甘味と武士

 最近、どんなに遅く帰っても武士が起きている。


 起きていて、ご飯を炊き(教えた)、お風呂を沸かし(教えた)、エプロンをつけて待っている(教えてない)。

 エプロンを着けるくらいならおかずも作って欲しい。


 何はともあれ、誰かが待ってくれている家に帰るのは嬉しいものだ。


 今日も武士は、散歩に行ってきたらしい。だいぶ車にも慣れたようで、少し遠出をしたようだ。


「大家殿、甘味なるものを買って参った」


 最近少しずつこちらの物価を把握し始めた武士は、簡単な買い物ならこなせるようになってきた。もっとも、最初は旬でない野菜や魚の存在にいちいちスーパーで大興奮していたものだったが。(「エレキテルか!生命の営みすら手玉に取ってしまうとは、なんと欲深い人間の意地汚さよ!」とかなんとか言ってた。でもスイカを買わされた。美味しかったようだ。)


 何はともあれ、甘味である。そういえば、今朝方そんなものを頼んだ気もする。何を出してくれるのか聞いたら、勿体ぶりだした。


「大家殿、当ててみせるがよい」


 誰が金出してると思ってんだ貴様。


 ヒントを尋ねると、武士はニヤリと笑った。


「一つ、実に甘たるい匂い。一つ、それは銭に似たり。一つ、某は揚げ物とみたり」


 なるほど。わかりやすくて良いヒントだ。少し考える仕草をしてからそれはドーナツだろうと武士に投げかけると、彼は目を輝かせた。


「なるほど、これはドーナツというのか!」


 知らずに買ったのかお前。

 さっきのクイズは単純に答え知らなかっただけなんじゃないかお前。


「大家殿は流石である。やはり良いオツムを持っておられる」


 満足そうにドーナツをほおばる武士に、私は一番のヒントになっていたミスタードーナツの袋からそっと目を逸らしたのであった。

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