第39話 デュエリスト多すぎるだろ。

 羞恥心の欠乏した真露と、そうでない桃谷と別れ、俺達三人はE組の集合場所に向かった。

 二人は同室だけあってクラスも同じらしく、桃谷は強引に手を取った真露に連行されるように消えていく。

 一昨日なんて俺とルクルの二人を軽々と引きずってたし、胸がでかいだけあってほんとパワフルだよな。身体は小さいくせによ。

 しかしありゃ俺より恥ずかしな。おかげでこっちの羞恥はちょっと薄れたが。

 ありがとう桃谷、君の犠牲は忘れない。アーメン。

 ……さて。クラスごとにスペースが区切られているとはいえ厳密な席順は決められていないらしく、先に来ている連中は思い思いの場所に着座している。そのせいで空席が目立つが、俺達のクラスに限らず二人組が多いのはルームメイトと一緒に来てそのまま座っている奴等が多いからだろうか。

 最後に来た俺達は、ルクル、俺、電波の順でE組と書かれた立て札が置かれている観客席の最後尾に座った。

 うん、観客席だ。折り畳みのパイプ椅子とかじゃない。

 体育館なんて言っておきながら、その内装は外観通りで完全にスタジアムである。板張りのフィールドを三百六十度囲むようにして、跳ね上げ式のスタジアムシートが設置されている。

 流石に何万人も収容できるようなガチのサイズじゃないけど、千人くらいは収容できそうなスケール感。

 俺達が座ってしばらくすると、選手用の入場ゲートから先生達が現れて短い挨拶を述べる。それが終わると、今度は同じようにして生徒達が続々フィールドに現れた。

 十人……二十人……。あの人達は部長や委員長だろうか? 流石お嬢様学校なだけあって種類も豊富だな。敷地が広いから場所を取るような運動系の部活もスペースを食い合うことがないだろうし、ほんといい環境だ。

 現にこのスタジアムだって、同時に五つ六つの部活が活動するのに不自由しない広さがある。

 ……んん? えっ、まだ増えんのか?

 俺がそう思っている間にもその数は続々と増えてゆき、最終的に並んだ生徒の数は五十人近くに上った。部活と委員会、両方の合計だとしてもかなりの数である。

 そんな彼女らの登場が落ち着いたところで、舞子さんが先生からマイクを受け取った。

 そうか、あの人生徒会長つってたもんな。こうして実際目にするまで半信半疑だったけど、三星さんがちゃんとしていると言うだけあって俺達新一年生の前に立つ姿は堂に入ったものだ。


「生徒会長の六車舞子です。皆さんおはようございます」


 普段からデカい声なだけあって、マイクを通した舞子さんの声はよく通る。


「早速ですが、部活動の紹介から始めていきたいと思います」


 短い挨拶を終えた舞子さんがそう宣言すると、フィールドの列から一人が前に出た。


「まず一つ目は、コンビニ部です」


 おー、七生が入ってるやつだな。時給1200円の。

 これはちょっと興味があるから真剣に聞いておこう。


「まずは皆さま、入学おめでとうございます。ただいまご紹介に預かりましたコンビニ部部長です。中等部の方はもちろん、入試を受けた方の中にも既にご存知の方は居られるかと思いますが、この学園の敷地内にはいくつかコンビニが営業しています。私達コンビニ部は社会勉強の一環も兼ねて、そこでアルバ、接客やマーケティングなどを部活動として行っております」


 おい、アルバイトって言いかけたぞあの人。

 しかし接客とマーケティングとは、物は言いようだな。

 この学園を出た生徒の九分九厘はそんなものを活かせる仕事に就くことはないように思えるが、まあ人生経験という意味では無駄になることもないだろう。

 それから業務ないよ、いや活動内容、そして時給、いやポイントなどについての説明が続く。

 ちなみに今俺が詰まったところは、あの部長が実際に詰まっていたところだと付け加えておこう。

 そんな本気なのかふざけているのかわからないようなコンビニ部の紹介が終わり、マイクをリターンされた舞子さんは次の部活の名を告げる。


「続きまして、ヴァンガード部です」

「は?」


 ヴァンなんだって?

 ヴァン……ガード?

 ヴァンガードってあれか、カードゲームの。

 いやんなわけねえよ。俺が知らない英語とかフランス語のなんか凄いお嬢様ワードだろ。ヴィレッジヴァンガード的な。


「えー、ただいまご紹介に預かりましたヴァンガード部部長、坂東です。私達は元々カードゲーム研究会という部活に属していたのですが、理由わけあって袂を分かちました。ヴァンガード部はその内の一つです」


 あっやっぱり合ってたわ。

 違ってて欲しかったけど。


「世界的に見ますと、アメリカなど欧米諸国ではMTG、日本でいえば遊戯王などを皮切りとしてカードゲームは瞬く間に広がり―――」


 名前を聞いた瞬間、俺は聞き流そうと思った。しかしだ。

 活動内容はおちゃらけたもののはずなのに、カードゲーム史から始まった話の内容は意外と興味を惹かせる内容で、俺どころかこういったものに興味なさそうなルクルなんかも真剣に耳を傾けていた。電波に至っては前のめりで、このまま入るんじゃないか? こいつ。


「以上です。ありがとうございました」


 頭を下げるヴァンガ部部長に、コンビニ部の時と同じく拍手が上がる。

 ちくしょう名前を聞いた時はばかばかしいと思ったはずなのに、普通に聞き入ってしまった。

 ……しかしそれとこれとは話が別よ、次の部活だ。


「えー、では続いて」


 坂東部長からマイクを返してもらった舞子さんが次の部活の名を告げる。

 うん、次にかけよう。


M&Wマジックアンドウィザーズ部です」


 遊戯王じゃねえか洒落た言い方してんじゃねえよ。

 はい次。

 次。

 ……次。

 次ィ!!



 まさかカードゲーム関連の部活が立て続けに五つも出てくるとは思わなかったぜ。

 あんたら一つに纏まりゃいいじゃねえか。カードゲーム部なら前の学校にもあったし、珍しいけど現実的だろう。いや最初にヴァンガ部の部長がカードゲーム部が分裂したって言ってたな、くそっ入る気は微塵もないけどその理由だけ気になる。なにがあったんだよ。

 ……まさかこの先もこんな調子でコロコロコミックみたいな部活が続くんじゃねえだろうな? 頼むぜ舞子さん。


「ベイブレ―――」


 違う、そうじゃない。確かにカードゲームからは外れたけど、この学園は根本的ななにかが狂っている。しかもカードゲームは別れてんのになんでベイブレードは無印とメタルとバーストで別れてないんだよクソ。つーかホビー関連はまとめてアナログゲーム部とかじゃダメなのか、この流れだとどうせあるんだろ?

 まともな部活はないんですかとツッコミの一つでも入れたくなるが、これまで演説した人達の語り口は誰も皆真剣そのもので、ふざけている様子はなかった。

 お嬢様っぽい部活とまでは言わないけど、テニスとか吹奏楽とかそういった一般的なものはないのか?

 そんな俺を嘲笑うかのように、思い描いていたような普通の部活が登場したのはミニ四駆部だとか色物の屍が十数個積み重ねられた後だった。ちなみに、乗馬や華道などの俺が考えていた嬢様っぽい部活も一通りあったが、前半のインパクトのおかげであまり印象に残らなかった。

 それらが終わり、次に始まったのは委員会の紹介だ。流石にこちらにふざける要素はないのか、図書委員や保健委員など真面目なものが続く。

 そんなこんなでアレな部活が多すぎて胸焼けしそうだった紹介の時間は無事終わり、俺達は一度教室に帰ることになった。

 つーかゼクスの姿が見えなかったけど、新聞部は大丈夫なのか? あいつこのままじゃ廃部になるって言ってたけど、せっかく与えられたアピールの機会を逃しちまってどう部員を集めるつもりなんだろう。


 ◇


「う~む」


 部活動の説明を聞いていて、俺には一つ、どうしても気になることがあった。

 なのでルクル達に断りを入れて一人になり、教室に戻るまでの道すがら加入先の選定そっちのけでそれについて考える。


「う~む……」


 しかしいくら考えても答えは出ず、思考は堂々巡りを繰り返す。

 かと言ってデリケートな部分もあるので、易々と誰かに相談できる話でもない。


「う~む……どうしてだろう……」


 そんな風に下を向きながら考え込んでいたせいで、ふと気付けば足元に誰かの影が差していた。


「おはようございます、倉井くん」


 唸りながらひとり言を呟いていた俺の前に現れたのは、昨夜にそう宣言していたゼクスだ。

 前を見ていなかったせいで危うくぶつかりそうになったぜ、危ない危ない。そんなことになれば慰謝料として新聞部に入れとか言われそうだしな、よく気付いた俺。


「なにやら悩んでいるようですね。その疑問、私がお答えしましょう」


 あれ、口に出しちまってたのか。唸っていた自覚はあったんだけど。

 なんにせよ遭遇したのが知り合いでよかった。知らん人に見られていたら“あいつ地面見ながらなんかぼそぼそ言ってたぜ”とか噂されちゃってたかもしれん。

 いや違う、そういう話ならゼクスは最悪の手合じゃねえか。

 しかし聞かれてしまったものは仕方ない。それにこいつは新聞部っていうくらいだから学園のことはよく知っているはずだし、相談する相手としてはベストかもな。


「知っているのか、ゼクス」

「今の私は雷電とお呼びください」

「……? おう? 何言ってんだゼクス」

「……」


 つーんと明後日の方を向くゼクス。


「……知っているのか、雷電」

「!」


 ぱっと嬉しそうな顔をするゼクス。いやおまえがそれで満足するならいいけどさ。

 めんどくせえやつだな。


「で、何が知りたいんですか?」

「おちょくってんのか?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ! ささ、話してみてください」

「やっぱ気乗りしねえなあ……」

「そんなこと言わずに、ほらほらほら」

「はあ……まあいいや。これは俺の友達の話なんだけど」

「はい!」

「そいつは中等部からこの学園に通ってるやつなんだが」

「ほう」

「サブカル関係の趣味を持ってんだよな」

「ほうほう」

「そういうのいらないから最後まで黙って聞いてくれる?」

「ごめんなさい」

「……それのせいで浮いちまってずいぶん寂しい思いをしてきたらしいんだが、さっきの紹介を聞く限りだとベイブレード部や遊戯王部とかずいぶんアレな部活がいっぱいあるし、この学園はずいぶんとそういうのに寛容っつーか……むしろ好んでるやつが多そうなのに、なんでなのかなってさ。まあ、流石におまえもそんなこと―――」

「ふむふむ……わかりましたよ!」

「———わからないよなあ。えっ、わかったのか? マジで? いつもみたいに適当なこと言ってないか?」

「いえいえ、まずこれで間違いないと思いますよ。というか失礼じゃありませんか?」

「凄えな、じゃあ教えてくれ」

「ええとですね、倉井くんも知っての通り、この学園は高等部から一般入試の生徒さんも入ってきます」

「おう、俺みたいなやつな」

「小等部、中等部と上がってきた生徒は、そこで初めて外の人達と関りを持つわけです」


 始めてっつーとずいぶん大げさな気がするけど、まあ子供の内ってのは学校が生活の中心だからな、その機会は少ないだろう。箱入りのお嬢様連中だし、文字通り俺達みたいな庶民とは住む世界が違うというわけだ。


「で、ですね。それと一緒にそれまで体験してこなかったような遊びなんかも学園に入って来るわけですよ。倉井くんの言うカードゲームやベイブレードは楽しいですけど、お嬢様が遊ぶイメージってないですよね?」

「そうだな。お嬢様ならやっても独楽コマとかトランプだろうな」

「倉井くんのお嬢様象もどうかと思いますが……まあ、今はいいでしょう。それでですね、今まで知らなかったような遊びを大きくなってから知ってしまった人ってどうなります? あ、一般論でいいですよ」

「それまで知らなかった分、反動でドハマりするとか? あー、そりゃよく聞く話だな」


 若い頃に遊ばないまま育ったせいで限度と加減がわからくなるという話は俺も聞いたことがある。でもそりゃ酒と女と博打の話じゃないのか。


「正解です!」

「いや待った。それに当てはめるとこの学園はダメ人間の養殖場ってことになるんじゃねえか?」

「逆ですよ! ここの生徒はわりと純粋な人が多いですからね、大人になってからそうならないよう、今の内に色々なことに触れさせておくんです! その一環で高等部の部活は割とカオスなことになっているんですよ。まあ生徒の中に玩具とかカードを作ってる会社の社長令嬢が居たりもするんで、大人の事情的な側面もあるみたいですが」

「はえ~……」

「そんなこんなで、高等部の生徒は二年、三年にもなるとわりとおおらかというか、大抵の趣味は受け入れられるようになってるんですよ」

「なるほどなあ……」


 ふざけた部活が乱立しているのにもちゃんとした理由があったんだな。まさかこれほど真面目な話になるとは夢にも思わなかったぜ。


「ありがとなゼクス。おまえのおかげで謎が解けたぜ」

「雷電です。あっそんなめんどくさそうな顔しないでくださいよ、真剣な雰囲気してたから気を使って答える代わりに入ってくださいよとか言わなかったんですからあ!」


 しかしよかったじゃねえか電波。これならおまえの居場所もありそうだぜ。


「ツッコミ待ちだったんですけど、今の……」

「え? ごめん、聞いてなかった……」


 なんかムキーってなったゼクスが手袋を地面に叩き付けた。ヒステリックなやつだな。


「そういや部活紹介の時姿が見えなかったけど、どうしたんだ?」

「聞いちゃいます? それ聞いちゃいます?」

「今後悔してるところだけどな」

「実はですね、昨日倉井くんたちと遅くまで話していたせいで寝坊したんですよ。……どうすりゃいいですかね!?」

「知らん」

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