アンパンマン
武士が、アンパンマンにハマった。
「ぬぅ、そこである! アンパンマン殿! そこでバイキンマン殿の後ろにまわりこんで……ぬああああああ! 顔がーっ!!」
顔が濡れて力が出せないらしい。大ピンチだな。
「ジャム殿! バタ子殿! チーズ殿! アンパンマン殿の顔は任せたぞ……!」
毎度毎度、よくもまあ手に汗握って見られるものである。
そういや江戸時代の人間にしてみりゃ、この時代のアニメってまさに夢のような感じだよな。武士がハマるのも致し方なし。
「やった……! なんとか間に合ったぞ、大家殿! 見ろ! あんなに顔がピカピカになって……!」
おー、よかったよかった。
武士はテレビの中のアンパンマンと一緒になって、天に拳を突き上げる。
「アーンパーンチ!」
バイバイキーン。
そしてバイキンマンは星になる。
いや大人になって改めて見たらさ、結構バイキンマンって極悪非道なことしてるんだよね。お腹空かせた子供達が楽しみにしてたママのキャラ弁を全部横取りして目の前で食べて、「返してよー」って泣く子供達を「うるさーい」っつってハンマーでタコ殴りにしようするんだぜ。酷い。これにはアンパンマンもすぐさまアンパンチである。
でも、急を要する時じゃなけりゃ、アンパンマンってまずはちゃんと「やめるんだ、バイキンマン」って言ってるんだよ。まあ十中八九「うるさーい!」って返ってくるんだけど。
まず、口頭注意。それでダメなら実力行使。
目の前にある危険からみんなを守り、アフターケアを忘れない。
「ぬうう……アンパンマン殿は正義の手本のような人物であるな……」
見終わった武士が、大変満足げにひとりごちている。
そうだな。
人物っつーかパン物だけど。
「しかし、バイキンマン殿はいつも腹を空かせておるな……」
うん。
ご飯食べるにしても、ちゃんと一言、「分けて」って言えばいいのにな。
無理矢理全部奪っていくから喧嘩になっちゃうんだ。
「然り。あれでは、腹は満たされても心は満たされぬだろう。悲しいことであるな」
ああ、まったくだ。
「アンパンマン殿はいつも某に大切なことを教えてくれる……」
……。
ところで武士、そろそろおやつにする?
「ぬ、いただこう!」
おう、手ぇ洗っておいで。
武士が手を洗っている間に、おやつの準備をしてやる。
帰ってきた武士は、皿に乗っているそれを見た瞬間、目を輝かせた。
「アンパンマン殿ではないかー!」
そーだよ。
近所のパン屋さんでな、アンパンマンの顔したパンが売られてたから買ってきたんだ。中もちゃんとこしあんだぜ。
「大家殿! かたじけない!」
いーえいーえ。
幸せにおなり。
「いただきまふ!」
最後まで言い切る前に食いついたな。
もぐもぐ食べてる。どうですか。
「うまい……。実は某、前々からアンパンマン殿の顔を食してみたいと思っておったのだ……!」
分かる。めちゃくちゃ美味しそうだよな。
が、しばらく咀嚼していた武士は、三口目を躊躇っているようだった。
どしたの?
「……食べたら、アンパンマン殿の顔が無くなってしまう……」
……。
そうしたらまたジャムおじさんに焼いて貰うから、大丈夫だよ。
「ありがたき幸せ!」
一気にいった!
いや「おかわりあるよ」って意味じゃねえよ! 味わって食え!
「ぬぅ!」
ぬぅ! じゃありません!
アンパンマン、この食いしん坊にもアンパンチしてくれないものだろうか。いやダメか。もりもりなんでも残さず食べるいい子だもんな。多分顔を分けてもらって終わるわ。
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