第54話 学食が俺を待っているんだ。
「ゆ~る~し~て~!!」
「ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
足を持っているわけじゃないから見た目ほど気持ち悪くはないはずで、なんならキン肉バスターと同じく技をかけている俺の方がしんどいような気もするけど、振り回された電波は悲鳴をあげながら命乞いをする。
本家の掛け方で万一手え滑らせたらヤバイからな、ちゃんと腋の下から手を入れて安全対策は充分よ。
「みらいちゃん、次わたしも!」
「アトラクションじゃねえよ」
貴様にかけると手が当たる。これは平たい族専用のフィニッシュ・ホールドなんだ。
「なら、その次は私だな」
「だからやらねえよ……っと!」
真露はともかく、ルクルの野郎も前方なんたらの時といい結構子供っぽいのが好きだよな。
そんなことを考えながら、締めに回転の勢いで上に放り投げた電波を地面に落ちる前にキャッチする。
「反省してるか?」
「うう……目が回る……ごめんなさい……」
「よし。……まあ実はそんなに怒ってるわけじゃないんだけどな」
心配だから騒いでいただけだろうし、噂を流したっていう自覚も今までなかったんじゃないか。
……なら、うん。今の俺は久々に運転できて機嫌がいいし、これくらいで許してやろう。
それに小さい子供のやったことに目くじら立てるのもアレだしね?
「……そうなの? よかっ……待って、じゃあなんでわたし振り回されたの?」
「なんとなく的なアレで」
そこに山があるから、みたいな。
「なんとなく……」
「まあ、こんな噂しばらくすりゃ消えんだろ。変に意識してる方がなんかあったと思われそうだし、俺は気にしないようにするから皆もそんな感じでよろしく。……あっそうだ、それよか土産買ってきたんだよ皆に。大したもんじゃねえけど、渡したいから寮に行こうぜ」
電波だけならともかく、これだけ手芸館のメンバーが揃っているならあっちで渡す方がリュックも降ろせて俺も楽だ。
部外者の立ち入りが制限されているって話だったけど、まあ寮長の三星さんが俺の提案になにも言わないってことは大丈夫なんだろう。
よく考えりゃ中等部のニノマエだって堂々と入っていたしな。部外者というのは手芸館の寮生以外も含んで指すのではなく、校外の人間を言うんだろう。
……そういや電波ってクラスは同じだけど寮で見た覚えがないよな。真露と同じ寮なんかしら。
いや、そもそもこの学園に寮って何個あるんだ? 後で誰かに聞いてみよう。
ということで手芸館に着いた俺は、さっそくロビーのテーブルにリュックをひっくり返して土産を並べていく。
ちなみに南雲のぬいぐるみと宝条先生の土産は別のリュックに入れているのでバレる心配はないと自分自身に捕捉しておくぜ。
「全部お菓子じゃないか」
ラインナップを眺めたルクルがそんな感想を漏らす。
食い
「いいじゃねえか、味は確かだぞ」
バラ売りもしていたから全部食べたけど、どれもうまかった。最近マジで食ってばっかだな……。
「えーっと……これがルクルで、これが三星さん、んで七生っと……」
「あたしにもあんの?」
「当たり前だろ俺をなんだと思ってんだ一人だけなしとかイジメかよ……んでこれが電波、真露っと」
名前を告げながらながテーブルの上に並べていく。一つ一つはそれほど大きくないが、五人分ともなれば結構な量だ。
「予算が死んでたから大したもんじゃねえが、心配かけたみたいだし貰ってくれ」
「それだと逃げちゃったよ派のあたしが貰っていいのか益々アレなんだけど……」
「細けえこたあいいんだよ」
「そう? じゃあ遠慮なく……ん、あんた達の実家って温泉街なの?」
「いや? こりゃ途中で一泊した観光地で買ったやつだ」
「ええ……」
「俺の地元は土産になるような物なんもねえんだよ。なあ真露」
「そんなことないよ!」
力強く否定されてしまった。
まさかあの街を隅々まで知り尽くした、私有地までチャリで走破してきたこの俺に知らない名物があるというのか?
「例えば? 言ってみろよ」
「ええっ!? ……えーっとえーっと……そうだっ、ゆるキャラのマサイくんとか!」
「自分で言ったくせになんで驚いてんだよ。言った手前が名前すら憶えてないじゃねえか。それにあんな化け物のグッズ貰っても困るだけだろ」
かつて起きたゆるキャラブームに便乗し、有名デザイナーに大枚を叩いて作らせたというクリーチャーは見事に爆死。なんの経済効果をもたらすことなく人知れず闇へ消えて行った。
人知れず消えたものをなんで俺が知っているかって? 一時期バイトで着ぐるみの中に入っていてその時に色々あったんだよ。時給は良かったけど二度とやりたくねえ。
ちくしょう記憶の底に封印してたっつーのに嫌なモン思い出しちまったじゃねえか。
まあいい。マサシくんの中身が俺だってことは真露にも伏せていたからな。ヤツの存在の片鱗が真露の口から出た時はビクッとしたが、俺とあの忌み子を=で結びつける証拠はなにもねえんだ。
……よし、じゃあ気を取り直してと。
あとは舞子さんと野上さんにゼクス、桃谷に南雲、それとこの前ロビーで話した四人だな。
ニノマエ達や南雲の分を用意するかは迷ったけど、せっかく知り合ったんだし、賄賂は人付き合いの基本だっていうしな。
ここに居ない手芸館のメンツは月曜まで待ちゃ夕食の時間に嫌でも顔を合わせるだろうし、そこで渡そう。
そんでゼクスだけは休み明けに新聞部まで持って行こう。一応手伝った身としては部員募集のビラがどうなったのかも聞きたいしな。……今日じゃないのは、長距離の運転で疲れた今あいつの相手をするのは正直しんどいからだ。
南雲と桃谷……は明日学校に行った時でいいだろう。
「荷物置いたら皆で飯行こうぜ。確か土日は寮じゃないんだよな?」
ということは学食の出番なはずだ。
運転はカロリーを消費するのでツーリング中に食べた食事はゼロカロリー。
土産選びは神経を使うので試食もゼロカロリー。
つまり、今の俺は腹が減っている。
うまい飯が俺を待っているのだ。
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