなに苦そうな顔でもしていたんだろうか。


「細かいことを気にしてしまうのが私の癖で。それと大声を出して悪かったわ」

「あー……いや、別にいいっすよ。変なこと言った俺の方が悪いですし」

「そう……そう言ってもらえるならよかったわ」


 この学園に来てから色々あり過ぎて弄られるのにも結構慣れちゃってるし、それに俺がこれくらいで本気で凹むような男ならゼクスと邂逅した辺りで発狂してとっくに止めている。

 さっきのがまったく堪えなかったと言うと嘘になるが、まあなんとか耐えられる範疇だ。

 俺のメンタルがあとちょっとでも雑魚に寄っていたら普通に泣いていかもしれないが、今回は首の皮一枚とかそのレベルだとしても一命は取り留めたんだし、本人に悪気がないのなら文句を言うつもりもない。

 あと正直身に覚えのない理由で嫌われてるとか恨まれてるんじゃなくてよかったという安心感の方が強い。


「あっ、アカちゃん抜け駆けは感心しないよ」

「そうよ。部の共有財産なんだから」


 話していると次第に他の人達も集まって来る。

 ……部のなんたらはいろんな意味で触れたら負けだと思うのでスルーしておこう。触らぬ神に祟りはないのだ。


「アカちゃんってのは?」


 さっきの人のあだ名で間違いないだろうが、いつの間にか隣に座っていた料理部員Aに耳打ちして尋ねる。

 ちなみに本人は他の人達にもみくちゃにされていた。主に尻を。


「んーと、名前が朱音あかねだからアカちゃん」

「なるほど。アカちゃん先輩か。先輩で合ってるよな?」

「うん。私達以外はみーんな先輩だよ〜」

「もう、アカちゃんは止めてっていつも言っているでしょう。倉井さんも」


 聞こえてしまったらしい。

 セクハラから解放されたアカちゃん先輩は、嫌そうというか恥ずかしそうに顔を上気させている。もしかして名前だけじゃなくて顔が赤くなるところからも由来しているんじゃないか? なんて思ったけど、これ言うと間違いなく火に油なので口にするのは止めておこう。

 ぱんぱんと手を叩く音がして、俺含む皆の視線がその発信源に集中する。


「あの人は?」

「ふくぶちょーだよ〜」


 副部長……つまり野上先輩に続くナンバー2か。

 あの人が不在の今、実質この場で一番偉いというわけだ。


「皆、お喋りもいいけど結構時間が経ってしまっているわ。そろそろ始めましょう」


 副部長さんがそう言って机の上に包みを置く。それを見た皆が弁当箱を用意しだしたので、俺も倣って鞄の中を漁る。

 取り出だすはタッパーと水筒が二つ。

 カレーである。


「……あれ、そういや野上先輩まだ来てないけど?」


 てっきり全員が揃ってからだとばかり思っていたんだが、雰囲気的にもう食べ始めるって感じだよな。

 料理部員Aに対してそう尋ねると場の空気が変わったので、どうかしたのかしらと周りを見ると、視線の合った人は全員目を逸らし、音頭を取った副部長さんだけが気まずそうに俺の顔を見る。


「蒼歌は……」


 ―――気合入れ過ぎて、熱だして寝てるわ。

 副部長がそう言うと、料理部員Aが超申し訳なさそうな顔をして俺の肩に手を置いた。

 俺は水筒を落とした。

 たぶん占い師に見て貰ったら、身体中に女難の相とか出てると思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る