第2話

 その少女は尻の付近まで延びている刺繍チュニックを着ていた。赤み帯びた短い髪。キラキラ輝くラメの入ったアイシャドー。その下をゆったりとなぞる黒のアイライン。濃く塗られた唇。

 世間的には奇抜とまではいかない。東京とか埼玉とか関東方面に行けばこれぐらいの人なんてうようよいるだろう。


 しかし、この商業施設すらも乏しい南砺では彼女の格好というのは奇抜である。

 まぁ、南砺から小矢部アウトレットは車で1時間もあればいけるし、そこにもなかったら金沢のフォーラスだってある。

 彼女みたいな服を買う手段は複数あるといえばある。


 ただそこまで大人っぽい服装をして、彼女にそのような雰囲気があるかと言えば首を傾げたくなる。

 小さな身長。恐らく化粧なしでも赤いだろうと思われる頬。それらがどこか子供らしさを感じさせた。


 多分だけど彼女はまだお酒も飲めない年齢であるのだろう。

 何となくそう思った。


 そんな彼女を、諏訪さんはみて額に手を当てた。


「ダラ」


 富山弁で馬鹿という意味を表す言葉。それを諏訪さんは短く吐いた。


 彼女の右手にはジンジャーエールのペットボトル。


「この子が新人さん?」


 そしてその少女は私の元へ来る。私は反射で体をビクンとさせた。


「ねぇねぇ、赤い電車に乗ってどこかに行きたいと思わん?」


 お互いの自己紹介もせずに突然そんなことを行ってくる言ってくる。


「赤い電車?」


「そうそう。羽田に走っているあの赤い電車。とある曲にもある赤い電車」


「今はどこかに行きたいとか……」


「私はオーストラリアがいいかな」


 私の言葉を無視。この人はどうやら喋りたいことをガンガン喋ってくるタイプの人らしい。


「オーストラリアは凄いよ。日本とは違う独自のカフェ文化が発展している。彼らは自分達のコーヒーを大事にしている。某大手の珈琲企業もオーストラリアでは苦戦をした。それは何故かって? 理由は簡単。オーストラリアでいう珈琲というのは日本でいうお茶みたいなもの。ほら、お茶ってスーパーとか食堂に行けば無料で飲めるでしょ。それがオーストラリアでは珈琲になるの。だからその企業の珈琲の500円ってオーストラリアでは高く感じたわけ。日本の喫茶店ではそれが当たり前だけど。それほどオーストラリアでは自分の地方の珈琲文化を大事にするっていう文化があってさ」


 長い。

 凄い一方的な話をパーっと聞かされてしまう。

 諏訪さんは彼女の言葉を無視して皿を洗っているし。


 そして彼女はジンジャーエールの蓋を回す。どうやら喋り疲れたらしくそれを一口飲む。


「そして近年、2010年頃からオーストラリアではトニックコーヒーというものが流行りはじめたわけ。元々のスタートは北欧って言われているけど。トニックコーヒーというのは炭酸+珈琲のことね。例えばこのジンジャーエールとこのコーヒー」


 と彼女は机の上に置いてあるアイスコーヒーにジンジャーエールをいれる。

 黒と茶色が二層に別れる。珈琲の黒は下に沈み、ジンジャーエールの茶色は上へ……


「はい、どうぞ。トニックコーヒー」


 とコーヒーを差し出された。私はそれを飲む。

 苦味と苦味が混じって……

 不思議な味である。珈琲の苦味とジンジャーエールの苦味が不協和音のように重なりあう。


「まずい」


 それが私の感想であった。


「ダラケ者」


 そして諏訪さんは呆れた顔をして言った。


「素人が適当な分量で適当につくったらそりゃ不味いちゃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る