第5話
彼女の握りしめた拳から指を一本づつほぐしていく
俯く彼女の顔は見えない
手のひらから、ひとつ
欠けた白と黒のモノトーンのゆび先
つまみあげて、話しかける
「こいつから、伝言。」
「え」
痛々しい涙の跡と驚いた顔
「どういうこと?慰めようとしてくれてるの?」
そんな悲しい顔で笑わないでくれ
悲しみのカタチの笑顔
「「礼を尽くす心に宿るのは神様かな
それはわからないけど私は
君をずっとみてきたよ
君の隣で
君のひたむきなオトを聴いてきたよ
これまでありがとう
そしてそうそう、あの人から伝言
「何より自分の心に宿った物を大切にしなさい」
「君のカタチが君を作るんじゃない
君の心に宿ったものを君のカタチにするんだ」「翔は翔らしく、頑張れ」」
訳のわからないという顔をしていた彼女の目が見開かれる
「どうして…え?爪?なんで父さんの言葉を知ってるの」
彼女の言葉を無視して、続ける
「爪と話してきたなんていうと冗談みたいに聞こえるのは仕方ないしさ、こいつが言いたかったことはただ平凡なことで、こいつは、山田は…ずっと君の幸福を願ってるみたいだった。それを俺に託そうとしてた。でもそれは君の周りのみんなの願いでもあるんじゃないかな。」
俺があの滑稽な誘拐騒動のことを話している時、彼女は隣に座って静かに聞いていた。時々クスクス笑って、でも、カタチという単語が出てくると長い睫毛を震わせていた。俺が話し終わると、彼女も自分のことを話しはじめた
昔から男勝りだったこと
女の子を好きになって性を自覚したこと
筝の爪を大切にしていたこと
理解者だった父親の死
自分の本当の性別と、母に望まれる役割の不一致
そして女のふりをして「適応」「擬態」してきたこと
「母さんのカタチに機械的に合わせながら
わたし、1回も心に宿ったものを見せて欲しいと思わなかった
知るのが怖かったんだよ
1回も心に宿ったものを見せたことなかった
知られるのが怖かったんだよ
父さんの不在はそれ程大きい穴で
得体の知れない怖さだった
でも今ならわかる
母さんのカタチにあわせることで彼女を大切にしているつもりだったけど
1番大事なものに背を向けてきた
自分の心に宿ったものをこんなのいらないって蔑ろにしてた
母さんの心も、自分で想像してた
本当の母さんと気持ちは置き去りにしてた
これでこれから何かが180度変わるわけじゃない
おとぎ話のその後と違って
「ずっと幸せに暮らしました」なんてない
でも
私は生きてるから
私は変われる
少しずつ変わっていける
そう信じたいから
だから
だから」
「見守っていて、ずっと。「私は私らしく」頑張るから。」
笑顔でフェンスから叫んだ彼女の横顔はとても綺麗で、スカッと晴れた青空が彼女の、いや、草刈翔子のこれからを暗示していて欲しいと、初めて人のために祈った
「悲しみのカタチの笑顔」?
いや、
草刈翔子は決意するとき笑う人だ
強い強い人だ
ああ今
なんとなく分かった
彼は、伝言ゲームに俺を混ぜることできっとこれが私たちの問題であることを伝えたかったんだ
本当に変わるべきなのは誰なのかを問うていたのだ
「そう全てカタチカタチカタチ
だって私たちはカタチしか見れないのだから
悲しみのカタチの涙
喜びのカタチは笑顔
そこにさ
カタチに齟齬がある人がいたら?
悲しみのカタチの笑顔
喜びのカタチは涙
丸が四角
四角が丸
それは責められることでも褒められることでもなく当たり前に受け止められるべきもの
だってそう思わないかい?
私と同じように生まれてきて
乳を吸って大きくなって
何が罪なのか恥なのか
それを恥とする社会が恥ずかしい
ただの違和を違和感にする
ただの差異をあげつらう
それはいつも「私たち」
ねぇ
君が眼鏡をかけなくても
眼鏡をかける人が黒板が見えなくてこまっていたら
自然にノートを貸すように
眼鏡をかける人に向けるまなざし、かける言葉に違いがないように
違う性別に振る舞うことが
同性と恋愛することが
どうして受け止められない?
そこで気がつくんだ
これは
「私たち」の問題だ
カタチしか見えないことに奢るのも人なら
想像で人を癒すのも人
「さあて、あなたはどっち?」
これは私たちの物語」
つめのオト 知世 @nanako1123
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