連休三日間

【土曜日】


 朝五時、武士起床。


 眠る私を起こさぬようこっそり散歩に行っていたらしいが、いつの間にか戻り私の枕元に正座していた。


「異なものを見た。鉄でできた小屋が走っておったぞ」


 どうやら、うちのアパートの駐車場にあった車を、小屋と認識していたらしい。相当怖かったのか、少し涙目になっていた。


 おにぎりを作って与えると元気になった。お腹がすいていたようだ。



 その日、私は武士にいつまでこの家にいるつもりか尋ねた。すると武士は困ったような顔をして、気付いたらここの家におり、帰り方すらわからないことを淡々と述べた。


 行く場所がないならいればいい、わからないうちに来たのならわからないうちに帰れるだろうと私が言うと、武士はかたじけない、と頭を下げた。


 本当に言うんだな、かたじけない。



 その日はラーメンを作った。武士は「なんと塩辛いそばよ!」と感動していた。


 気に入ったらしい。何よりだ。




【日曜日】


 朝五時、武士起床。


 今日は私も起こされた。曰く、「大家殿は夜更かしが過ぎる。心身を鍛えなおさねばならぬ」だそうだ。


 残暑の厳しいこの季節に何言ってんだ。直射日光に弱そうな頭してんのに、なんでケロリとしてんだ、この武士。


 一人で行けと布団にもぐると、武士は鍛錬が足りんだの車が怖いだの云々言い出した。


 本音は後者だろう。私はだんまりを決め込んで二度寝した。




 しばらくしてから起きると、武士は完全に拗ねていた。声をかけても、電気毛布にくるまり動かない。


 今朝の私の真似かこの武士。


 おにぎりを与えると機嫌がなおった。今日はツナマヨ。気に入ったようだ。




 今日は、武士を風呂に入れねばなるまい。


 その旨を告げると、武士はうなづいて「覚悟はできておる」と言った。


 何やら風呂というものがあることは知っていたが、未知の装置(シャワー)があったので怯えていたようだ。


 ひとまず使い方を教えて、あとは放置した。


 しばらくしてえげつないおたけびが聞こえてきた。冷水をあびたらしい。




 ふんどしは近所に売っていた新しいものを与え、服は私の高校時代のジャージを貸した。


 武士の見た目はかなり小柄だ。160センチは無いのではないだろうか。


「これは楽で良い。大家殿はなんとけったいな着物を着ておるのだと思っておったが、わけがあったのだな」


 その後武士は私のスーツに興味を示し、やたら着たがっていたが、丁重に断った。


 今日は天気が良くてよかった。ふんどしがよく乾く。




【月曜日】


 朝五時、武士起床。


 今日は私も起きて、散歩をすることにした。


 ジャージは良しとしてさすがにちょんまげは目立つので、武士にはサマーニット帽をかぶせてやった。不自然に盛り上がっているが、無いよりはましだろうし、何より武士が喜んでいた。


「大家殿、これは某のように髷を結う者のために作られしものか。実に結構」


 それからすれ違うニット帽の人を見るたび、「あの者も某と同じなのだな!」とはしゃいでいた。訂正はしなかった。


 いまだに車は苦手なようで、道路では私の後ろにぴたりと寄り添っている。信号の仕組みを教えてやると、感心したようにじっと眺めていた。


「某がいたところでは、あんなに速く走るものは無かった。ここでは、あんなものに乗らねばならないほど、皆急いておるのだな。すると、今度は皆が同じく急げるよう決まり事が出てくる。なるほど」


 武士も思うところがあるようだ。


「大家殿、我々は歩こう」


 武士は、やはりまだ車が苦手なようである。




 今日はコンビニに行くことにした。武士は居並ぶ多様なおにぎりに目を丸くしながら、陳列棚から動かなくなった。


 その間に、私はからあげクンを買う。ふと気づくと、全種類のおにぎりを抱えた武士が私の隣に立ちからあげクンを凝視していた。


 一つ食べさせると、「大家殿、これは何ぞ!」と興奮し両腕に抱えたおにぎりをすべて床にぶちまけた。


 おにぎりは買い取った。


 その間に、武士はからあげクンを食い尽くしていた。


 私は初めて、武士をビンタした。



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