第10話

 南砺の散居の姿もカイニョの姿も変わらない。

 生まれた時から、生まれる前から同じ景色。

 その中で私は育ち、成長をしてきた。

 そのはずだ。


 それなのに、私の日常に大きな変化などない。

 特に運動も出来るわけでもないし、勉学に励んでいるわけでもない。

 もしかしたら、中学生になったら多少意識が涌き出るだろうかと考えたがそんなことはなかった。


 変わったことと言えば、胸に膨らみがでて、短い髪を伸ばすようになったこと。

 少し大人になった。

 だけどまだ同級生の男にときめいたりしない。恋を知らない。


 そんな私が、働くということになったとき一番に驚いたのは母だった。その次に姉。


 家に帰宅すると姉は私の部屋を掃除してくれていた。

 彼女は小さい頃から、母の家事を手伝っている。家中の部屋に掃除機をかけたりしている。

 姉曰く、綺麗好きだから掃除は自分でしないと気がすまないんだよ。と言っていた。


 それでも凄いと思う。

 私はそれを横目で見るしかない。


「おっ、那古お帰り!」


 私の姉、亜子はそういう。


「……た、ただいま」


 私は背中を丸めて言う。

 正直に言えば、姉は私の苦手な人種でもある。佐野さんみたいな人種。


 茶髪に染められた髪、淡く揺られた口紅。ツンと鼻に刺さる甘めの香水。


 彼女は大学時代に名古屋の女子大でファッションについて学んだ。そして彼女は卒業後「栄の空気は会わない」という理由で富山に帰ってきた。


 そのまま彼女は富山で就職。今は実家暮らし。


「あんた、高校生になっても覇気がないわね」


 うるさい。

 そう思う。


 でもその通り。私は未だに周囲の人間と距離をおいてしまう癖がある。


「そんなんだと彼氏の1人も出来ないでしょ」


 別に作りたいと思わない。

 作ったところでデートなどの出費がかさむだけではないか。


「そういや、バイト先にイケメンな店員とかいた?」


 私は首を振る。

 いたとしても、首を縦に振ることなどないだろう。姉が店に来てもらったら困る。


「そっか」


 姉は、ベッドに腰をかけた。


「それにしても那古がバイトを始めるなんて。あの泣き虫の那古が」


 やはり姉も私のことを意外に感じていたのか。

 週一で中学校を休む、不登校に足を踏み入れかけた私が高校生になってからバイトを始めるだなんて。


 ただ、もう既に辞めたい。

 そのようなことを考えてしまっている。

 しかし辞めれない。


 それこそ、諏訪さんが私を殴ったり暴言を吐いたりしてくれればパワハラを受けたという理由で辞めることが出来るのかもしれない。


 しかしそれをしてくれない。


 店自体も、お客さんがそこまで多いというわけではない。特別忙しいというわけでもない。

 事実、佐野さんは何度勤務中に欠伸をしたことだろうか。


 どこかのチェーン店のように行列が出来たりもしなかった。バイトの中では恐らく楽な部類であるだろう。私の立ち位置なら。

 そこで辞めるとなると、誰がどうみても私が逃げたということになる。


 だから姉にバイトを辞めたいと言えるはずなどなかった。


「どう、バイト楽しい?」

 

 しかしそれを聞かれたら、私は全力で首を振る。


「まぁ、お金を稼ぐってそういうことだよ」


 と姉は笑みを浮かべながら言った。

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