掃除機なるもの
平日は淡々と働き、休日は寝倒す。それが私の平常の生活スタイルだったのだが、武士が来てからというもの着実に覆されつつある。
土曜日の朝5時、私は武士に揺さぶり起こされた。
「大家殿、箒はどこにあるか」
目を爛々と輝かせながら、武士は尋ねてきた。
先にも書いたが、朝5時である。外もまだ暗い。
何故、箒。
「大家殿は殊働き者であるが、住処としている場をないがしろにするのは感心しない。ここは一つ、其とお清めをしようではないか」
つまり、部屋が荒れているので掃除をしようということらしい。
なんで今するんだ。それこそ私が居ない時にしてくれよ。そう伝え寝直そうとしたが、布団を引っ張られて制された。
「そうはいかぬ。其一人だと全く勝手が分からず難儀するのだ」
一度教えてくれたら次からは平日に掃除をしようと豪語する武士に、ようやく起きる気力が湧いた。
服を着替え、掃除機を手にとる。武士の元に戻ると、事前に渡しておいたはたきでそこら中を掃除して回っていた。
「大家殿、それもエレキテルか?」
私の手の中にある掃除機を怪訝そうに見つめ、武士は尋ねる。私は何も言わず、掃除機のスイッチを入れた。
途端に轟音を立てて掃除機がほこりを吸い始める。武士は奇妙な叫び声を上げ、軽やかに椅子の上に飛び退いた。
「何故大きな音がするなら前もって言わぬ!」
だが、涙目になったのも最初の内だけで、すぐに興味津々といった様子で掃除機の観察を始めた。
働く掃除機を椅子の上から眺め、嬉しそうに武士は言う。
「大家殿、これは、あれか。屑などを風で吹き散らしているのだな」
残念だな武士よ。逆なのだ。このエレキテルは、屑を吸い込んでいるのである。
そう伝えると、武士は目を丸くした。
「どういう仕組みなのだ。開けても良いか」
そっと椅子の上から降りて掃除機に近づいてきた武士が、掃除機の本体に触れようとする。それをかわし、私は言った。
掃除機がどういう仕組みで動くのかは、私にもわからない。だがしかし、その真実を暴こうとしたものは、揃って行方知れずになっている。その行方は、あるいは…。
武士は、また椅子の上で縮こまってしまった。
しかし、クイックルワイパーを使って掃除する私を見て、「不精をするような甲斐性無しにいい嫁は来んぞ」などとのたまっていたので、しばらく掃除機の嘘は吐き続けていく所存である。
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