第4話
「そんでさ、私の将来の夢って小説家になることなの」
と佐野さんが言ってくる。
小説家。
私の小説家のイメージと、彼女の姿が相反している。
小説家というと、和服で、黒髪で、おとなしそうなそんな人を想像する。
しかし佐野さんはどうだろうか。
和服よりも自分の背丈とほぼ変わらないぐらいの茶色のカーディガンを羽織ってそう。黒髪ではないし、渋谷のスクランブル交差点で歩いているような雰囲気だってする。
彼女のその姿からは、万年筆を握って筆を執ることや、パソコンでカタカタ文字を打っている姿など想像できない。
そもそもだ。
この佐野さんが珈琲が好きで、地元のカフェでアルバイトをする。そのようなことだって何だが違うような気がする。
そう考えるとこの佐野さんという人物は不思議な人物で、私を興味の沼へ引きずりこもうとしてくる。
「好きな小説家は川端康成、夏目漱石。特に古都という作品が好きかな」
以外だ。
せめて、甘酸っぱい恋愛小説が好きだと思ったら、(私にとって)やや小難しく感じる作品をあげてきた。
「心配しなくてもこたえんな。こいつはこいつで見栄を張りたいだけだ。大学中退して、大阪の企業に就職をして失敗して富山に逃げて、その惨めな自分を隠すために小説を使っているだけちゃ」
「別に見栄を張りたいわけじゃないし。大学を中退したのも、会社を辞めたのも自分のやりたいことをするためだし」
「その自分のやりたいことが果たして南砺にあるんけ? ないだろ?」
「うるさいうるさい。諏訪っちの意地悪!」
ぐぬぬと二人は喧嘩をし始める。
とそこで壁掛けの時計から緩やかなメロディーが流れる。時計を見る。
時刻は8時45分。
開店の15分前。
「ヤバっ。開店15分前ちゃ」
諏訪さんは部屋の隅の掃除道具をあける。そしてブラシを持つ。それを私に渡す。
100円ショップでも売ってそうな質素なプラスチックのブラシ。
「トイレ掃除しられ」
と、諏訪さん。
今まで一人暮らしも、家事のお手伝いもしていなかった私からしてみれば掃除する能力など無いに等しい。
だからこのブラシを持っても、私はどうすればいいのか分からなかった。
「早く! 開店前までに!」
しかし、諏訪さんや佐野さんは私にトイレ掃除を教えるような気配などない。諏訪さんはレジのお金を数え始めて、佐野さんは椅子でクルクル。
諏訪さんの声に気圧されて、私はトイレに向かった。そして誰も入ってこないように鍵を閉める。
果たしてこのブラシは便器の中を磨くものなのか。それとも床を磨くものなのか。
また、既に綺麗でお花畑のような臭いがするピカピカのトイレのどの部分を掃除すればいいのか。
それすらも分からない。
今までずっと母に家事を任せたツケがここに来た。
とりあえず家に帰ったらお手伝いをしよう。
私はそう心に決めたのであった。
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