花見未遂

 色々限界が来たので、有休を取った。人生は一度しか無いのだ。自分がもう無理と思ったなら休んでいいのだ。無理をしてる暇なんて無いのだ。


「ならば桜を見に行こうぞ」


 そんなわけで惰眠を貪っていた私だったが、突然武士に花見に誘われた。え、桜? まだ咲いてなくない?


「それが咲いておるらしい。電車で四駅行った所の近くに土手があろう? そこだ」


 情報源は?


「大家殿の大家殿」


 あー……うちのアパートのガチの大家さんね。なんで仲良くなってんだよ、お前。


「行こう!」


 断りたかった。つーか断るつもりだった。しかし武士の目を見て、「これ断ったら根に持たれる目だわ」と察した私である。

 まあ、気分転換ぐらいにはなるかな。そう思ったのにも違いない。





 

 薄ぼんやりとした青空から、燦々と暖かな光が降り注いでいる。まさに春めいた気候といった所だ。


「おお、大家殿! 聞いたか!? 今ウグイスが鳴いたぞ! あの枝だ!」


 そんな中で武士は、きゃっきゃとはしゃぎながらウグイスがいたっぽい枝に向かっていった。しかし三歩ほど歩いたあたりだろうか。木から「ヂヂッ!」と一羽の鳥が飛び立った。


「……ホケキョは……?」


 ウグイスも、危険を察知したらホケキョ以外鳴くんじゃないかな……。


「何だと? 夢が壊れた……」


 お前だって、鼻歌歌ってる時に私に蹴られたら「ぬおっ!?」って言うだろが……。


「桜はあちらである」


 分が悪いと判断したのか、あっさり武士は話題を変えた。なんてやつだ。

 しかし、こうして見渡してみると季節は顕著なものである。ホトケノザにぺんぺん草、菜の花が小さな花を咲かせている。春の訪れを感じさせるには十分だ。

 ……十分、なのだが。


「桜……」


 ……。


「桜ー?」


 土手の桜は、まだ咲いていなかった。

 かろうじてつぼみが膨らんでいるぐらいで、マジで一輪も咲いていなかった。


「桜ーーっ!!」


 呼びかけて咲くもんでもねぇだろうがよ。


「ぬぬぅ! これはどういうことなのだ! よもや気のせいだったとでもいうのか!?」


 気のせいの主語が何になるか一ミリも分かんないけど、あれじゃない? 土手の桜は咲いたら綺麗よー、みたいな話だったんじゃない?


「むむん」


 目に見えてがっかりしてる……。


「むむん……」


 嫌……こっち見た。


「……」


 ……。


 ……その、あれよ。

 咲いた頃にさ、また来たら?


「む……その時は、大家殿もまた付きおうてくれるのか?」


 ああ、うん。いいよ。それぐらい全然。


「むむん!」


 お、復活した。


「約束だぞ! 咲いたら絶対に某とまた来るのだ!」


 はいはい、約束約束。


「そして帰りはたこ焼きを買おう!」


 いいよ。ソースはピリ辛がいいな。


「甘口が至高!」


 別に止めないから、好きなものを買えばいいよ。

 ……んー。


「どうした?」


 ……なんか、お前が桜の咲く頃までいるって当たり前に思ってる自分に気づいてさ。


「おお」


 嫌だなと思って。


「何故嫌がるかー!」


 ともあれ、なんとなく元気にはなった花見未遂だった。

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