第8話 届いた願い

 久しぶりに定時で終わった金曜日、美琴は風香と夕食を共にしていた。会社近くにある創作料理のレストランは、ゆったりと過ごせるお気に入りのお店だ。

「乾杯!」

 テーブル席で向かい合いシャンパンのグラスを合わせると、カチンといい音が響いた。

「おめでとう、風香!」

「ありがとう」

 お祝いの言葉に、風香がくすぐったそうに笑う。 

「ほんとにすごいよ。楽しみだなあ」

「うん。こんなに早くやらせてもらえるとは思ってなかったから、自分でもびっくりしてる」

 風香の描いたデザインが、今度オリジナルブランドとして商品化されることになった。同期の中でも一番乗りの快挙だ。

「運がよかったの。ほんとなら企画から上げないといけないのに、デザインだけの選考だったから。それに高橋さんが押してくれたみたい」

「ああ、風香のデザイン褒めてくれた人だよね」

 新人研修で企画部の講師だった高橋は、風香の描くものをとても気に入っていた。感性の合う先輩に出会えた風香は幸せだと思う。だけどその運を引き寄せたのは風香だ。

「スカートだっけ?」

「そう。スタイルに自信なくても着られるデザインにしたくて。私のコンプレックスだし」

「風香でコンプレックスなら、私はどうしたらいいのよ」

 風香は小柄だが、スタイルはいたって普通か細いくらい。片や美琴は、学生時代のバスケ部でしっかりと身についた筋肉が悩みだ。風香の作ったそのスカートなら履けるだろうか。

「入荷はいつ? 試作品はできたって言ってたよね」

「まだはっきりとはわからないけど、この夏に出せるようにするみたい」

 実際に作るのは製造部なので、風香はもう預けて任せるしかない。

「入ったら、一番目立つところに置いちゃおう」

 話しているうちに料理も運ばれテーブルが賑やかになる。いただきますと手を合わせ、二人でぱくつく。

「どれも美味しいね」

 見た目の凝った揚げ物は、ささみの中にチーズが入っていてソースが絶妙だ。和風ピザはカリカリとした焼き加減が美琴の好み。パスタからはバジルのいい匂いが立ち込める。


「美琴は? 新規開拓の話はどうなったの?」

 風香とは同じ社内でも階が違うので会うことは少ないけれど、こまめに連絡を取り合っていて、新規開拓で苦戦しているところまでは伝えていた。

「このあいだ、電車の中で男の人がつけてたバングルが気になって声かけたの。どこのブランドか教えてもらおうと思って」

 風香は頷きながら聞いている。

「一緒にいた彼の友達が教えてくれたんだけど、そのバングル、つけていた人の手作りだったの」

「へえ、すごい出会いじゃない」

「でしょ? なのに怒られちゃうし」

「誰に?」

「日高さん。知らない男の人についていくなって叱られた。真っ昼間の話よ。ついていかなきゃ縁切れちゃうじゃないのよね」

 納得いかない気持ちが再燃し、顔をしかめる美琴に風香が苦笑する。

「意外と心配性なんだね。見た目そっけなさそうなのに」

「心配されることなんてないっつーの。ちゃんとやってるってば」

 本人にはとても言えないので、風香に愚痴る。

「そういえば、美琴と日高さん、いい感じだって噂があるわよ」

「は?」

 にやにやと笑う風香の言っている意味がわからない。

「同僚がけっこう目撃してるわよ。よく一緒にご飯行ってるんでしょ」

「そんなんじゃないよ。お互い一人暮らしだから食べて帰るだけ」

 初めて奢ってもらった日以来、仕事が押して遅くなると日高と食べて帰ることが増えた。

 一人暮らし歴の長い日高は、安くて美味しいお店をたくさん知っている。そこに案内してもらっているだけで、当然割り勘だしそんな雰囲気なんてかけらもない。

「先輩となんて必要以上に行きたくないもんでしょうが。私なら気を遣って嫌だけどな」

 美琴の思考が停止した。

 仕事以外なら怖くないし、気を遣っていることもない。日高といるのが嫌だとは思わない。

「気が合う先輩って感じ? 意外よね、最初あれだけ怖がってたのに。それに日高さんってプライベートと仕事を割り切るタイプって聞いたのにな」

 美琴は課業後のつもりだったけれど、日高には仕事の延長なんだろうか。

 最近は言葉遣いも緩めていたけれど、もう少し気を付けた方がいいのかもしれないと反省する。

「遅く帰って一人でコンビニ弁当食べるくらいなら一緒に食べて帰ろうかって、そんな感じだよ。野菜がたくさん摂れるお店によく連れて行ってくれるし」

 一人だと面倒で、食事を摂らないこともある美琴にはありがたい提案だった。

「ふうん、そういうものかなあ」

 実家暮らしの風香にはよくわからない感覚らしく、話が戻る。

「それで新規の契約は取れたの?」

 明るく振った風香の言葉に、ゆっくりと首を振る。

「どうして? うちに置くのが嫌って?」

「そうじゃないと思う。売るために作るっていうのが嫌なんじゃないかな」

「ああ、なるほど」

 さすが仲間内だけあって、風香の理解は早い。

 品物を売るための店だろうと言われてしまえばそれまでだけれど、GROWは売れるものならなんでもいいわけではない。

 こちらの置きたい、作り手の預けたい、両方の気持ちがあって初めて繋がる。

 それに共感してくれる作り手やお客さんとともにここまで育ってきた。

 颯もきっと同じ考えで、思いは一緒だということを伝えたい。

「本気で断られるまで、何度でもチャレンジするつもり」

「おお、果敢だね」

 少し酔っているのか、風香が手を叩く。

「初めてこれだって思える作品だったから、簡単には諦めたくないんだ」

「自分の探し出した物が売れるっていうのも、嬉しいだろうね」

 頬杖をついた風香が、やさしい目で美琴を見ている。

「うん、たぶん」

 無意識に浮かんだのは、日高と相馬の楽しげな様子。

 あんな風に信頼し合える関係を築きたい。

「がんばりなよ」

 風香の励ましに、美琴は頷いた。

「風香のスカートも、入荷楽しみにしてる」

「真っ先に連絡するからね」

 二人で笑い合って、もう一度グラスを合わせた。 


            


 商店街を抜け町工場の続く道をしばらく歩くと、コーヒーのいい香りが漂ってくる。千春のカフェの前を通り、美琴はその隣に建つ工場の入り口をのぞいた。

「おう、いらっしゃい。こんなヤツのためにご苦労なことだな」

 すっかり顔見知りになった、颯の父親である工場長が中へ入るよう促してくれる。仕事の合間を見つけては、美琴は何度か颯の工場へ足を運んでいた。

 颯の仕事場である工場には、工場長の父親と颯、他に二人の作業員がいる。金属加工を得意としていて、様々な企業から部品の制作依頼を受けているそうだ。母親は機械より接客が好きで、商店街にあるお店でパートをしていると聞いた。

「こんにちは。何度もすみません」

「構わんよ。息子ながらあいつも頑固だから、なかなか苦労するだろ」

「いえ! こちらの勝手なお願いでご迷惑おかけしてすみません」

「アクセサリーなんてワシにはわからんが、作った物を認めてもらえるのは嬉しいもんだからな。気にせず入ってな」

「ありがとうございます」

 入り口で話していると、隣の工場から暁人が手を振りながらやってきた。作業着姿の暁人に、工場長が顔をしかめる。

「また来たのか。暁人、仕事はいいのか?」

「へーきへーき。俺んとこそんな忙しくないし。颯のマネージャーとしては顔出さないわけにはいかないでしょ」

 暁人は隣に建つ部品工場の息子であり従業員だが、仕事を抜け出しているのか、美琴に合わせてたいていやって来る。

 飄々とした態度で、暁人は美琴の背中を押した。

 奥の作業台には工具が並べられ、颯がなにか作業をしているところだった。

「なんだ、また来たのかよ」

「こんにちは。何度もすみません」

 ちらりと美琴を見て、颯は目線を戻した。小さな金色の駒のような部品に、手作業とは思えないほど等間隔に真っすぐな溝が彫られていく。

「ここの技術ってすっげー高いから、かなり注目されてるんだぞ」

 颯が話したがらないことを暁人が色々教えてくれる。

「俺んとこなんか機械任せだし、そんな大手に依頼されるわけでもないし。やっぱすげーよ、おじさんも颯も」

 憧れのような熱を持って話す暁人を、颯は睨みつけるが効果はない。

 美琴は颯に追い返されないことで拒否されてはいないと安堵しつつ、その繊細な作業を見守る。

「美琴ちゃん、これ見てみる?」

 棚から暁人持ってきた小さなトレーには、カフェに置かれていなかったリングやネックレスが載っていた。気づいているはずの颯は、なにも言わずに作業を続けている。美琴は惹き寄せられるように近づいた。

「触ってもいいですか?」

「どうぞ」

 振り返って颯に問うが、こたえてくれるのは暁人だ。

 美琴はすこし躊躇しながら、そっとリングを手に取る。

 幅広のリングはやさしい手触りで、細かい模様が彫られていた。

 ネックレスは一つ一つの鎖の粒が几帳面に揃い、トップは繊細な羽の形になっている。銀細工でこんなに細かく表現できるのかと驚かされる。

 そうかと思えばもう一つのチェーンは荒っぽい仕上がりで、でもそれは雑とは違う、完成された形がある。

「すごい…。こんな作品見たことないです」

 美琴が見上げると暁人は自分のことのように嬉しそうに笑った。

「おーい、美琴ちゃん。すまんがパソコンわかるか?」

 急にかけられた声に振り向くと、作業場の奥にある事務室から工場長が手招きをしている。

「親父、客を使うな!」

 颯の声が止めに入ったが、美琴は「みてみましょうか」と足を向けた。

 初対面から図々しく出入りさせてもらっているのだ。少しでも役に立てることがあるなら返したい。

 初めて入る事務室は、手前に応接セット、奥には四台のデスクがあり、壁に沿った棚にはいろんな製品が並べられていた。その奥の扉は給湯室にでもなっているのだろう。殺風景だけれど机も棚もファイルや書類がまとめられ、きちんと整えられている。

 工場長は一台のノートパソコンを美琴の方へ向けた。

「さっき保存したはずのファイルがどっか行っちまってな。消えたならえらいことなんだが…」

「ついさっきですね。ちょっと見てもいいですか?」

「構わんよ。何見ても、美琴ちゃんなら他言しないだろ」

「もちろんです」

 信頼してもらえたことに嬉しくなる。

 美琴は履歴を辿って操作していく。取引先別のファイル名は、大手企業の名前がずらりと並んでいた。

「ありましたよ。最終履歴が十分ほど前なのでこれじゃないですか? こちらのファイルに入っています。保存先間違っちゃったんでしょうね」

「ああ、それだ! ありがとな、助かった!」

 工場長が美琴の手を取り喜んでくれる。このごつごつとした指から、滑らかで繊細な部品が生まれるのが不思議だ。

「どうもパソコンが苦手でなあ。老眼も進んで見えにくし」

「工場長さんの年代の方はそうですよね。颯さんならこんな操作も得意じゃないんですか?」

「できるがあいつは腰が重い。パソコンよりも工具触っていたい奴だしな。美琴ちゃんみたいにパパッと動いてくれる子がいたらなあ」

「親父、何勧誘してんだよ。おまえもこっちに出てこい」

 颯が事務室の入り口から不機嫌そうな声で美琴を呼んだ。入り込み過ぎて気に障ったかと緊張する。そんなやり取りを暁人が笑いながら見ている。


「お邪魔しまーす!」

 突然事務所の裏口が開き、元気のいい声と一緒に千春さんが顔を覗かせた。

「あら美琴ちゃん、来てたんだ」

「こんにちは」

「どう? 颯落とせた?」

「いえ、まだ…」

「ほんと頑固ねえ」

 颯を眇め見た千春はお店のエプロン姿で、勝手知った様子で給湯室に入ると、お盆にカップやソーサーを載せて出てきた。

「あ、これ?」

 千春は美琴と目が合うと、片手で器用に支えるお盆を空いた手で指した。

「お客様が来られたときに、うちから運んでるのよ」

 千春の答えになるほどと納得する。女性のいない職場だ。来客へのお茶出しは、千春が淹れて運んできた方がスムーズなのだろう。

「なんだ、暁人までいたんだ。ちゃんと仕事してるの?」

「ご心配なく。おまえこそ戻らなくていいのかよ」

「ちょうどお客さん途切れたの。CLOSEの看板出してきたから大丈夫」

 千春はお盆を応接セットの机に置くと、作業場へやって来た。

「私も休憩しよーっと」

 余っていた丸椅子に座る千春の仕草は慣れていて、四人で作業机を囲む。

 颯と暁人の自宅は別にあるけれど、工場が好きで、幼い頃から父親についてここに通っていたらしい。カフェの二階が住居になっている千春とは、物心つく前から遊び仲間だったと教えてもらった。

「昔はここでよく三人で遊んでたのよ。廃材もらっていろんなもの作ったり、学生時代はテスト勉強名目で夜中まで喋ってたりしたよね」

「俺、千春によく叱られたもんなあ」

「暁人がバカなことばっかりしてたからでしょ」

 お互いいがみ合う二人は、それでも楽しそうだ。

 颯は二人を気にすることなく黙々と作業を続けている。

 美琴にとってはひたすら感動ものでしかない技術も、二人にとっては見慣れた光景なのだろう。

「颯は昔から器用で、工作や絵はほんとに上手かったよね」

「千春は運動専門だよな。ちっともじっとできなくてさ」

「暁人だって勉強できなかったじゃない。次期社長がこんなので大丈夫なの?」

「うっさい」

 兄弟喧嘩みたいなやりとりが微笑ましい。

「幼馴染っていいですね。私、小さい頃から今も続いているような友達がいないから、兄妹みたいな仲が羨ましいです」

 千春は暁人に向けていた強気な目を引っ込める。

「颯、こーんな素直な子が推してくれてるんだから、いい加減折れたら?」

「あ、いいんです! まわりの方に押されてとか、妥協して受け入れてもらうのはダメなんです。颯さんの気持ちがちゃんと向いてもらえるまで待ちますから」

 周りに流されて契約したサプライヤーとは長続きしない、日高の言葉は、美琴の頭の中にインプットされている。

「へえ。なんだかGROWらしいね」

 千春が頷き、颯は黙ったままだ。まだまだ壁は高いらしい。

「じゃあ、私そろそろ戻るね。ランチタイムに入っちゃうし」

 テーブルに置きっぱなしにしていたお盆を手に、千春は来たときのように裏口から帰って行った。明るく賑やかだった室内がきゅうにワントーンおとなしくなる。

 美琴もそろそろお暇しようかなと考えていたら、颯は先ほどの作業を終えたらしく、今度は別の工具や小さな機械を持ってくると椅子に座った。 

 機械に小さな部品を固定して、左手に細いたがねを持ち、右手の金槌で器用に打ちながら、部品を少しずつ彫り進めていく。

 その作業を目で追っているうちに、美琴は鳥肌が立つような感覚に襲われた。


 これって、これって……


 颯の手元で、繊細な模様がまるで浮き出てくるかのように形作られていく。

 節の高い長い指が魔法のように動く。

 その滑らかな動作に無意識のうちにため息がもれた。

 機械に固定されているのは銀の指輪の土台で、颯はそれに模様をつけている。

 これを今見せてくれるということは……


 三十分もしないうちに彫り終えると、颯は固定していた機械からはずし、いろいろな角度から眺めた。

 納得がいったのか、今度は手のひらサイズの小さな機械を持つと研磨を始める。 丁寧に磨かれ指輪に光沢が増していく。

 全体を磨き終えると紙やすりで仕上げ磨きだ。機械でじゅうぶん磨かれたように思ったけれど、手を加えるほどに光っていく。

 それも単なるピカピカとした光り方ではなく、落ち着いた色合いになるのが不思議だ。


「……よし」

 颯は聞こえないくらいの小さな声で呟くと、やさしい表情で手のひらに載せた指輪を見た。

 それは一瞬のことだったけれど、愛しむってこういうことかと思えるような。

 美琴はその表情と手のひらから目が離せない。

「ほら」

「……え?」

「え? じゃねーよ。推してきたのはそっちだろ」

 不機嫌そうな表情に変わった颯にはっと我に返った。

 すみませんと肩を縮こまらせた美琴に、颯は立ち上がると右の拳を差し出す。  反射のように美琴が両手を出すと、掌に指輪が落ちてきた。

 銀色にきらりと光る。

 そっとつまむとひんやりとした感触で、全体に細かく彫刻が入っているのに、とても滑らかなその感触に驚かされる。

「親父のお礼。好きにしろよ」

 颯の言葉の意味の裏を探る。

 思い浮かぶこの解釈を信じていいだろうか。勘違いしていないだろうか。独りよがりなことになっていないだろうか。

 美琴は思い切って口にした。

「颯さんの作品、GROWで扱わせて頂けませんか?」

 これ以上ないくらいに身体が強ばるのを押さえながら、美琴は不機嫌そうな颯の目を見て言った。伝われ伝われと願いを込めて。

 颯の濃い色の目が一瞬伏せられて、再び美琴に向く。

「一点ものしかできないぞ。仕事の合間しか作れないけどいいのかよ」

 拗ねたようにこたえる颯の返事に、美琴の反応が遅れる。言われた言葉を頭の中で反復して、そしてその意味を探す。

「いいです、一点もので! 颯さんの思うように自由に作ってください。口出しはしません!」

 飛びつかんばかりの美琴の勢いに、颯は身体をのけ反らせた。

「わかったわかった」

「ありがとうございますっ」

 弾けるようにお辞儀をした美琴の背中で、暁人がくすっと笑う声がした。

「よかったね、美琴ちゃん」

「暁人さんも、本当にありがとうございました」

 振り返り、後ろで見守ってくれていた暁人にもお礼を言う。暁人がいなかったら、初日にここまで追いかけてストーカー扱いされたかもしれない。

「契約書要るよね?」

「はい! 後日、上司と一緒に説明に伺っていいですか?」

「もちろん。いいよな、颯」

「勝手に話進めんな」

「俺、マネージャーだし」

「なにがマネージャーだ。いらねーよ」

 茶化す暁人に颯が口を尖らせ、言い合いになる前に美琴は割って入った。

「最初の作品はこの指輪にさせてもらっていいですか? 急に事務的な話ですみません」

 契約書作るので、と首をすくめた美琴に、颯は作業机を顎で指した。 

「トレーのやつも出していい」

「こんなにたくさん? いいんですか⁉ ありがとうございます!」

 深くお辞儀をすると颯が小さく笑った。

 初めて見る笑顔は柔らかく、その表情に美琴はおもわず見とれてしまう。

 一瞬間が空いてしまい、慌てて「契約書に付けるので、写真撮らせてください」と鞄からデジカメを取り出した。

 二人の視線を感じて緊張しながら、作品を一つずつカメラに収める。

 日高に認めてもらえるように、気持ちを込めてシャッターを押した。

 颯は淡々と片付けに入っている。

「指輪の土台もここで作っているんですか?」

 颯に出会ってから、素人ながらも最低限の知識は得ようと美琴なりに色々調べた。シルバーアクセサリーの作り方はいくつか方法があるけれど、どの作り方にしても熱を加える必要がある。説明をくれたのは暁人だった。

「仕事の合間に一から颯が手作りしてるんだよ。ここ、機械はなんでも揃ってるから、銀製品の加工なんてわけないよ」

 仕事でも趣味でも、腕前が役に立っているんだな。羨ましいくらいだ。

「では、契約書が出来たらお電話差し上げていいですか?」

「ああ」

「じゃあ、俺の携帯教えるよ!」

「なんでおまえの番号教えるんだよ」

 横から携帯を取り出した暁人を一喝し、颯はそばにあったメモ用紙に番号を書き留めた。丸っこいけど読みやすい字だ。

「ご迷惑にならない時間帯はありますか?」

「いつでもいい。出ないときは留守電に入れておいてくれたら」

「わかりました」と言いかけて、美琴の目は棚の上に留まった。

「あの! あれって、新作の?」

 置かれているのはスマートフォンで、予約受付け中と流れているテレビCMをよく見かける。スタイリッシュな見た目が気になっていたのですぐにわかった。

「らしいな」

「来月発売ですよね? どうしてここに?」

 言いながらさっきのファイルホルダーを思い出した。暁人が横から入ってくる。

「この工場、いろんな企業から部品の試作注文受けて作ってるんだよ。そのスマホもフォルムの試作がここで作られて、出来上がった商品はこんな風になりましたって発注元から届いたんだよな」

「暁人、喋りすぎ」

「いいじゃん、すげー技術なんだから。発売決まったらオープンにしていいんだろ? 発売までは企業秘密だから言えないことが多いんだよね。飛行機とか船とかに使われる部品の試作も作ってんだよ。他で作れない技術なら、試作から受注までしてるし」

 颯が睨みを利かせるが、暁人にはどこ吹く風だ。

「この世界では、おじさんはもちろんだけど、颯の腕もけっこう有名なんだよ」

「そんな有名な方とは知らずに、強引にすみません」

 単に器用なんてレベルではないんだと思い知り、美琴は自分なんかが声をかけてよかったのだろうかと戸惑う。

「いや、親父はともかく俺は全くそんなことねーから。暁人、よけいなこと言うな」

「私が訊いたことなので暁人さんは悪くないです。ではまた連絡差し上げますね」

 颯が苛立っているように見え、美琴は急いで話を畳みながらメモを受け取る。

「昼飯、これからだろ?」

 思いがけない声に書き込んでいた手帳から顔をあげると「隣、寄っていけよ」と颯がぼそっと呟いた。

 

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