第11話 認めてくれる人

「本当に素敵ねえ」

「どうしてこんな光り方になるんだろう。荒っぽいのに滑らかだし」

 開店前の本店事務室では、昨日持ち帰ったばかりの颯の作品を小村はじめスタッフが取り囲んでいた。みんな颯の作品に感心しきりだ。

「美琴ちゃん、よく採ってこられたわね」

「GROWだからです。颯さんのお友達にも、お店のセンスがいいって言われましたし」

「美琴ちゃんの力よ。誰かさんには口説けなかったんだから」

 小村が片目をぱちっと閉じた。

 パソコンに向かっていた日高が不機嫌そうな顔になったのが目に入り、美琴は慌てる。

 日高が交渉した頃の颯はきっと、みんなに騒がれてナーバスになっているタイミングだったからであって、タイミングが合っていたら日高は確実に契約していただろう。

 それを口に出したらあっさりと、「タイミングも含めて実力よ」と、小村から辛辣なこたえが返ってきた。

「運は大事だからな。縁を繋ぐには必要なもんだ」

 日高も手元のパソコンを操作しながら言った。その言葉に、値札を作っていた美琴の手が止まる。

「どうした?」

「あ、いえっ」

 日高の顔を見られず慌てて作業に集中する振りをした。

 日高も縁を繋ぐって言うんだな…

 自分の拠り所にしているものを肯定されたようで嬉しくなる。

「よし、リストに入ったな。出せるぞ」

 画面を覗きこむと、社内の取り扱いブランドに『spin・h』が入っている。 本店のブログの最新情報にも、『spin・h』の案内と指輪の写真が載っていた。昨日、吉岡が作ってくれたものだ。

 本当に自分が探してきたものがここに載るなんて。


 颯の作品はそれぞれに『spin・h』のタグと値札のバーコードをつけた。

 置くスペースはもう決めている。

 小村に背中を押され、美琴は開店準備中の店内へ踏み込んだ。

 品出し準備中のスタッフと挨拶を交わし、アクセサリーの並ぶ棚へと進む。

 アクセサリー類は乱雑にならないよう、レジ近くのガラスケースの中に鍵をかけて展示している。

 指輪の模様が一番きれいに見えるように、ネックレスの繊細さがわかるように。 ロゴの入った札も丁寧に置く。

 素敵な人に見つけてもらえますように。そんな願いを込めて扉を閉めた。



 開店と同時に、日曜日の店内は怒涛の忙しさとなった。

 近くのショッピングモールでイベントがあるらしくお客さんの出が多い。

 駅とモールの間にある寄りやすいGROWの立地が功を奏している。

 美琴も店員として以前よりは使えるようになり、品出しやお客さんの質問応対に休む間もなく動いていた。

「あっ、北川さん!」

 名前を呼ばれ顔を上げると、以前美琴が接客をした女子大生がいた。女の子らしい恰好のよく似合う二人は、人懐っこい会話が記憶にある。

「いらっしゃいませ」

「嬉しい、会えたあ」

 二人はそれぞれに美琴の手を取ると、きゃぴきゃぴと跳ねた。

「あのワンピースどこですか?」

「ワンピース?」

「ブログのですよ!」

 ブログ? 本店のブログのことか? 

 そういえば、今朝は颯の指輪や新商品のページしか見なかった。ブログまで見ておけばよかったと後悔した美琴に、スマホが差し出された。

「これですよ! 逆光で顔はあんまり見えないけど、絶対北川さんだよねーって盛り上がってたんですよ」

「えええっ、なにこれ?」

 思わず声のトーンが跳ね上がり、慌てて両手で口を押える。

 画面にあるのは予想通り、GROW本店のブログだった。しかし今週のピックアップに載っているのは、全く予想外の、先日日高が撮ったワンピース姿の美琴の写真だった。

「知らなかったんですか? きれいな写真だからいいじゃないですか」

「こういうのだとイメージしやすいですよ。どこにありますか?」

「あ、こちらです…」

 美琴は激しい動悸を押さえながら二人を例のワンピースの棚へと案内した。入荷したばかりにもかかわらず、結構な数のお客さんが手に取ってくださっている。

「六色もあるんだ。どれもきれいな色! 悩むなあ」

 モノトーン系から美琴の着た薄水色に、ライムグリーン、イエローとバリエーション豊かだ。お互い色々と胸にあてる二人に美琴もアドバイスを送る。結局、二人それぞれに顔映りのいい黒とライムグリーンを選んだ。

「色で全然イメージ違うね。双子コーデしても並ばないとわからないかな」

 試着室で二人が並んで鏡を覗く。美琴よりもメリハリのある体型の二人が着ると、大人っぽい雰囲気になる。

「上にお手持ちのカーディガンを羽織ると別物みたいになりますよ。大きめのアクセサリーをつけるだけでも違いますし」

 そういって、美琴はイメージしやすいようにカーディガンやネックレスを探した。アクセサリー棚で颯のネックレスが目に入ったけれど、イメージが違うので大振りなビジューの物を手に取って戻る。

「わあ、これ合うね」

「このカーディガンは着回ししやすいですよ。このネックレスは形が不規則なので、ワンピースに合わせるとかわいいイメージになりますが、シャツの首元から一部見えるようにつけるとかっこいいですし」

「もう、北川さん売り込み上手だなあ。またバイト代散財しちゃうー」

 二人が美琴の肩を小突く

「でもいいかな。ここの物は長く使えるもんね。去年の夏に買ったTシャツ、ヘビロテしてるのに全然へたってないし」

「うん。私もネックレス欲しかったから、決めた!」

 二人はそれぞれに、美琴の勧めたカーディガンとネックレスを手にした。 

「また写真楽しみにしてるね」

「いやっ、あれはもうないかと…」

「どうして? かわいかったよ」

「ありがとうございます……」

 照れくさくて尻すぼみにお礼を言いながら、小村の立つレジへ進み二人の商品を包む。

「ブログをご覧になられたのですか?」

 手早くレジを打ちながら、小村がさりげなく二人に訊く。

「そうです! 北川さんの写真がかわいくて探しに来ちゃいました」 

「北川だとわかりましたか?」

「前来た時にコーディネートしてもらって、北川さんのことは覚えてたから。すごくきれいな写真ですよね。モデルさんだと綺麗であたりまえって思っちゃうけど、北川さんが着ていたらイメージしやすいし」

 それって褒められているのかどうなのか?と心の中で突っ込みつつ、組み合わせを間違えないように薄紙で包んでいく。


「ありがとうございました」

 紙袋に入れてそれぞれに手渡すと二人は嬉しそうに受け取ってくれた。この笑顔を見送るのも、美琴の好きな瞬間だ。

 二人がレジから離れると、美琴は小村を横目で見て訴えた。

「ブログに載せるなんて聞いてなかったです」

「いい写真だもの。お客様にも好評なら、みんなにプラスでいいじゃない」

 私にはプラスではないですと思いつつ、にっこり笑顔の小村にそれ以上言い返せず、黙って商品整理へと戻った。


 視界の隅に入った日高を見ると、いつものように女性客に囲まれている。

「女の子っぽいのが苦手で、寒色系ばかり選んじゃうんです」

 ジーンズにオーバーサイズのシャツを合わせた女性客が、日高に相談している。

「甘いデザインが苦手ならこんなのはどうですか?」

 日高は深いボルドーのカットソーや、少しくすんだ黄色のシャツを持ってきた。女性が戸惑いながらも鏡の前で合わせている。

「そのくらいのラインなら甘すぎないですし、暖色系も似合う肌色だから、明るく見えますよ」

「ほんとですね。こんな色初めて」

 女性はしばらく鏡とにらめっこをしていたけれど、「これにします」と日高に笑顔を向けた。隣で順番を待っていた女性が、すかさず日高にコーディネートを頼む。似合うボトムがわからないというその人のために、日高が一緒に選ぶ。

「こうやって合わせたら抵抗ないですね」

 女性客たちは、日高のアドバイスに感心しながら勧められた商品をレジに運ぶ。みんな照れたような、嬉しそうな表情をしている。

 その後もお客さんの波は途切れることなく、普段は二人組で入る休憩も一人ずつ交代でとることになった。

 美琴の順になり事務所へ戻ると、朝に買ったコンビニの袋を漁った。

 一人で食べるのはつまらないなと思いながら食べていると、美琴の携帯が鳴った。店舗へは持ち込めないので、いいタイミングだと液晶を見ると森谷の名前が出ている。今日は関西へ出張のはずだ。

 日高ではなく美琴へかけてくるなんてどうしたのだろう。

「もしもし?」

「ああ、美琴ちゃん? 森谷だけど、今どこにいる?」

 いつも一言目に来る「僕のこと忘れてない?」なんて返事に困る台詞がないことで、急ぎか真面目な話だなと予測できる。

「本店の事務所です」

「よかった! ちょっと頼みたいんだけど、津島工房のストラップを十本FAX注文入れて欲しいんだ。僕に届くようにしておいて」

「津島工房ですね。種類はありますか?」

「一種類しかないから大丈夫。あ、FAX番号ちゃんと確認してね!」

「了解です」

「助かった! うっかり忘れて新幹線乗るとこで。今度お詫びにデートするからね」

「お気遣い必要ありません! いってらっしゃい」

 森谷の笑い声の後ろで新幹線ホームの音楽が流れている。最後はいつもの森谷の口調になり、美琴も笑顔で返して電話を切った。

「津島工房、津島工房……」

 忘れないうちにFAX注文用のファイルを取り出すと、目的の注文書はすぐに見つかった。皮製品を制作している工房だ。

 使いやすくお洒落なデザインの上、質がいいのでとても人気が高い。

 サプライヤー指定の注文書なので間違えないように書きこんでいく。

 商品送付先は、本社住所で森谷宛て。FAX番号を二度確認してから送信した。 注文書は送信済みのファイルに綴じる。

「できたっ」

 入社して三ヶ月を過ぎ、少しは使えるようになったんじゃない?と自画自賛してしまう。

「北川、飯食えたか?」

「はい! 交代しますね」

 覗いた日高の声に、美琴はゴミを片付けると席を立った。

「北川に選んでほしいっていうカップルが待ってるぞ。この間、彼氏をトータルコーデしたらしいな」

「ああ、覚えています。また来てくださったんですね」

 先月、服に無頓着な彼氏を恰好よくしてほしいという彼女の依頼で、上から下、小物までを何種類か選んだ。さすがに全部は買えないと値札を睨みつつも数点購入し、他のコーディネートも参考にさせてもらうと喜んでもらえたようだった。

「よく動けるようになってきたぞ」

 入れ違いざまに日高に声をかけられ、美琴は思わず振り返った。

「あ、ありがとうございます」

 なんとなくこの頃褒められることが増えたように思う。

「あの、日高さん。前に生意気言ってすみませんでした」

「ん?」

 日高が、なんのことだと不思議そうに美琴を見下ろす。

「セット販売を強要したくないなんて言って。日高さんの接客も勘違いしていました。納得してもらえるものを勧められるようがんばります」

 以前、人気に乗っかったような日高の販売方法に反抗したが、セットで見せた方がイメージのつきやすいこともあるとわかった。

 買うか買わないかはお客様次第で、日高は決して強引な接客はしていない。お客様は納得のいくアドバイスを提案できると買ってくださるのだ。

 日高が驚いたように目を見開き、それから笑った。接客とは違う笑顔だ。

「どんなことでもその先を想像して動けよ。今のままいけば大丈夫だ」

「はい!」

 返事をしながら、自分でもどうしてと思うくらい顔が火照るのがわかる。

 美琴は隠すように事務室から飛び出した。

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