しゃしん
武士が、写真を撮ることにハマっている。
「はい、坊主」
ポーズな。その掛け声だとえらく被写体が絞られるから。
昔使ってた私のiPhoneを使っては、もうどこの女子高生かってぐらい写真を撮りまくっている。曰く、目の前の景色を切り取るようで楽しくて仕方ないらしい。
「いずれ枯れ散る花も、このしゃしんの中では永遠だ」
今日撮ってきた写真を眺めながら、武士はひとりごちる。
「人はいずれ忘れる。忘れたまま、いつかこの世からもいなくなる。けれど、こうして景色を切り取っておけば心だけはまたこの時に戻れるのだ」
そういうものだろうか。
とある研究結果では、写真を撮るよりも、しっかりその場で目に焼きつけた方が記憶が残りやすいらしい。ところで昔付き合ってた彼女にこの話をしたら、しこたま怒られたことがあったな。いいから写真撮る前に料理食うなっつって。
そもそも私自身、あまりカメラ機能を使わないのである。忘れるなら忘れてしまえばいいし、写真に映るのは結局もう存在しないものであることも多い。それに想いを馳せるのは、少し寂しい気持ちになるものだ。
なんとなく武士にそう伝えてみると、奴は心得顔で頷いていた。
「分かるぞ。今は無きものに心を傾ける……。やってることは、通夜と同じだからな」
それは違うと思うけど。
「でも、時にこうした時間を設けても良いと思うのだ。人は好きに寄り道をしながら生きていく。心とて、好きな所に向かわせて良い。思い出の中でも、どこかにいる人の元へでも」
うん。
「しゃしんとは、その寄り道場所の一つだ。そして某は、寄り道が好きだ」
……。
「しゃしんは、それを見ている者と同じ場所へ心を向かわせられる。共に寄り道ができるのだ。一人では寂しくとも、二人であれば愉快かもしれぬぞ」
うん、そっか。
それは、そうかもだな。
「大家殿も、いずれ某のしゃしんを見るが良い! せんすの塊であるぞ!」
どこで覚えてくるの? そういう言葉。
うん、でもまあ、気が向いたらね。
そうして後で見せてもらった写真は、大体がブレブレの猫写真であった。あとはお菓子とか、お花とか、近所の子供とか。
たまに私とか。
鼻ちょうちん作って寝てた写真とかもあった。それだけは、武士に黙ってこっそり削除したのである。
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