第70話 逆だったかもしれねェ……


「優。自転車の後ろと違ってバイクは横向きに座ったりはできないんだ。スカートを履いたままだとどうなるか、一度考えてごらん」


 じゃあなんだろうか―――そう思っている俺の代わりに、先生が諭すような口調で語り掛ける。それを聞いて、ああ言葉が足りていなかったんだな、とようやく自分のどこがいけなかったのかを理解した。

 今の言葉はきっと、それを分からせるため、ニノマエだけでなく俺にも合わせて向けられていたんだろう。


「あ……じゃ、じゃあセンパイが言ってるのって、ズボンとかに履き替えろってことですか?」


 むしろ他になにがあるんだよ―――と普段の俺ならそう言うところだが、今はその資格もなさそうだ。


「お、おう。それが言いたかったんだ」

「わ、わたしてっきり、乗せてやる代わりにパンツを見せろと言われているのかと……」

「誰がケツ乗せる代わりにパンツなんて要求するかよ、先生の前で」


 そんなゲス野郎滅んだ方がいいわ。女の敵を突き抜けて完全に犯罪者じゃねえか。しかしこれは何罪になるんだろう。痴漢か?


「先生の前で……!? ということは二人きりの時には……!?」


 痴漢の正式名称ってなんて言うんだっけな、強制わいせつ罪だったかしら―――なんてことを考えていたら、ニノマエがまた余計な一言を放り込んでくる。

 いや、もしかしたら順番は逆で、その言葉が飛び込んできたが故の現実逃避だったのかもしれないが。卵が先かみたいな話でよ。


「あのなあ……」


 一々反応するのにも辟易しているが、黙ったままで居てもそれはそれで変な話になりそうだ。


「優。悪ノリはそこまでにしておきなさい」

「はーい」


 ―――と、俺がため息まじりで返そうとした時にまたもや先生が先んじ、そんな先生の言葉にはやけに素直に従うニノマエ。

 出鼻を挫かれた俺は、パンツから話題を逸らしたいのもあってツッコミの代わりにそれを直接聞いてみることにした。


「二人の方も知り合いなんすか?」


 元々フランクなヤツだとは思っていたが、この二人の距離感はただの生徒と先生って感じじゃなさそうだ。先生の方はニノマエのことを名前で呼んでるし、そのニノマエの態度も、教師に対するものというよりもっと近しい相手とのそれに思える。例えるなら近所の姉ちゃんを相手にしている時とかそんな感じの。

 そういやルクルと洋食屋のウェイトレスさんの間にも似たようなことを思ったけど、あれも結局どうなんだろう。


「え? どうしてですか?」


 パイプ椅子の上で足をぶらぶらさせながら答えるニノマエ。クラフトの制服は結構ミニなので割と際どいところまでおみ足が見えているが、当の本人は気付いていないのかお構いなしで揺らし続けている。さっきは隠そうと必死に抑えていたくせに今は油断しまくりだ。


「いや……なんか親しげっつーか、ニノマエ風に言うとただならぬ関係みたいな感じがしてさ」


 しかしこれは指摘する方がセクハラ案件でヤバそうなのでスルー。見て見ぬふりというのは処世術の基本なのだ。なのでニノマエが気付かないことを祈りつつ、なるべく下を見ないように努めて言葉を続ける。

 

「おー、古畑ですねセンパイ。その通りですよ」


 うんうんと足の動きと連動する振り子のように頭を揺らすニノマエ。婉曲な上絶妙に古いチョイスだが、きっと正解と言いたいのだろう。


「なにを隠そう、私は先生……明奈さんとは親戚なんですよ!」


 背後からばばーんと文字付きの効果音が聴こえてきそうな勢いで、ニノマエは胸を張って宣言する。威張る要素がミリも見当たらないが、そういや先生の下の名前は明奈さんだったな。自己紹介の時に一度聞いたけど、まさか異性の先生を名前で呼ぶこともないしで忘れかけていた。……ついでにニノマエの名前も、さっき先生が口にするまで記憶から消え去っていたり。


「ほーん」


 ということはさっき俺が診察中だと思ったのも、ただ親戚の姉ちゃん相手にダベりに来ていただけか? まあそうじゃなかったら俺を引っ張ってこないよな。ニノマエは確かにグイグイ来るやつだが、怪我や病気、ただの不調だろうと保健室で相談するような話はかなりプライベートなものだ。女子校なら性別に起因するアレの可能性もあるし、どれにしたって知り合ったばかりの男に聞かせるようなものじゃない。というか最後のだと俺の方が困る。


「ちょっ……なんですかその投げやりな反応は! 自分から聞いたくせに!」

「いや普通過ぎて……」

「普通のなにが悪いんですかー!」


 納得いかないのか、声を荒げていっそう強く足を揺らすニノマエ。ガタガタとダイナミックに揺れるパイプ椅子くん、ギリギリ見えないパンツさん。


「いや……悪くはないはずなんだけど、普通じゃないのが普通な世界だと普通こそが異常みたいな」

「なにを言ってるんですか……?」

「俺もわからん」

「センパイ、やっぱり頭を……」


 かわいそうなものを見る目になるニノマエ。しかし今のは言った俺もよくわかってないので、そうなっても仕方ないと自分でも思う。

 だからスルーして、先ほどから俺達を見守る保護者のように沈黙している先生の方に話を振る。


「つーわけで先生。近いうちマジで走りに行きましょうね。今週末とかでもいいっすよ」


 本当は明日でも、なんなら今晩でもいいくらいだけど、先生には仕事があるからな。時間に融通が利く俺の方が合わせるべきだろう。ちなみになにが“つーわけで”なのかは、話を逸らそうと適当に言ったのだけなので俺にもよくわかっていない。


「週末か……まだ予定がどうなるかわからないから、行けそうならメールをするよ。それでもいいかい?」

「りょーかいっす」


 とくれば三十六計逃げるに如かず。ニノマエとの話題は有耶無耶にしておこう。


「よし。んじゃ俺、街に行ってきます。ニノマエもまたな」


「あっはい。急いでるって言ってましたもんね。センパイ、今度乗せてくれるの楽しみにしてますからね!」


 どうやらニノマエの中では後ろに乗ることは確定事項らしい。そりゃ別に構わないんだけど、約束まではした覚えはないんだが……でも言うだけ無駄な気がする。

 けど学園には自分の分しか持って来ていないから、買い出しのついでにヘルメットも見に行くか。

 多分真露が自分のを持ってきてるだろうからそれを借りるのもアリだけど、俺の直感が誰かを乗せるのは一度や二度で済まないと囁いている。その度に一々声をかけるのも面倒だし、俺の記憶だとあいつ結構気にいってて部屋に飾ったりしていた気がするしで、ずっと借りっぱなしにするのも悪い。それならいっそ用意した方が楽だ。

 ……まずは銀行だな。手持ち絶対足りねえわ。

 俺は駐車場までの道中グーグルマップくんと睨めっこをし、エンジンを掛けてから学園のコンビニにATMがあるらしいことを思い出した。

 そして街まで走っている間、先生とは電話番号だけでメアドを交換できていないことも思い出してしまった。まあSMSがあるからいいけどさ。

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