第52話 俺のじゃねえけどなあ!
朝日が昇る頃、バスは目的地である地元の停留所に着いた。
食後から時間が経っているというのに眠れていないため腹の苦しさは相変わらずで、膨らみこそ収まっちゃいるけど内臓を酷使した感が半端ない。
婆ちゃん達と叶さんに別れを告げてバスを降り、太陽に目を細めながらさあ次は電車だと伸びをして気合を入れていると、叶さんが俺を追って外に出て来た。
「あれ、どうしたんすか?」
旅の別れを惜しむなんてキャラじゃねえよな。
「休み明け学校帰った時にさ、京にこれ渡しといてくんない?」
「はあ。そりゃいいっすけど、なんすかこれ」
「あの子の入学祝に渡すつもりだったんけど完ッ璧に忘れててさあ、悪いんだけど頼めない?」
「いいっすよ」
入学祝……にしてはでっかい箱だな。
そしてサイズの割に軽い。
「で、もっかい聞きますけどなんすか? これ」
上下に揺すり再度問う。
ガサゴソと鳴る音にはやはり重量を感じられず、割れ物の可能性を考えなかった自分の浅はかさには後から気付いた。
「んー……ぬいぐるみ?」
「……ぬいぐるみ」
「えっと、なんかあの子ん好きなアニメに出てくる妖精のぬいぐるみらしいんだけどさ、からかいすぎて自分じゃ買えなくなっちゃったみたいなんよねえ。その
「買うだけ買って渡すのを忘れたと」
「うん」
よくこんな大きい荷物忘れられますね。
「それ関係ない俺から渡したら火に油じゃないっすか?」
「梱包して中身見えないから大丈夫っしょ!」
本当に?
まあ叶さんがそう言うなら俺はいいけど……。
でっかい箱だけど、リュックで背負ってけばバイクでも運べるだろうし。
「南雲に俺が渡しに行くこと連絡しといてくださいね」
じゃないと絶対めんどくさいことになる。
「あーい」
運び賃ね! と押し付けられた芋けんぴとかりんとうを交互に咥えながら、俺は改札に向けて今度こそ歩き出した。
バスを出る時に婆ちゃん達にも色々貰ったから腕が重い。……俺はそんなに食いしん坊キャラに見えるんだろうか?
そしてバス停に併設された駅から電車に乗って揺られること一時間。
それを降り早足で行くことの三十分。
一週間も経っちゃいないが、懐かしき我が家の敷居を跨ぐ。
まだバイク屋も開いてない時間だし、とりあえずちょっと寝よう。
ベッドに飛び込み埃が舞う。しばらく使ってないだけで結構溜まるもんだななんて思いながら、俺は早々に意識を手放した。
◇
「……んあ」
ポケットからスマホを取り出し……充電切れてるんだった。
リビングに出て時計を確認すると、正午を少し回ったころだ。
地元の誰かと遊ぼうか、なんて考えていたけど連絡する手段がないし、さて。
家族の部屋を探せばUSBケーブルの一本や二本出てくるだろうけど、身内とはいえ本人が居ない間に部屋を漁るのもな。
……そういや朝帰ってきた時からずっと人の気配がないけど、どっか出掛けてんのか?
わざわざ家電で掛けてまで確認すんのは面倒だけど、物取りが入ったと勘違いされても面倒だから書置きだけ残してバイク取りに行くかな。
ついでにリュックに入りきらん婆ちゃん達にもらったよくわかんねえお菓子も置いて行こう。
『一度帰ってきました。学園の方のお土産です。俺だと思って食べてください。未来より』
……っと、これでよし。
よしだけど、文面の最後に俺の名前を付けると時空を超えたみたいだな。
俺は南雲の荷物と大量のお菓子を詰め込んだリュックを背負い、鍵とメットを手に取って颯爽と家を出た。
バイク屋の場所はここから近く、駅とは逆方向に十分ほど歩いたところに在る。
運転すんの二週間ぶりくらいか……引き取ったらまずはガソリン入れにいかないと。人間と同じでバイクも飯を食わないと動けないからなウフフ。
んでその後は……もう帰っちゃおうかな、学園に。
一人で遊ぶような場所もあんまねえし、あったとしてもなにが悲しくて帰省してまで一人で遊ばにゃならんのだっつー思いが絶対頭から離れないと思う。特に学園までの帰り道とかなにやってんだろう感に殺されるまである。そういった寂しいのに俺の豆腐メンタルは耐えられないのだ。
なんか食うにしても、悲しいことに懐かしさとか慣れ親しんだ味とかを加味しても地元の飯屋より学園の飯の方がうまい。まあそもそも腹は減っていないんだが。
……マジで留まる意味ないじゃん。
なんかこのまま学園の方で就職して人生で数えるほどしか帰ってこないとかありそうな気がしてきた。
今の内に我が故郷の街並みを目と心に焼き付けておこう。
特徴なさすぎて来年あたりにはそこらへんの景色と混濁してそうな気もするけど……うん。
そんな風に一抹の寂しさを覚えつつ人間っていいなを口ずさみながら歩いていると、ほどなくして目的地へ辿り着いた。
店内に足を踏み入れると、洗車していたおっちゃんが俺に気付いて声をあげる。
ヘルメットをかかげて要件を告げると、おっちゃんは作業する手を止め店の奥へと消えて行き、しばらくして我が愛車と共に現れる。
ニーハンは車検がない分整備の頻度はユーザーの加減に任されている。だから出さない人は本当に出さないんで状態の個体差がすげえんだ。
その点こいつは俺が譲り受けるまでワンオーナーで、新車として売りだされたのもこの店だ。前の持ち主は俺ともここのオーナーとも知り合いというかぶっちゃけ真露の親父さんなので状態がかなり良かった。
そして俺も走行距離3000kmにつきに一回は自分でオイル交換、三か月に一回は簡易整備に出す溺愛ぶりだからご機嫌なもんよ。
そんな感じなので、さっそくスターターを押してセルを回すと錯覚かもしれないが整備に出す前よりもいい感じに掛った……ような気がした。
んじゃ帰るか。
プランB、道中どっか泊るプチ旅行だ。
◇
「ちょっと荷物見せてくれるかな?」
「はい」
そして帰り道。
なんか検問的なやつに引っかかった俺は、警官にリュックの中身を改められる。
「これは?」
「ぬいぐるみです」
「ぬいぐるみぃ?」
プレゼント用に包装された箱を取り出し、怪訝そうな声。
まあいい年した男がぬいぐるみとか言ったらアレなのはわかるけどさ、そういう趣味の人が居たっていいだろ。
「なんのぬいぐるみかね?」
「……えーっと」
なんて言ってたっけ、叶さん
アニメのだったよな……で、なんの?
答えられない俺の様子を不審に思ったのだろう。
「ラッピングを開けさせてもらってもいいかな。最近ねえ、君みたいな年の子を運び屋にする事件が多発しててねえ」
「……どうぞ」
言葉こそ任意だが、これ断ったら絶対面倒なことになるんだよな。
びりびりびり。
ごめん叶さんと思ったけどよく考えるまでもなくとばっちり受けてる俺の方がかわいそうだよね。
ポリスメンは俺の顔とぬいぐるみが入ったペッケージを見比べてきっしょ……みたいな顔を浮かべ。もう行っていいよと手を振った。
ヒロインのフィギアよりマスコットのぬいぐるみの方がガチな感じがしてヤバいよな、うん。でもそれ俺のじゃないんですよ。
……俺のじゃねえけど、ちくしょう凄え恥ずかしい。闇落ちしそう。
「……い」
旅の恥は掻き捨てというが、未来ちゃんはそういうのダメな人間なのだ。
「妹のプレゼントなんすよねえ!」
俺のじゃねえけどなあ!
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