第11話

 お金を稼ぐことはこんなに難しいことなのか。私は考えたことがなかった。

 当たり前に食事をしているのも、実は当たり前じゃない。食事をするのにもお金がいる。

 そのお金を稼ぐには、ある一定以上のストレスを自ら抱えにいかないといけない。


 ずっとちゃらんぽらんだと思っていた姉も実はとてつもない人だと思ってしまう。


「……凄い」


「? 一体何が?」


「生きている姉ちゃんが」


「どういうこと? 哲学的な難しい話?」


「私も生きたい」


「那古も生きているじゃん。今を」


「今を生きたいんじゃない。未来を生きたい」


 姉は首をかしげる。


「今日、初めて働いたから疲れたのかな? だからそんなわけの分からないことを言ってくるのかな?」


 私は静かに首を振った。

 確かにバイトで疲れたというのもあるかもしれない。実際にまぶたがいつもよりも重い。姉がいなかったら私はこのまま布団にダイブをしていた。


「姉ちゃんはさ、服好き?」


「なに、当たり前のこといっているのよ。服大好きだからアパレルの会社に就職したんだし」


「それじゃ、仕事辞めたいと思ったことは?」


「そんなのたくさんあるに決まっている。ノルマが厳しい上司、しょうもないことで文句を言ってくるお客さん。あとうちの職場女性だらけだから人間関係とかも面倒くさいし」


「好きなことなのに」


「好きなことだからこそ辛いことだってある。好きだからこそ見たくないものが見えてしまう」


「見たくないもの?」


「そうそう。社会は思った以上に汚い。これは那古も覚えておいた方がいい。絶対にいつか役に立つと思うから」


 まだ15年程度しか生きていない私からしてみればその言葉の意味など知るわけがない。

 かと言ってそれが気になるというわけではない。むしろ出来ることなら関わりたくない。そのような気分だ。


 姉が仕事を苦に思っているということは以外だった。

 と思ったけど、確かにそうだった。


 彼女が社会人になって、一年目の時よくベッドに頭を沈ませていた。そしてシートに涙の海を作っていた。


 休みの日も、ベッドから出ない日々が続いた。あのときは、私も母も姉のことを心配していた。


 受験も部活も恋も今まで何も挫折しなかった姉の初めての挫折。

 そして私は社会というのは怖いと思った。働くのは怖いと思った。


「私コーヒーが嫌いになるかもしれない」


 そんなことを思い始めた。

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