芋天

 ふと見下ろした自分の服装が、


 びっくりするぐらい緑色だった。


 勿論意識したつもりはない。むしろ意識しなかったからまずかったのだ。近所のスーパーだからと完全に気を抜いた。靴も緑、ズボンも緑、ロングコートも緑。


 葉緑素を持ってないのが不思議なぐらいである。

 栄養全部日光から摂取してません? みたいな。


 そして一度気付いてしまったならもう恥ずかしくて仕方ない。今すぐ帰りたい。


 なので、早速その旨を同行者である武士に伝えてみた。


「なぬ、帰るだと?」


 はい、すいません。なんせ死ぬほど服がダサいので。


「……しかし、まだ芋天を買ってないぞ?」


 うん、それは分かってるんだ。

 スーパーで月に一度売られる「芋天の日」。それをお前がすごく楽しみにしてたことも。


 でもほら、見てご覧。君の保護者の緑っぷり。ここだけ大自然だから。このまま森に放り込んだら私完全に保護色キメてしまえるから。

 ありえないだろ? 人として目に優しすぎる色合いだろ?


 帰ろ。


「いやでござる」


 だよな。

 買うまでは絶対帰りたがらないよな。


 ここのスーパーで一ヶ月に一度売られる出店の芋の天ぷらが、なんせめちゃくちゃに美味いのである。潰して天ぷらにしてるからかな? もうとにかく美味いの。


 なので、すっかり武士の好物の一つになってしまっていたのだった。


 ……どうか誰にも会いませんように。


 しかし。こういう時に限って誰かに会ってしまうものである。


「あれ、武士さん」


 よく通る声に反応し、武士が主人に名を呼ばれた犬のように顔を上げる。その目線の先には、やけに顔の整った青年。

 彼は控えめな微笑と共に、こちらに頭を下げてきた。


「どうもこんにちは。武士さんも芋天目当てですか?」

「うむ! おぬしも芋天か?」

「いえ、僕は買い物だけです」

「ぬ、それは勿体ないぞ! 今日は芋天の日なのだから芋天を食べねばならぬ!」


 武士は青年の腕を掴むと、こちらに連れてきた。

 ……え、連れてくんの? 大丈夫? お兄さん困ってない?


「大家殿! この者にも芋天をご馳走してやりたいのだが、構わんか!?」


 いや、この者どなただよ。

 別に芋天ぐらい全然いいけど、私は慈善事業家じゃねぇんだぞ。そんなお前の知り合いに片っ端から芋天奢ってやってたら、すぐに破産する……。


「うむ、先日某が溝にハマって動けなくなっていた折にな、半刻かけて引っ張り上げ傷の手当てまでしてくれたのだ!」


 芋天を奢らせてください!!!!


 もう一個とか言わないよ! 何かご飯でも奢らせてくれ! むしろこの武士持ち帰っていいから! 本当申し訳ない!!


 つーかお前、私の知らない所で何やってんだよ!!


「す、すいません。あの、ご迷惑ではありませんか」


 私の取り乱しようを見て、遠慮がちにそう言う青年である。迷惑なんてとんでもない、うちの武士が面倒をかけました。

 ぜひとも芋天を奢らせてください。お礼としては足りないぐらいだけど。


「そうだぞ! 遠慮などするでない! ここの芋天は絶品であるし、大家殿は太っ腹であるからな!!」


 武士は黙ろうなー?


 ……で、芋天って君の分だけでいいの?

 私としては、君のご家族の分も奢らせていただけるならそうしたいんだけどな。


 そう尋ねると、青年は少し困った顔をした。


「……僕の分だけでお願いします」


 あ、そう?


「はい。家族ではないのですが、僕が近々に会う予定の人間は味覚が死んでるので……」


 そ、そうか。よく分からないけど大変だな。

 お、私らの番が来た。そんじゃ三個頼んでくるよ。


「大家殿、四個だ」


 え、まだ誰かいたっけ。


「某が二個食べる」


 ……。


 うん、まあ、別にいいよ。

 すいません、四個お願いします。


「ありがとうございます、武士さん、オオヤさん」


 いえ、こちらこそ。

 ……私、オオヤって名前じゃないんだけどな。まぁいいか。


 青年は最後まで遠慮していたが、無事芋天にかぶりついてくれた。しっかり味わっているのか、目を細めてゆっくり食べている。


「美味しいです……。こんな美味しい芋天初めてです」

「次は真っ黒オバケ殿も連れてくるがいい! 共に芋天を食べようぞ!」

「オバケさん味覚死んでるんで、こういう美味しいの食べさせるの勿体ないんですよね」

「ぬ、それは残念だな。ならば胡椒を存分に振りかけてみてはどうだ?」

「多分オバケさんのくしゃみが止まらなくなって終わりですよ、武士さん」


 ……楽しそうである。

 誰だその真っ黒オバケさん。お前知らない間にオバケの友達までできてたの?


 いずれにしても、すぐ誰とでも友達になる男である。羨ましい限りだ。


 そうして、イケメンの青年と別れる。青年は最後までこちらを振り返り振り返り、頭を下げていた。


 ……丁寧な子である。


「我らの良き友である!」


 お、私までカウントしてくれたのか。ありがとな。


 ……そうだな。願わくば、また会いたいものだけど。


「ど?」


 ――次に会う時は、もっと服装に気をつけておきたいかなぁ。


「うむ! 今日の大家殿はカメムシのごとき緑色であったからな!」


 言うなあああああああ!!!!


 そうして、無事に芋天を食した我々は、帰路を急ぐのであった。もう絶対、あの子の中で私、緑にまつわるあだ名をつけられてるよ……。

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