日焼け止めクリーム

 セミも鳴かないファッキン猛暑日。

 俺たちのセミを返せ、夏。


「しかしセミが帰ってくる気温になれば、蚊も戻ってくる」


 セミだけ返せ、夏。


「都合がいい男であるのぉー」


 風呂上りの武士は、クーラーの風を“ショーシャンクの空に”スタイルで浴びている。全裸でやるな。服を着ろ。

 ところで、武士は最近外で鍛錬をしていない。あまりの暑さに、熱中症を心配した私がストップをかけているのだ。


「なんと……! 確かに、この暑さでは命に関わるやもしれんからな! 大家殿は優しき男よ!」


 いや、お前保険証無いから医者にかかったら高くつくんだよ。

 お前の怪我や病気は私の財布に優しくない。


「しかし、あまり外に出歩けないとなると、この液の効果も実感できぬな……」


 そう言って武士は、手元の日焼け止めクリーム(SPF50+PF++++)に目を落とした。絶対焼かないシリーズのごっつい日焼け止めである。

 え? なんで? お前肌焼いて男らしくなりたいんじゃないの?


「今も昔も、おなごにモテる色男は色白と相場が決まっておるものだ」


 へー、そうなんだ。


「色黒のたくましい男は江戸には山ほどいるからな! 故になんだ、色白で線の細い……えー……じゃ、じゃ、じゃみら系がモテた」


 ジャニーズ系な。ジャミラ系になったらウルトラマンに出てくる悲しき“怪獣”になってしまう。ああ、ジャミラ……。


「何の話だ」


 何の話だっけか。

 あ、そうそう。お前モテたいの?


「モテるかモテないかで言えば、モテたくはないか?」


 まあ確かに。


「江戸はな、おなごの数が大変に少なかったのだ。だから男どもは自分が選ばれようと必死で、日々自分をよく見せる努力を怠らなかった」


 動物の生態みてぇだ。


「なので某も、まあまあ努力していたのだ。もし江戸にこんな液体があれば、飛ぶように売れたと思うぞ」


 へー、そうなの。


「うむ。某の病院代もすぐに賄えた」


 うわ、それ助かるな。気軽にタイムスリップして稼ぎてぇ。

 ……ん? いや、タイムスリップできたら普通にお前を江戸に置いて帰るわ。達者で過ごせよ。


「ぬぅ!」


 餞別に日焼け止めクリーム三つぐらいやるから。


「……ぬぅ……」


 揺らいでんじゃねぇよ。

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